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リアクション
ここは夢の中。
劇場の幕はまだ降りたまま。何やら注意書きを持った男が注目を促した。
『この物語の中で語られる数々の思い出は、それぞれのキャラクターの記憶と想像によって作られたものであり、必ずしも事実とは合致しないこと、またほとんどが願望、妄想の類であることをご了承下さい』
とある。
何のことやらさっぱり意味が分からない。
そんなことを思っていると、するすると幕が上がっていく。
それが、夢の始まり。
『新年の挨拶はメリークリスマス』
第1章
「はっはっは! メリークリスマス!! とか言うんじゃったかな!?」
さあ大変だ。
突然、カメリアの夢の中にご招待されてしまったご一行。面々は街中に散らばっているようだが、最初に見た時には100人以上の人数がいたようだ。
カメリア達は素早くどこかに飛び去って姿を隠してしまった。早く見つけなくては、いつ自分の思い出が『バキュー夢』によって勝手に放映されないとも限らない。
「クリスマスやカウントダウンパーティなど楽しんでおった奴らに遠慮はせんぞ、長年儂の存在をないがしろにしおってー!」
街は夜。イルミネーションはキラキラと夜を飾り、街角にはクリスマスソングが流れ、空はクリスマスバルーンが飛び、いつのまにか街の中心に発生したクリスマスケーキの形をした城は美しくライトアップされている。
「冗談ではない! クリスマスの思い出など放映されてなるものか!」
夜の街を真剣な表情で走るのは変熊 仮面(へんくま・かめん)だ。彼のクリスマスは散々だったので、それを放映されるわけにはいかないと躍起になっているのだ。
何しろこの街にはいたるところにTVモニターが設置されていて、外だろうが部屋の中だろうが、この街にいればどこでもそれを見ることができる。このTVで思い出が放映されるということは、少なくも100人以上、恐らくはその数倍の人間に自分の恥ずかしい姿を見られるということになるのだ。
「師匠、何か放映されて困るような思い出でもあるのかにゃ?」
あどけない表情で尋ねるのは変熊のパートナー、にゃんくま 仮面(にゃんくま・かめん)だ。ちなみに、にゃんくまはイエニチェリ風マント以外は何も身につけていない、つまりほぼ全裸である。
まあ、彼は猫の獣人なのでその辺はさほど問題はない。にゃんくまのぱっと見は可愛い猫なのだ。
ちなみに、変熊仮面もにゃんくまと同じ服装である。つまりイエニチェリ風マント以外は何も身につけていない――ほぼ全裸、である。
まあ、彼はただの地球人なのでその辺はさほど問題――大アリだ。大アリではあるが、この際ここではその問題は無視される。
何故彼が全裸であるかは誰も知らないトップシークレットであった。
強いて言えばそれが彼のポリシーなのだ、ポリシーでは仕方あるまい。
「あるのかって……貴様まさか忘れたわけではあるまい、あの悪夢のようなクリスマスを!!」
そんなことは置いておいてカメリア探しに必死な変熊。だが植木の中やゴミ箱の中には隠れていないと思うのだが。
「……ああ、そういえば」
と、にゃんくまは人ごとのように思い出すのだった。
☆
クリスマスも近い年末のツァンダ。街のクリスマスソングに乗せられるように、人々の足も軽快だ。軽く降り積もる雪も、人々の表情を暗くするには及ばない、何しろ今日はクリスマスなのだ。
その人々の頭上に笑い声がこだました。言うまでもなく変熊 仮面である。
「わはははは!! 皆さん、ご注目ぅ〜!!!」
どうやって登ったのだろう、街で一番大きなクリスマスツリーのてっぺんに登った変熊は、いつもの通りの格好――つまり全裸にマント一枚――で注目を浴びていた。
「メリー・クリスマース!!」
ただの全裸ではない、体中に色とりどりの電飾をぐるぐると巻きつけて、文字通り眩しく光り輝いている。
まさかツリーの頂点に星の代わりに全裸の男が飾られているとは誰も思わない。笑いと騒ぎを連れて人々が集まってくるのも当然であった。
「うわはははは! この街で今一番輝いているのは他の誰でもない、この俺様だあーっ! さあ、もっと見るがいいぞーっ!!」
