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リアクション
10.影から表へ
「ところで、ぶしつけな質問になって悪いが……あんたらは誰にお使いを頼まれたんだ?」
レン・オズワルド(れん・おずわるど)は、鋭い眼差しを目の前の男達に向けた。
数にして、四人。全員が、ラグビーの選手のように盛り上がった肉体を持ち、考えるよりは体を動かした方が得意そうだ。それが、白塗りのバンからぞろぞろと出てきた時には、少しだけ頭が痛くなった。
その白塗りのバンのタイヤの一つはパンクしており、今はまともに走れない。
「人の車をパンクさせておいて、その言い草か、あぁん?」
男のうち、一番厳つい奴がガン付けしてくる。服装は高そうなスーツだが、その風体と顔には不釣合いだ。是非とも、タンクトップとサングラスをオススメしたい。
「子供が出てくるのを待って、車を急発進させようとしたのはそっちだろ? いい大人が集まって、何をするつもりだ?」
レンは聞かなくてもわかっていた。彼らの目的は、安徳天皇の確保だ。そうでなければ、中が見えない窓の車を何時間も動かさずに待っている理由にならない。まぁ、他の可能性もあって様子を見ていたが、安徳天皇達がショッピングモールから慌てた様子で出ていくのを見て、車を急発進せさようとしたのは言い訳できない。
もう車は動かないし、安徳天皇達はだいぶ遠くへ離れた。だが、問題は安徳天皇の安否よりもこの四人が、誰の命令で動いているかだ。
レンは安徳天皇の護衛のために動いているのではない。佐野実里の為に動いているのだ。彼女が何のために動いているのかはわからないが、彼女が悪意を持って行動するはずが無いと信じて手を貸している。
「うるせぇ、すっこんでろがぁ!」
「お話ぐらい、ちゃんとしようぜ?」
男達はまともに会話する気はないようだ。力ずくでレンを排除しに来た。
だが―――
「うぐっ」
「ぐあっ」
向かってきた二人が突然倒れこむ。
「すまぬが、わらわも一緒に混ぜていただけないか。こやつらには、聞きたい事があるのだよ」
「ええと、その、勝手なことだと思われているとは思いますけど、調べないといけないことがあるんです」
エクス・シュペルティア(えくす・しゅぺるてぃあ)と紫月 睡蓮(しづき・すいれん)の二人が、ゆっくりとこちらに向かって歩いていた。睡蓮の手には弓があり、今の二人が倒れたのはそれによるものだとレンは理解した。
「俺もこいつらに確かめたい事があるんだけど?」
「ひぃ、ふぅ、みぃ、よぉ……ふむ、ならばわらわ達は一人もらえれば十分だ。残り三人は好きにするがよい。あぁ、でも……おぬしはあれか、こやつらを殺してしまったり、沈めてしまったりしてしまわんよな?」
「いや……さすがにそんな事はしない。それよりも、おまえらはこいつらについて何か知ってるのか? 武装集団のお使いでいいのか?」
「それはですね―――」
「まぁ、待つのだ。こいつら四人を頂けるというのであれば、こちらが知っている事を教えてやってもいい。どうする?」
「……おまえらの情報が確かである、と確証が持てるならそれでもいい」
正直、男を三人とか四人とか持ち帰るのは面倒だ。突然現れたこの二人組みは、何かしら事情を知っているらしい。嘘を吹き込まれる可能性も無いわけではないが、そういう気配を感じ取ったら交渉を決裂させればいい話だ。
「よし、ならまずは残り二人にも寝てもらった方がいいだろうな。それ、やっておしまい!」
「ご、ごめんなさい! ちくっとするだけですから!」
決して、こちらも手を抜いていたわけではないが、それを見越して相手も用意周到に準備を重ねていたのだろう。ショッピングモールを抜けてから、安徳天皇達には次々と襲撃者が襲いかかってきていた。
そのどれもは、統一性のない少人数のグループだ。誰かが、あのガキを捕まえたら百万だぜ、とか口走っていたので、恐らくほとんどはお金で雇われた無頼者なのだろう。
「お金をこんな無駄遣いできるなんて羨ましいわよ、ほんと」
外に出てから、次から次へと、本当にひっきりなしに襲撃者がやってくる。
こちらの動きを読んで配置をしている、なんて戦術ではないだろう。そうならば、襲撃者はもう少しは規律ある行動を取ってくるはずだ。とにかく、金にものを言わして、相当な数の襲撃者を無茶苦茶にばら撒いているのだ。
それこそ、足元を照らす明りぐらいに金が腐っていないと、そんな芸当できるはずがない。その狂った金銭感覚は、羨ましいやら憎たらしいやら、友美の口から愚痴の一つもこぼれるというものである。
所詮は明りに集る羽虫と同じく、金につられた意思もないただの雑魚だ。実際、ヒャッハーと集ってきては、ほげぇぇと吹き飛ばされている。しかし、こんなのでも何十人と相手にしていたらそのうちこちらの方は息切れしてしまう。
「ったく、どこまで行けば安全地帯に入るんだ?」
「学院まではまだ結構あるな」
ランダムエンカウント方式のRPGの勇者の気分ってこんな感じなのだろうか。どのタイミングで、どこから敵が沸いてくるかわからないのは結構辛いものがある。かといって、通行人の全部が全部敵でもないため、道を開けるという選択肢は取りづらい。
「道を通ろうとするから、邪魔されるんだヨ」
突然、塀の上に乗っていた白猫が声をかけてきた。尻尾をふらふらさせながら、こちらを見ている白猫に、安徳天皇は見覚えがあったようで、
「お主、喋れたのか!」
と驚いていた。あの白猫、ハロー ギルティ(はろー・ぎるてぃ)は知美も見覚えがあった。モールの中で、安徳天皇にじゃれついてきた猫だ。それが、どうしてこんなところに?
