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リアクション
7.種なんかありませんよ?
「ご、ごめんなさい……その……」
「大丈夫よ、ちょっと驚いただけだから」
もう何度か友美はそう言っているがアユナ・レッケス(あゆな・れっけす)は、不安そうに知美の顔を見ると、ごめんなさいと繰り返していた。
「いやぁ、ほんと迷惑かけてしまったみたいで悪いね」
松岡 徹雄(まつおか・てつお)は、カラカラと笑いながら頭を下げた。
一番遅れてやってきた黒凪 和(くろなぎ・なごむ)には、一体何がどうしてどうなってこんな状況になっているのか理解不能だった。
突然、猫のようにアユナがピクッと反応したかと思うと、いきなりどこかに向かって走り出し、おいかけてきてみたらこの状況である。誰かに説明して欲しいが、二人が謝っているところを見ると、何か悪い事をしてしまったらしく、どうしたんですかとは聞きづらい。
今日の買い物は、和の胃痛の種である白津 竜造(しらつ・りゅうぞう)がいないので、平和に過ごせると油断していただけに、今の状況にさっそく胃が締め付けられる気分だ。
「いいかい。こちらは小谷友美さんで、トモミン。君のはただのトモちゃんで、微妙に違うよ」
「……」
アユナはうな垂れている。
「ごめんなさい……私、トモちゃんを見つけたと思って……」
「だから、もういいわよ。大丈夫、そっちこそ怪我は無かった?」
三人の話を聞いていて、やっと和も状況を飲み込めてきた。どうやら、友美という名前に入っているトモという単語に、アユナが反応してしまったらしい。怪我という単語が不穏だが、とにかく大きな問題に首を突っ込んだわけではないらしく、心の中でほっと息をついた。
「しかし、これはお詫びしないといけないね。今日はお買い物? 随分疲れてるみたいだけど、なんなら荷物持ちとかしようかい?」
「ありがと、でも今日は―――」
「疲れた顔しちゃった女性を放っておけるほど、俺は冷たくないんだよね。それに、相手が美人だとなおさら、ね?」
「そ、そんな美人だなんて」
なんかよくわからないが、徹雄は友美に興味があるようだ。一方、アユナは二人の会話を不安そうに眺めている。何をしてしまったかは知らないが、できれば早く逃げ出したいといった様子だ。
なんだかんだしているうちに、徹雄はうまい事この友美についていく話を持っていっていた。アユナはうつむいてしまっている。きっかけを作ってしまったのは、間違いなく本人なので頑張れと心の中で応援することしかできない。
そうして、流されるままに和も友美達と一緒に行動することになった。
少しして友美達というのが、物凄い大人数で行動をしている事を知り、和は今日もちゃんと胃薬を携帯してきていたことに感謝した。絶対、何か問題に自分から首を突っ込みにいったのに間違いないのだから。
「あれ? あれって……」
本屋で雑誌をパラパラとめくっていた神条 和麻(しんじょう・かずま)は、ガラスの向こうに安徳天皇の姿を見つけた。
「わぁ、いっぱい人がいますね〜。遠足ですかね〜」
和麻の視線を追ったエリス・スカーレット(えりす・すかーれっと)も、その一団を見つけたようだ。
「せっかくだし、声かけとくか」
「? お知り合いなんですか〜?」
「まぁな」
安徳天皇とは、海鎮の儀以来だ。あれから、保護された安徳天皇とは会っていない。海京の安全のためという話だから仕方ないのだろう。それが偶然とはいえ、せっかく会えたのだし声ぐらいはかけておきたい。
というわけで、特に興味も無く眺めていた雑誌を戻し、本屋からその一団に近づこうとしたら、メイド服の子に道を塞がれた。朝霧 垂(あさぎり・しづり)だ。
「悪いが通せんぼだ。向こう側に行きたいんなら、ちょっと迂回してくれ」
「いや、向こう側に行きたいんじゃなくて、その子に声かけようと思ったんだけど」
「なに?」
垂だけではなく、他の人も一斉に和麻に視線を送った。
なんだこれ、ヤバイ状況なのか、っていうかこの集団は何?