ますますヒートアップする変熊仮面。ぼちぼち警官も駆けつけるが、何しろ相手は巨大ツリーのてっぺん、なかなか手が出せる距離ではない。
そこに商店街から面白いものが見られると子供たちを大勢連れて来たにゃんくま仮面が参上。
「師匠、ギャラリーを連れてまいりました!!」
クリスマスツリーの頂点で勝利のポーズを決める変熊に向けてビシっと敬礼を決めるにゃんくま仮面。連れられて来た子供たちは変熊を見上げて大笑いしている。
――子供って下ネタ好きだからにゃー。しっかり師匠の肉体美をその目に焼き付けるがいいにゃ。
と、にゃんくま仮面が内心ほくそ笑んでいると、ツリーのてっぺんの変熊もそれに気付いたようだ。
「おお、よくやったぞ!! どうれ子供たちに見えるようにちょっと角度を移動して……とと、あれ?」
「? どうしましたにゃ、師匠?」
「いや、電飾のコードが絡まって……ん、なんかちょっとピリピリ痺れるんだけどどどどど」
どうやらコードが漏電したらしい。ビリビリと痺れながらも変熊は勝利のポーズを取り続ける。
「あれ? なんかおかしかったかにゃ?」
にゃんくまはごそごそと変熊が体に巻いている電飾の説明書を取り出した。
――室内用。
にゃんくまは説明書をくしゃっと丸めてその辺にポイした。
「あばびばばべべべべべぱびらぺぼぼぎぎががが」
それはそれとしてツリー頂上の変熊はクライマックスを迎えていた。
「ししょー、大丈夫かにゃー?」
これで大丈夫な人間がいたらぜひお目にかかりたいものだ、というツッコミもできぬままに変熊仮面の体がぐらりと傾いた。
「……あ、落ちたにゃ」
まるで真夏の蚊取り線香にやられた蚊のように、変熊はツリーから落下した。ちなみ勝利のポーズをとったままだ。
見上げた根性……と言いたいところだが、単純に電流で筋肉が硬直しただけであろう。
落ちた変熊を遠巻きに見つめる街の人々。当然だが、助けてくれる人はいない。
朦朧とした意識の中、変熊が見たものは駆け寄って棒でピクリとも動かない彼を棒でつつく子供たちだった。
「どうしてこいつ裸なんだ? 変なサンタだなぁ」
つんつん。
「変なの、こんなとこからエノキ茸が生えてるぜ」
つんつん。
「小さいなあ、ウチのお父さんのがもっと大きいぜー」
つんつん。
その声に反応した変熊は目で訴えた。
違う。違うんだ子供たちよ。
ただ寒いから小さくなっているだけなんだ、普段はもっと大きいんだ、信じてくれ。
訴えるべきはそこではないことに早く気付くべきなのだが、その時の変熊にはそんな余裕はなかった。
だが、さすがは以心伝心のパートナー。にゃんくま仮面は師匠の心の声にいち早く反応した!!
「む、寒いから小さいのかにゃ! それならばこれ、プレゼント用の靴下にゃ!!」
じんぐるべ〜じんぐるべ〜、と鼻歌を歌いながら、にゃんくまは変熊のエノキ茸を緑と赤のボーダーが入った靴下で隠した。
出来上がったのは、勝利のポーズのまま固まり、股間に靴下をぶら下げてピカピカと眩しく光る変熊仮面のオブジェであった。
そのまま、駆けつけた警察官にパトカーに収納されて護送される変熊。
「あのなあ、お前さんもいい年してなあ、こんなことやってる場合じゃねえだろう、うん? 郷里には家族だっているんだろうに……」
と、刑事さんにとっくりと説教されつつ、変熊のクリスマスの夜は更けていったのである。
☆
「と、いう師匠の最新の黒歴史が今まさに街中のTVで放映中なワケですにゃ」
「ぎゃーーー!!!」
遅かった。
にゃんくまの言葉に顔を上げると、すでに街中のTVモニターで刑事さんにえんえん説教されている変熊の姿が映しだされている。
そして、数々のTVモニターの前には次は我が身かと思いつつも、ついつい苦笑いを浮かべてしまうギャラリーの山。
「見るなー! 見るなーっ!!」
思わず至近のモニターを体で隠す変熊だが、TVは街中に数限りなく設置されているので、その行為自体にはさほど意味はない。
ただ、隠さずにはいられなかったのだ。
そこでギャラリーの一人が、ぼそりと呟いた。
「寒くなくてもあんまり変わらないね、大きさ」
何てこと言いやがる!