「こっちこっち」
そう言って、ギルティはさっと細い道の中に入っていく。その先は、ここからでも見てわかる行き止まりだ。いや、行き止まりだった。
突然の轟音とともに、ビルの壁が崩れ落ちる。ぽっかりと開いた穴の中央には、二位尼の面を被った人影が立っていた。
「二位尼仮面参上!」
削岩機を片手に持ったその人物の声を聞いて、友美はピンと来た。あれ、この声知ってるぞ、と。
「コンクリート モモ(こんくりーと・もも)さんでしょ?」
「……登場シーンで、正体をばらすのはルール違反」
「人の事を弄った罰よ」
ショッピングモールでモモと友美はちょこっとあったばかりだ。安徳天皇のことが気になるから、という事で一緒に行動していたはずだが、途中から姿が見えなくなっていた。彼女だけではなく、他にも何人かドタバタしている間にはぐれてしまった人も少なくない。そういえば、友美に飛び掛ってきたあの子とその保護者も姿をくらましている。
「見つけた、ガキだ!」
声は背後から、慌しい足音を伴ってやってきた。また襲撃者が現れたらしい。しかし、こちらが対応する前に、その集団はぶぼらっという情け無い声と共に沈黙した。
「やっと見つけた。あそこにいるちみっこいのが、安徳天皇でいいんだよね」
「そのはずじゃのう」
「こんな大事になるなんて……気楽に手伝うって言っていい問題じゃなかったのかもしれませんね」
無頼者のけちらしたのは、月詠 司(つくよみ・つかさ)とシオン・エヴァンジェリウス(しおん・えう゛ぁんじぇりうす)とウォーデン・オーディルーロキ(うぉーでん・おーでぃるーろき)の三人だった。
「でも、パシる券はあと九枚残ってるけどねー」
「……いや、そんなの無くたって手伝いますよ。手伝いますとも」
「そんな話はとりあえず置いておくとして……警戒されておるぞ?」
安徳天皇の一向は、この三人を新しい敵かもしれないと身構えていた。
普通に考えれば、安徳天皇を拉致した賞金を横取りに来たようにも見えるだろう。というか、それ以外には見えないだろう。
「あー、どうするよ?」
「……正直に話してみるしかないんじゃないですか?」
「納得してもらえればいいんじゃがのう」
こうして、時間も無い状況は悪い信頼もされていないなかでの説得が始まった。
途中で二度ほど雑魚が沸いたが、なんとか安全な場所まで案内できる、という言葉を信じてもらえることができた。幸いなことに、何故か直線通路が強引にだが開かれているため、移動中はほとんど敵も沸いてこなかった。
「金の為に動いてる奴らよりは、あんたの方が事情通っぽいよな」
ハチをばら撒いてショッピングモールから逃げ出した、古臭い手品師の少女は安徳天皇を追うことなく逃走しようとしていた。そのあとを追ったのは、トライブ・ロックスター(とらいぶ・ろっくすたー)と、
「あなたのやり方は、少しばかり目にあまりますね」
「関係無い人を巻き込むなんて、許せないわ」
高月 玄秀(たかつき・げんしゅう)とティアン・メイ(てぃあん・めい)の三人だ。
「ん〜、ボクもお金のために動いてるんだけどな〜」
手品師の少女は、三人に敵意を向けられている状況でヘラヘラと笑っていた。広々とした駐車場であるため、追い詰めらているという程の状況でもないと考えているのかもしれない。
「ところでさ、わざわざボクを追ってきたという事はマジックの続きを見たいのかな? んっふー、だったら張り切っちゃおうかな」
「させませんよ」
氷の刃が手品師の少女を襲う。氷術だ。
「わわっ、危ないなぁ。マジックを見せるのはボクの仕事、観客はおとなしくしてないと」
「悪いけど、観客になったつもりはないんでな」
トライブが手品師の少女の背後を取り、鋭い一撃を繰り出した。しかし、そのトライブに向かって数羽のカラスが体当たりを仕掛け妨害する。
「おっとと、怖い怖い。ボクってそんな強い方じゃないんだから、手加減してくれないと怪我しちゃうよ」
「ハチといいカラスといい、あなたビーストマスターでしょ」
