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五月のバカはただのバカ

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五月のバカはただのバカ

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                              ☆


「えーと……困ったなぁ」
 トマス・ファーニナル(とます・ふぁーになる)は呟いた。
 何に困ったかと言うと、パートナーの魯粛 子敬(ろしゅく・しけい)が二人に分裂してしまったので困っていた。
 正確には分裂したわけではなく、二人いる魯粛のうち、一人はカメリアが描いフェイクだ。
 しかも、そのフェイクの方がやたらとトマスに引っ付いてくるのも困っていた。

「あの……魯先生、あまりくっつかないで」

「ああ、これは失礼……コホン」
 と、やや赤らめた頬でトマスを見つめるフェイク魯粛。
 そこに、本物の魯粛が文句を述べた。
「というか、なんでそんなに坊ちゃんに慣れ慣れしいんですか……!!
 ああこら、手を握るんじゃありません!! 私の偽者なら、行動も似せなさい!!」

 その様子を見て、テノーリオ・メイベア(てのーりお・めいべあ)は言った。
「いや、先生普段からそんなもんですから。要するにアレか、ちょっとBLぽい先生ってことか」
 その言葉に断固として抗議する魯粛。
「そ、そんな馬鹿なことを言うものではありませんよ! 断袖なんて!! 私はここまでベタベタしませんから!!」
 そこに、ミカエラ・ウォーレンシュタット(みかえら・うぉーれんしゅたっと)も口を挟んだ。
「まあ、それにしてもそっくりで……まあ、そこまで害もないようだし、放っときましょうか?」
 すっかり困り顔の魯粛はさらに抗議した。
「ちょっとちょっと、放っておかれては困りますよ。私にとってはアイデンティティの大ピンチですよ!!」

 そんな混乱する状況の中、トマスも口を開いた。
「まあ、みんな落ち着こうよ……確かに、ミカエルの言う通り害もないみたいだけど……どっちが本物か見極めておく必要はあると思うんだ」
 魯粛は、トマスの台詞に胸を撫で下ろした。
「ほう……やはり坊ちゃんは違います。さあ、あの偽者をやっつけて下さい!!」
 だが、もう一人の魯粛も、魯粛を指差して叫んだ。
「何を言うのです、そちらこそ偽者でしょう!!」

「……あれ?」

 いつの間にか二人の魯粛は、どちらが本物か誰にも分からなくなってしまっていたのだ。
「……えーと、本物の魯粛先生は手を挙げて下さい」
 と、トマスは言うが、二人の魯粛は同時に手を挙げる。
「…………二人とも目を閉じて下さい……『自分が偽者である』とこっそり打ち明けたい先生は手を挙げて下さい」
 もちろん、どちらの魯粛も手を挙げない。
「……困ったな」
 と、トマスはテノーリオとミカエルに振り返った。
「なら、いろいろ検証してみればいいじゃない。そういうの、得意でしょ。まず――普通のフェイクは軽いそうよ」
 まだ面白がっているミカエルに、テノーリオは賛同した。
「ああ、それに紙なんだから……水にも火にも弱いんじゃないか?」

「なるほど……やってみよう」
 トマスはまず、重さを検証した。
「……同じくらいだ」
 その魯粛のフェイクは間の悪いことに上質紙のフェイクで、重さも能力も同じだったのだ。
「……と、いうことは……」
 トマスの悪い予感は当った。
 水に濡らしても、反応なし。
 火を近づけてみても、反応なし。

 いずれも普通紙フェイクだった場合には、一発で見分けられる有効な方法で、その意味では彼らの検証能力はとても優れていたのであるが、上質紙フェイクだったためにこの方法では区別できなかったのである。
 トマスは、ため息混じりに言った。
「うーん、どうにも見分けがつかないから……ずっとこのままっていのはどうだろう。
 特に害があるわけでもないし……ちょっとベタベタしすぎだけど。でも、先生だったら自分の生活費くらい稼いで来られるだろうし……」


「ちょっと坊ちゃん、ひどいですよ〜!!」
「そうですよ、私を偽者と一緒にするなんて〜!!」


 いよいよ事態が硬直したのを見て、テノーリオとミカエルは最終手段に訴えることにした。
「じゃあ……仕方ないなぁ、後はある程度のダメージを与えて、紙に戻ったほうが偽者、ということだよなあ」
 ぼきぼき、と指を鳴らすテノーリオ。