色々と心に傷を負った変熊は人目を避けて路地裏でよよよと泣き崩れるのだった。
打ちひしがれる師匠の心に、にゃんくまの言葉が沁みる。
「師匠、あんまり気にしなくていいにゃ。師匠としてはいつも通りだにゃ。おおむねあんなもんだにゃ」
「フォローになってねえぇぇぇ……」
☆
続いてモニターに映し出されたのはベッドの上の女性の姿。李 梅琳だ。ベッドといっても色気のあるものではなく、病院のベッドのようなシンプルなものだ。
(あ、めーりんだ)
と、ビルのてっぺんの大きなモニターを見上げたのは橘 カオル(たちばな・かおる)。そういえば、と少し前の梅琳とあった出来事を思い出した。
TVモニターには驚いたような梅琳の顔のアップ。
(ああ、そうそう。戦場でめーりんの看病をしてたんだけど、戦場独特の空気というか、雰囲気に興奮しちゃって、ついついめーりんにちゅーしちゃったんだよなー)
戸惑いに閉じられる瞳、今はこんなことそしている場合ではない、という意識が梅琳のひそめた眉に表れる。
(あの時、ついおっぱいも触っちゃったんだよな、柔らかくておおきかったなー)
画面では、その回想の通りに男の手が勢いに任せて梅琳の胸に触れているのが見える。
「そうそう、ちょうどあんな感じに……ってあれ、オレだよね!?」
「ようやく気付いたか」
「え?」
声がして振り向くとカオルの後ろにしゃがみ込んだカメリアがいた。
TVモニターでは、カオルが梅琳を押し倒してさらなる口付けを敢行しようとしているところであった。
さきほどの変熊と違い、とても色気のある展開にギャラリーは大興奮、ヒートアップの一途を辿っている。
「ちょ、待て! 何で、いや違う! オレあそこまでしてない! あのあとすぐに隊長が駆け込んできたから何もしてないって! 勝手な捏造すんな!」
思わずカメリアの持つバキュー夢を奪い取ろうと手を伸ばすが、カメリアはひょいと飛び上がってそれをかわした。
「ふん、この辺は妄想か。では少し断りを入れておかんとな」
カメリアが手元のバキュー夢を操作すると、モニターにテロップが流れた。
『この映像の一切は橘 カオル氏の願望と妄想の産物であり、李 梅琳氏本人とは一切関係ありません』
「わぁ、これなら一安心……ってんなワケあるか!!!」
カメリアはカオルにあっかんべーと舌を出して、道路を走って逃げていく。その後を追うカオルだが、続くテロップに眼を剥いた。
『めーりんのおっぱいおおきかったなー、悪いことしちゃったから今度はちゃんと謝ってそのうちデートとかしたいなー、でもめーりん忙しいからなー、もっとめーりんとちゅっちゅしたいなー』
ちょっとカメリアさん! 流さないであげて男の本音!!