「あー! マジシャンに向かって種をばらすなんてひどーい。そんなおねーさんには、オシオキだ。カモン!」
手品師の少女が声をあげながら、手を大きくあげると、どこからともなく馬が降ってきた。近くに止めてあった車を踏み潰すと、そのまま手品師の少女に向かって突進するかのように走る。
突然の馬の登場に三人が驚いたのは、ほんの一瞬だ。すぐに、手品師の少女は戦うつもりなんて無く、逃げるために馬を呼び出したのだと気付いた。だが、気付いた時には馬にしがみついてかなりの距離を稼がれている。
「馬かよ」
バーストダッシュというスキルは、一時的に高速移動を行うためのもので、追いかけっこには適さない。人間の足では、そもそも馬には追いつけない。追う手段としたら、あとは辺りにある車を適当に拝借でもするしかないが―――
「任せてください!」
三人の間を、一台のバイクがすり抜けていく。
バイクはそのまま、馬が去っていった方向に向かって一直線に進んでいった。
「準備のいい奴がいたもんだな」
「そうですね……おや?」
バイクが消えていった方向を眺めていた玄秀が、何やら妙なものが落ちているのを見つけた。小さな紙切れだ。特別なものには見えなかったが、それをなんとなく拾ってみた。
「……名刺、よね?」
「そうみたいですね……養蜂家兼手品師と書いてありますよ」
「バカ正直に名乗っていったてのか……フリーのアドレスだが、メルアドまでのってるぞ、これ」
拾った名刺は、恐らく先ほどの手品師の少女のもので間違いなかった。養蜂家とも書いてあるって事は、あのハチは自前で育てていたものなのだろうか。
こんなものが落ちているのは偶然ではない。間違いなく、わざとあの手品師の少女、名刺には胡蜂 美蝶(すずめばち みちよ)と記載されていた。
「……メール、送ってみます?」
「見えたぜ!」
バイク型機晶姫のブラック ゴースト(ぶらっく・ごーすと)が、鼻をならす。
「こっちも見えてますよ」
永倉 八重(ながくら・やえ)の視界にも、ちゃんと前を走る馬の姿はしっかりと確認できていた。というか、町中を馬が闊歩していたら、誰の目にもすぐに留まる。
単純な直線ならば、この追いかけっこは馬が圧倒的に不利だろう。バイクの最高速度はゆうに時速100キロを超えるが、馬の最高速度はおおよそ時速60キロを超えた辺りだ。
ならば、この勝負はあっという間に終わるか、そんな事は無い。
「塀を飛びえやがった」
「うそっ!」
馬は一息に塀を飛び越えると、蹄の音だけ残して逃げ去っていく。
もっとも、こちらもただのバイクとただのバイク乗りではない。
ざっと辺りを見回して、使えそうなものをピックアップ。歩道と車道を分けるための背の低いブロックに目をつける。
「いくぞ!」
次の瞬間、ゴーストは高く飛び上がると、そのままの勢いで塀を飛び越えた。
塀の向こうでは、馬が走っている姿が見える。距離はあまり開いていない。
「このまま、あなた達の秘密基地まで案内してもらいます!」
「おい、ボーナスまでいるぜ」
「マジだ。あいつを捕まえればさらに百万って話だろ」
買い物にでかけている安徳天皇に接触するため、町に出た閃崎 静麻を出迎えるのは、こんな奴らばかりだ。
「人をボーナスよばわりとは、いただけませんな」
「これじゃ、まともな情報源になりそうにないな」
静麻はため息をつく。レイナに本物を持たせて別行動してもらっているのだが、あっちもこんな奴らに絡まれているのだろうか。いや、どうもこいつらは顔でこちらを判断している様子で、宝剣そのものの情報すら与えられていないようだ。
相手にするだけ無駄骨なのだが、どうしたものか。これ以上、雑魚を相手にしていても仕方ないのだが、こいつらのメインターゲットは安徳天皇らしく、放っておいて向こうに被害が出たらそれはそれでめんどくさい。
幸い、すぐ近くに人は居ないようだし、コア・ハーティオンとともに一瞬で掃除してしまえばいいだろう。そう思って再度周囲を見渡したら、
「ん?」