「なんじゃ、聞いた事ある声がしたかと思ったら和麻ではないか。久しいのう。もうどれくらいぶりじゃ?」
「え?」
垂はじっくりと和麻を見てから、
「知り合いのか?」
と安徳天皇に尋ねた。
「うむ。そうじゃ。懐かしいのう。元気にしておったかえ?」
「あ、ああ。安徳天皇こそ元気だったか?」
「なんだ、知り合いだったのか。だったら、最初に言ってくれればよかったのに」
「言えるような雰囲気じゃなかったんだが……」
「あ、安徳天皇さんだ〜。お久しぶりです〜」
「おお、お主もおったのか。うむ、息災のようで何よりじゃ。ところで、何をしておったのじゃ?」
「何って、ちょっと買い物だけど。そっちこそ、何してんだ?」
「お散歩、じゃ。のう、垂」
「ふぇ? あ、ああ。散歩だ」
知り合いとは言っても、油断してはいけないと和麻の様子を伺っていた垂は不意に話題を振られて変な声が出てしまった。恥ずかしい。
「散歩? 散歩にしてはさ……」
と、先ほど一斉に視線を送ってこられた事を思いながら、一団をみた。むしろ、遠足と言ってくれた方が納得しやすいところだ。
「お散歩ですか〜。いいですね〜、エリスもご一緒してよろしいですか〜」
「あ、おい」
ただの散歩、というにはこの集団はちょっと物々しい。先ほどの垂の反応もあるし、何か重大な使命を持って行動しているのかもしれない。そういえば、海京の沖合いで武装集団がなんとやら、というニュースもあるし関連が―――。
と、和麻が色々考えている間に、
「うむ、よいぞ」
安徳天皇は、あっけなく了承した。
「え、ちょ……」
今度は垂が動揺している。
「これからどこいくの〜」
「うむ、考え中じゃ。どこか面白いところは知らぬか?」
「えっとね〜」
ショッピングモールの案内を眺めながら、エリスと安徳天皇は楽しそうに次の目的地を選んでいる。少し迷惑かな、とは思わないでもないが、久々に安徳天皇と接するチャンスでもあるし、混ぜてもらおう。
「おい、俺抜きで勝手に次の場所決めるなよ」
さくっと頭を切り替えたのか、垂はすぐにその二人の間に入って、
「次は飯だろ飯」
と自分の意見を押し始める。このままでは、のけ者になってしまうと和麻もその輪に飛び込んだ。
「食事だったらさ、ここのパスタなんていいんじゃないか? 店も広いしさ」
「やぁやぁ、みなさん手品はお好きかな?」
シルクハットに赤い蝶ネクタイとタキシードにマント。うさんくさく、古臭い手品師の格好をした少女が不意に安徳天皇一向を呼び止めた。
少女は一向ににっこりと微笑むと、さっと手に持っていたシクルハットを取ると、ひっくり返し、とんとんと横を叩いてみせる。
「安徳天皇を下がらせるのだ、早く!」
最初に反応したのは、源 義経(みなもとの・よしつね)だった。
その鬼気迫る声に、みんなも一斉に反応する。安徳天皇をさがらせつつ、何人かが前にでてこの怪しい手品師の前に立った。
「どうやってここまで入ってきたのですか?」
源 紗那(みなもと・しゃな)の問いに、手品師の少女はにっと笑ってみせてから、
「おー、ボクの手品を見たいって人がこんなにも居るなんて驚きだ。でも残念、今日の観客は最初っから一人って決まってるのさ」
彼女の言葉に合わせるように、シルクハットから黒い塊が飛び出してきた。その塊は、うねうねと動きながらある程度の高さまであがると、わっとバラバラになった。
大量のスズメバチだ。耳に残る低音の羽音で合唱をしながら、大量のスズメバチは悠々と人の壁を飛び越えてゆく。
「さぁさぁ、ぼうっとしてたら危ないよ。オオスズメバチの群れは凶暴だ。特に今は気が立っている。さぁさぁ、逃げた逃げた!」
このスズメバチの群れは、安徳天皇を狙っているのではなく、本当に手当たり次第にアタックを開始していた。護衛も、ただの一般人もおかまいなしだ。スズメバチの毒は、すぐに痛みを伴ってはれあがる。
あちこちで悲鳴や、痛みを訴える叫びがあがっていた。
目の前の手品師は、たった一人であっという間に、この場を地獄絵図にへと塗り替えた。
「このような方法を使ってくるとは……っ」
飛び回るスズメバチは、既にバラバラに動き回り、手当たり次第に人間を襲っている。魔法か何かで一網打尽にしたいところだが、一般人も多く、また施設そのものに被害を出してしまう可能性がある。そのうえ、魔法を使う時間をスズメバチは与えてくれないだろう。
「これでは、自分の身を守るので精一杯だ」
自分に向かってくるスズメバチを叩き落す。一匹の対処そのものは、契約者には難しくない。だが、死角から飛びついてくるものが、圧巻とも言える羽音の前では察知するのが難しい。
「安徳天皇たちは、もう離れました」
「わかった。ならば」
残ったのは最初に人の壁を作った面々だけ、紗那の報告通りに既に他の護衛は安徳天皇を連れてここから離れていた。
「あのハチを操っている怪しい輩を捕えるのだ」
「はい!」
手当たり次第に人を襲っているスズメバチだが、によによと笑っている手品師だけは一切攻撃していない。つまり、アレがスズメバチを操ってこんな状況にしているのだ。
ならば、倒してスズメバチを大人しくさせた方が、一体何匹いるのかわからない大量のスズメバチ全てを駆除するよりはずっと効率的だ。
「おっと、観客が舞台にあがるのはルール違反じゃないかな」
気配を見抜かれたのか、手品師の少女は義経の目を見てにっと笑みを作ってみせると、マントを大きく翻した。すると、手品師の少女の姿がそこにはなく、ただマントだけがゆっくりと広がりながら落ちていく。
「手品だけじゃなくて、イリュージョンもできちゃうボクって天才! なぁんてね」
声がしたのは、背後からだった。既に崩れていた人の壁をすり抜けて、手品師の少女は安徳天皇が逃げていった方向へ走ってさっていく。
「……っ」
紗那と義経は、その背中を追いたい衝動をぐっと堪えた。
「近くの薬局に殺虫剤ぐらいあるはずだろう。それをありったけ使う」
大量のスズメバチに対処できている人間はごく僅かだ。スズメバチの毒は、人をいとも簡単に死に至らしめる。放っておくわけにはいかない。
「目的は護衛の分断か」
「こんな酷い方法を取ってくるなんて」
あれだけの護衛を正攻法で破るのは至難の業だ。だからといって、無関係な人も巻き込んでくるのは想定外だった。そして、それが一番有効な手段なのは今の状況から間違いなかった。
薬局に居た店員と客は既に殺虫剤で武装していた。二人は動ける人に殺虫剤を配りながら、負傷者を薬局の中に運び込んでいく。スズメバチ軍団を相手に、篭城戦が始まったのだ。
つまり、あの手品師の目論見通り、ここから先は残った何人かは護衛に参加できなくなってしまった。
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