恐らく19年の人生の中で最も恥ずかしいであろう独白をTVモニターで大々的に流されたカオルは、あまりの恥ずかしさに人目を避けた裏路地でしゃがみ込むのだった。
「あ、さっきの変態の人……」
「変態じゃない……変熊だ……」
「うん、どっちでもいいや、もう……あれじゃオレ、四六時中めーりんのおっぱいのことばかり考えてる人みたいじゃないか……」
カオルの分の放映が終わったのか、カメリアは街中を走り回り、次々と犠牲者を出していく。
「ははははは! 楽しいのう!」
☆
影野 陽太(かげの・ようた)がTV局の一室に足を踏み入れると、そこにはメガホンを持って多数のTV画面に見つめるカメリアがいた。メガホンはプロデューサーとか監督業のシンボルなのだろうか。
とはいえ、カメリアの他にスタッフはいない。一人だけのTV局である。
「……TVがあるんだからTV局にいると思ってましたよ」
「ふん、夢とはいえ整合性は大事じゃからな……何の用じゃ、影野 陽太」
「……どうして、俺の名前」
「こいつで一括して吸い込んだからの。夢や思い出の他に基本的な知識も吸収させてもらったぞ……今の世は面白いものがたくさんあるのう」
ぽんぽん、と手元のバキュー夢を叩くカメリア。彼女はTV画面の多くの思い出を観賞中で、陽太の方を振り向きもしない。
「……そうです。君がいつの時代の人かは知りませんが、今は楽しいものや素敵なものがたくさんあるんです。わざわざ他人の思い出など公開しなくてもいいじゃないですか……」
「それが、お主の用か?」
「そうです。君にお願いに来ました」
「……お願い?」
座っていた椅子をくるりと回転させて、カメリアは陽太の方を振り向く。
陽太は、その場で深々と頭を下げた。
「お願いします、俺の……みんなの思い出を放映するのを中止してください!」
若干の沈黙。白けたような顔をしたカメリアが答えた。
「何じゃそれは、お主ほどの腕前ならば儂を捕まえて腕づくで言う事を聞かせようとは思わんのか、ホレ?」
椅子の上で組んだ形のいい脚をブラブラさせてカメリアは挑発した。だが、陽太は首を横に振る。
「……お願い、します」
もう一度頭を下げる陽太。カメリアは手元の機器を操作して、TVモニターの映像を変えた。
「――!!」
そこには陽太の想い人、御神楽 環菜が映っている。ごく最近なのか、先日ナラカから戻ったばかりの環菜はベッドの上だ。
カメリアは続けた。
「これがお主の思い出か? 安心せい、これはまだ外には映っておらん……どれ」
カメリアがぱちんと合図すると、部屋の隅から大きなマジックハンドのようなものが伸びてきて、陽太の体を掴んだ。
「――しまった!! っていうか、見ないで下さいよー、恥ずかしいじゃないですかー!」
『あなたはね、この私が好きになった男なのよ?――』
映像の中では、環菜にたきつけられた陽太が、ようやくその唇を重ねようとしているところだ。
『は、はい……すみません』
『いちいち謝らないの』
耳まで真っ赤にした環菜と、同じく赤くなったままの陽太。環菜の腕が陽太の首を抱き――携帯の着信音が鳴って陽太を突き飛ばした。
「――なんじゃ、ここまでか」
椅子の上からずり落ちそうになったカメリアが呟いた。
映像の中の二人は、用意された紅茶に口をつけて、互いに微笑み合っていた。
『来年も、いい年になるといいわね』
『……ええ、きっと素敵な年になります』
そこで陽太のクリスマスの思い出は終了した。
陽太はというと、カメリア一人とはいえ思い出を見られてしまったことに赤面している。マジックハンドの束縛はそこまで強力でもないので、本気を出せばなんとかなるとは思うのだが、力による解決は彼の望むところではない。
さて、どうやって説得したものかと思案する陽太に、カメリアは呟いた。
「……陽太」
「はい?」
「こりゃあダメじゃ。ピュアすぎて使えんわい」
まさかのダメ出し!