道を挟んで向こう側にいた女子が、静麻と目を合わせた途端にぷいっとそっぽを向いた。なんていうか、あからさま過ぎて突っ込みたくなる挙動だ。
「……悪い、こいつら頼めるか?」
「どうかしたのですかな?」
「なんか訳知りっぽい奴がいるみたいだ。ちょっと挨拶してくる……おっと、逃げ出しやがった。ますます何か知ってそうだ。ちょっと行ってくる」
「あ、ちょっと……仕方ありませんな。もうしわけありませんが、手加減する余裕はありませんよ」
「やばい、やばいよ。目が合っちゃったよ」
「目が合ったぐらいで、あんな挙動不審な動きをするのがいけないんですわ。何食わぬ顔で歩いていればいいものを」
「だってぇ」
久世 沙幸(くぜ・さゆき)と藍玉 美海(あいだま・みうみ)は路地に急いで入ってとりあえず身を隠していた。静麻はまだ接触するには早い、と実里が言っていたのだ。だから、今接触するのは問題なのだ。
ただ、宝剣は奪われるわけにはいかなくて、だけども静麻達は独自に人脈を持って自分の身を守っている。それでも安心できるというものでもないから、監視は必要で、厄介事に巻き込まれているっぽい実里のためにと手伝いに参加していたのだ。
「落ち着きなさい」
促されて、沙幸二度三度深く息を吐いた。
少し心に余裕が出てきた。
「しかし、これでわたくしたちの顔を覚えられてしまったかもしれませんわ。手間をかけさせてしまいますが、別の方に役割を交換してもらうしかないですわね」
「交換ねぇ、ってことはあんたら二人だけで行動してるってわけじゃないのか」
「うわっ、出た!」
「出たって言い草は無いだろ? 俺を追ってたのは貴様らだろ」
静麻はそう言いながら、比較的落ち着いている美海に視線を向けた。
「閃崎さん、随分と無茶をするものですわね? もし、わたくし達が刺客であったらどうなさるおつもりで?」
美海が戦闘態勢を取る。一方、沙幸は状況についていけずに「え? え?」と繰り返していた。
「ま、敵意があるなら動き方も監視の仕方ももう少し気を遣うだろ。こっちもそれなりに事情があるが、その事情はあんたらの方が詳しいんだろ? ちょっと教えてもらいたいんだが?」
そこへ、ガションガションと足音を響かせながらコアがやってくる。
「シズマよ、こんなところに居たのですか。せめてどこに行くかぐらいは……して、こちらのお二人は?」
「それを今から尋ねようと思ってな」
状況的には、二対二だ。だが、沙幸も美海も静麻に対して敵意があるわけではない。先ほどの威嚇も、それで引いてもらえればそれでよかったのだが、全く堪えていないようだ。
実里の展望はわからないが、今後の事を思えば静麻が自分達に敵対意識を持たれるというのは、どちらにせよ問題がある。実里の名前を出さなければ、とも思うがそうしたとしても得るものは何一つ無い。
「……で、どうするよ?」
「申し訳ありませんが、閃崎さんの知りたいと思われている事に対して、わたくしも沙幸もまともにお答えできません。ですが、もしよろしければ、お答えできる可能性のある方の所にご案内することはできます」
「え、美海、それって」
オロオロしている沙幸に、いいから、と一言添えて、
「いかがなさいますか?」
「いいね、案内してもらおうか」
一瞬も迷いもせず、静麻は即答した。
「罠かもしれませんわよ?」
「本当に罠が用意してあったら、警戒させるような事は言うべきではないな」
これは、あとで実里に謝らないといけないだろう。
だが、思うところもある。今回の行動は、実里の考えか実里に通信している誰かのどちらが主導権を取っているのか、いまいちわからない。もしかしたら、実里はただいいように使われているだけかもしれない。
このイレギュラーの反応と対応を見れば、もしかしたら誰かの真意が見えるかもしれない。実里は依頼という形でこの厄介事に首を突っ込んでいるが、その誰かが悪意を持っていないとは限らないのだから。
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