「え?」

 そこに、ミカエルも賛同した。
「そうねぇ……本物の先生ならきっと大丈夫だし、私たちの悪戯くらい多めに見て下さいますわよね、先生は人格者だから」

「え?」

 もはや嫌な予感しかしない魯粛は、二人同時にまるで計ったようなタイミングで逃げ出した。
「おお、さすが息ぴったりですね先生」
 と、トマスは変な感心仕方をするのだった。


「言ってる場合ですか〜〜〜っ!! 助けて〜〜〜っ!!!」


 その後、しばらくヘソを曲げた本物の魯粛の機嫌を取るのに大変だったとか。


                              ☆


「えーっ!? 紳士的なワイが偽者ってどういうこと!?」
 と 七刀 切(しちとう・きり)はカメリアに抗議した。
「えーと……ははは、すまんな、切にぃ。ちょっとした冗談じゃったんじゃが」
 さすがのカメリアもバツが悪そうに状況を説明した。

「……なるほど。ワイの偽者ねぇ。
 まあ、紳士的という嘘設定をつけたんなら、そんなに迷惑をかけてるとも思えないけど……まぁ気持ち悪いしなぁ」
 と、とりあえず状況を飲み込んだ切は、自分のフェイクを探すことにした。
 カメリアはと言えばコトノハに説得されて自分のフェイクを探し始めたはいいが、どこにいるのか分からずに街をさまよっていたところだった。
「……すまん、苦労かけるの」
 珍しく落ち込んだ様子のカメリアの頭を、ぽんぽんと叩く切。
「――まあ、あんま気にすんなって。全部回収したら迷惑かけたトコには謝りに行こうぜ、な?」
「――ん」
 こくりと頷くカメリア。その様子を見守る切の視界で、自分に良く似た男が映った。

「――いた!!」
 と、カメリアと共にそちらに向かう切。フェイクの切は通りすがりの女性に何事かを話しかけているところだった。


「――申し訳ありません、お嬢さん」
 フェイク切は道を歩いていた美人のお姉さんに声をかけた。
 何事かを2、3言交し、女性は怒った様子でどこかへ行ってしまう。

「あれ?」
 本物の切は目を丸くした。特に何か起こった様子もない。
 ナンパでもしているのだろうか? だが『紳士的』という嘘設定からするとナンパも考えにくい。

 そのうち、フェイク切は本物の切とカメリアに気付き、こちらにやって来た。

「――やあ、カメリアではないですか、元気ですか?」
 と、フェイク切は爽やかな笑顔で挨拶した。
「う……うむ」
 カメリアも戸惑いの声を上げる。
 フェイクなのだから一発殴って元に戻してやればいいのだが、こう爽やかな相手をいきなり殴る気がしないのも事実。
 そうこうしていると、フェイク切は陰のあるため息をつき、こう切り出した。
「――ところでカメリア、私にはちょっと悩みがあるんですが、ちょっと聞いてもらえますか?」

「……なんじゃ?」

「もう分かっていると思いますが、私はそこの七刀 切のフェイクなのです。
 しかし、この身の不徳のいたすことろで、本物に近づくための重要な技術が備わっていないのです」
「ほう――その技術とは?」
 フェイク切は、カメリアの疑問にあくまでも爽やかに答えた。


「バストカウンターです」


「……はい?」
「通称バストカウンター……見ただけで女性のスリーサイズが分かる技術だ。なるほど、それがなくては確かに本物とは言えないよなぁ」
 呆気に取られるカメリアと、妙な納得をする本物の切を前に、フェイク切は両手を差し出した。

「つまり、私はその技術を実地で習得したい!!
 だから是非カメリアに協力してほしいのだ!!
 他にも大勢の女性のスリーサイズを知った上で触り心地を覚えていけば私にもバストカウンターが習得できるはず!!」


「紳士は紳士でも、変態紳士かーーーっっっ!!!」


 にじり寄ったフェイク切の頬を、カメリアが思いきりビンタでぶったたいた。

「ありがとうございますっ!!」
 と、律儀にお礼を言ったフェイク切は、その衝撃で似顔でに戻ってしまう。

「わ、わざわざ許可を取ったうえで触ろうとし、断られても礼を言うとは……。
 見せてもらったぜ、フェイクの自分こそ真の紳士であったことを……」
 と、一人感動の涙を流して青空に敬礼する切に、カメリアはため息をついた。


「はぁ……鬼羅にぃといい切にぃといいクドにぃといい……変態ばっかりか……」