「そそそ、そういう問題ですか?」
「大体、その年で接吻止まりとは中学生か? 儂の時代ならお主ほどの年で子供の3〜4人はこさえておったぞ?」
「こここ子供!? い、いけませんよ、まだ学生ですし……!!」
思わず環菜と自分の子供のことを想像してアタフタする陽太。その様子を愉快そうに眺めるカメリアだった。
「ふん、奥手でも誠実な男のようじゃのう、羨ましい限りじゃ……この女――金の亡者にゃもったいないのぅ……」
ぽつりと、何気ない一言だったが、その一言で陽太の表情が凍りついた。
「――さい」
「ん? 何か言うたか?」
「――彼女のことを悪く言うのはやめて下さい。俺のことはともかく、環菜のことをそんなふうに言うのは許さない――」
ぐ、と体に力を込める陽太。今にもマジックハンドを破壊してカメリアに踊りかかろうとする空気だ。
だが、カメリアの口から漏れたのは意外な一言だった。
「――すまぬ。失言であった。許せ」
「……え?」
「この場におらん者を辱めるつもりはない」
椅子に座ったままだが、カメリアは改めて陽太の正面を向き、頭を下げた。
「……カメリア……」
途端に、陽太の足元にぽっかりと大きな穴が開いた。
「え?」
「と、いうわけでお主の記憶は使えん。しばらく大人しくしておれば夢から覚めるから安心しろ。ではな」
言うが早いか、マジックハンドが陽太を足元の穴に放り込む。
「あ? わあああぁぁぁ……!!」
中はグルグルとビルの中を回りながら滑り落ちるダストシュートで、あっと言う間にTV局の外に放り出されてしまった。
「痛っ!!」
ビルに開いた穴から外に路地裏に放り出された陽太、見上げると、窓からカメリアが飛び去って行くのが見える。
「カメリア……君は……」
呆然と、その光景を眺める陽太だった。
☆
ビルから飛び出したカメリア、その存在に気付いたのはフレデリカ・レヴィ(ふれでりか・れう゛い)とパートナーのルイーザ・レイシュタイン(るいーざ・れいしゅたいん)だ。
「ほらフリッカ、見つけましたよ。フィリップ君に見とれてないで」
「へ? あ、うんうん」
フレデリカはちょうどTVに映っていた自分とフィリップ・ベレッタを食い入るように見つめていた。それを小突いて正気に戻すルイーザ。
だが、フレデリカはカメリアを追う前に一瞬、モニターの前で固まった。
「……あれ、これ違う」
「え?」
どうやら、自分の記憶と思い出の細部が違うようだ。どうも思い出というよりは願望や夢が表に出てしまっているらしい。
デート中の映画館だろうか、夢の中のフレデリカは、フィリップと並んで座っているうちに眠ってしまっていた。クリスマスのデートがあまりにも楽しみすぎて、前の晩に眠れなかったせいだ。
『……フレデリカさん?』
どうやら眠ってしまったらしい彼女を見つめるフィリップ。疲れているのだろうかと、そっと彼女の手を取った。
『……んん、フィリップ君……』
寝言で呟いてしまうフレデリカ。そもそも、基本的に女性が苦手な彼がこうしてデートをしていることも奇跡に近い。
それというのも、フィリップが最近ホームシック気味であったことを気にしたフレデリカが、フィリップをデートに誘ったのだ。彼も彼女の気遣いを分かっていたので、それを快諾した。
彼女からのプレゼントはお揃いの月雫石のロケットペンダントで、今も二人の胸元に揺れている。
プレゼントのことなんかすっかり頭から抜けていたフィリップだったが、彼女はロケットに入れる写真を撮ってくれとせがんだ。そんなものでいいのかと彼が尋ねると、彼女は答えた。だってそれは、フィリップ君からしかもらうことができないものだから、と。
『……フレデリカさん』
きょろきょろと周囲を見回すフィリップ。大丈夫、周りはみんな映画に集中している。感謝の念とほんのちょっとの邪念を込めて、フィリップの顔がフレデリカの顔を覆い隠していく――
「ちょ、ちょっとちょっと!! 私こんなことしてないされてない、覚えがない!!」
モニターの中で繰り広げられる素敵メモリーを前に叫ぶフレデリカ。ルイーザはと言うと、その横でフレデリカをからかうように笑っている。
「えー、そうなんですかー? フリッカったら私の知らないうちに大人の階段登ったりしたんじゃないですか?」
「してないーっ!! ルイ姉だって知ってるでしょ! まだフィリップ君に告白もしてないのに、あんなことになるわけが……そもそもクリスマスどうしてたっけ? フィリップ君とデートしたよね? いや夢だっけ? ――あ、いたな元凶!!」
どうやら夢の中のこともあって記憶が混乱しているらしい。目を覚ませばはっきりとしたことも思い出せるだろうが、今この場ではなんとも言いようがない。
「ん、呼んだかの? ……おっと!!」
空を飛んでいたカメリアは、突然飛来した数本の矢をクルクルと回転しながらかわした。怒りに任せてフレデリカが妖精の弓を乱射したのだ。
そのまま、フレデリカとルイーザの二人は空飛ぶ魔法↑↑で追跡する。
「ちょっとフリッカ。 相手は子供ですよ? もっと冷静に」
「これが冷静でいられますか! 子供だろうと悪いことは悪いのよ、ちゃんとお姉さんが教えてあげなくっちゃ!」
追ってくるフレデリカを見たカメリアは、愉快そうに笑った。
「おお、これも願望混じりの類じゃったか……どれ」
手元のバキュー夢を操作すると、またテロップが流れ出した。
『この映像はフレデリカ・レヴィ氏の妄想と願望の産物です。フィリップ・ベレッタ氏本人とは一切関係ありません』
「それはもういいってーのーっ!!!」
勢いを増して夜の街の空を逃げるカメリアを追ってスピーッドアップするフレデリカ。その様子を見ながらそっとため息をつくルイーザだった。
「やれやれ……お姉さんが聞いて呆れますね……それにしても、吸い出されたのがフリッカの夢だけで良かった……」
「ルイ姉……何かいった?」
「いいえ? ほら、急がないと見失いますよ!」
「あ、そうだった!」
こうして、カメリアとの追いかけっこは当分の間続くのだった。夜空に、カメリアの笑い声がこだまする。
「ははははは! 楽しい、楽しいぞ!!」
☆
「ふっふっふ……夢の中たぁ面白いじゃねぇか」
その頃、夢の街の交差点の真ん中に堂々と陣取るのはゲドー・ジャドウ(げどー・じゃどう)である。パートナーのジェンド・レイノート(じぇんど・れいのーと)と俺様の秘密ノート タンポポ(おれさまのひみつのーと・たんぽぽ)も一緒だ。
「どーせ放映されて困るようなクリスマスの思い出なんかねぇしなぁ。うっかりすっとクリスマスだって気付かないくらい普通の日だったしよぉ」
夢の中では車を運転する者もない。道路で止まったままの車にドライバーが一人も乗っていない光景というのも、かなり異様である。
「さりげなくそんな切ないクリスマスをカミングアウトされても困りますよねぇ」
「とても困りやがるのです。ロンリー野郎にも程があるのです」
放っておいてもカメリアによる犠牲者が増え、自分以外の人間が次々と不幸になる現状が楽しいのだろう、いつになくご機嫌なゲドーを尻目にジェンドとタンポポはヒソヒソと呟き合う。
「ん、何か言ったかぁ?」
「いいえ、何も?」
「言ってないでやがりますよ?」
揃って首を横に振る二人。
「あ、そう? んじゃあせっかく夢の中なんだし、普段は街の中じゃあできねぇことでもして楽しませてもらおうぜぇ?」
「夢の中でしか思いきったことができないあたりがさすがの小物ですね♪」
「みゅ、ゲドーはちっちぇのです。3cmです。」
小声でヒソヒソとささやき合う二人。
「……何か言ったか? つか俺の話、聞いてっかぁ?」
またもや首を横に振る二人。
「いいえ、何も聞いてませんでしたよ? あと三回言ってもらえます?」
「聞けよ! つーかせめて一回で聞く努力をしろよ! ……ったく、まあいいや」
ともあれ、何もかもが自由な夢の中で、楽しみ始める三人なのだった。
まあ、こういう楽しみ方もアリかと。
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