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リアクション
3.英霊であるということ
「天御柱学院の制服ですか?」
安徳天皇が試着という名目の着せ替え人形と化していた頃、友美は店員に話しかけていた。その話が終わるのを待って、霧羽 沙霧(きりゅう・さぎり)が尋ねる。
「それって、やっぱり安徳ちゃんの?」
館下 鈴蘭(たてした・すずらん)の問いに、ええ、と友美が答える。
「今はお客様ってことになってるけど、ゆくゆくはうちの生徒として授業に出てもらいたい。って、校長先生は考えてるみたい」
「じゃあ、一緒に学校に行ける日がくるかもしれないのね」
「そうなるといいんだけどね」
そう言う友美の表情から、それが簡単なことではないのが容易に想像できた。
海京の守り神として祭られていた安徳天皇は、今でもその役割が完全に消えたというわけではないらしい。
「大丈夫です。何かあれば、僕たちがしっかり守りますよ」
沙霧の言葉に、友美は自分の表情に気付いたのかあわてて笑顔をとりつくろった。
「安徳天皇もみんなを信頼してるし、私だってみんながいれば大丈夫と思ってるわよ。けど、それだけじゃないのよね。今日もあの人達来てたみたいだし……あ、今のは聞かなかった事にして」
「そう言われると、余計に気になっちまうな。一体誰が来たんだ?」
緋桜 ケイ(ひおう・けい)が当然の反応を示す。
「ふむ、何か問題があるのであれば、共有した方がよいのではないか? 我々は護衛であるのだし、信頼関係にも及ぶと厄介ではないだろうか」
最もな事を言いつつ、悠久ノ カナタ(とわの・かなた)が畳み掛ける。
友美はこめかみを抑えて、あー、とか唸ってみせてから、諦めたようにため息をついた。
「先生を脅すもんじゃないわよ。まぁ、口止めされてないからいいけど……最近ね、よく校長に面会しに来る人がいるのよ。高そうなスーツを着た、いかにもエリートですって嫌味な感じの人がね。何の話してるかまでは知らないんだけど」
「ん? それが何の問題なんだ?」
「ふむ、察するに安徳天皇が天御柱学院に保護されてから、その人物が現れるようになったのだろう?」
「そうなのよ。だから―――」
と、少し離れたところでファッションショー状態になっている安徳天皇を眺める。いや、あれはちょっと騒ぎ過ぎじゃないかなと思うが、どうなんだろう。
「なんか関係があるかもしれないってわけか」
「かんぐり過ぎじゃなきゃいいんだけどね」
安徳天皇に関する重要な事項は、ほとんど校長であるコリマが抱えている。色々な考えあってのことだとは思うが、それが余計に不安を煽る部分も無いわけではない。もっとも、聞けば案外教えてくれるかもしれないが。友美としては、ちょっと話しかけ難い部分があるのだ、上司としても顔としても。怖いよね、顔。
「小谷先生、ちょっといいですか?」
そこへ、ソア・ウェンボリス(そあ・うぇんぼりす)がやってくる。
「どうしたの?」
「これ、返しておこうと思いまして」
そう言って、ソアは白い絹の薄衣は差し出した。
「これは……?」
「以前、海京神社の地下で会った時に思わず掴んじゃって、そのままだったものです」
それが何なのか一瞬わかっていなかったようだが、ソアの説明を聞いて「ああ!」と記憶にひっかかったようだ。
「小谷先生のものだよな?」
雪国 ベア(ゆきぐに・べあ)の質問に、友美は曖昧に頷く。
「あ、そうだ。二位尼さんには、気にしないでって言っておいてください。怪我も無かったですしね」
ソア達は、以前海京神社の地下で二位尼に出会っているが、あまり友好的な関係を築いたとは言えなかった。というか、攻撃されたという経緯がある。
「そう……。返してくれてありがとね、けど、もうあの人は居ないみたいだから、私から謝っておくわ。ごめんなさい」
「え?」
「いなくなっちまったのか?」
「たぶん……」
「たぶんとは、また曖昧な返答であるな」
「なんかね、居なくなった気がしないのよ。前みたいに、暇な時にいきなり話しかけてきたりとかしてこなくなったけど……どうも、信用できないのよね」
「憑依されてたって話しを聞いたが、なんかイメージと違うな」
悪霊に憑依されたら、宿主は意識を乗っ取られたり悪行に走らされたり、そんなイメージがベアにはあったが、友美の体験はもっと友好的なものだったようだ。
「悪霊って感じでは無かったわね」
「二位尼さんとは、友達だったんですか?」
「友達かぁ、最後はそんな感じだったけど、最初は全然違ったのよ。なんていうか、そう、もう一人私がいた感じ。二重人格でクリニックに相談すべきか、悩んだくらい」
「二重人格って、失礼かもしれませんけど、あんまり似て無かったですよ。仕草とか、言動とかも」
「そうなのよね。だから、だから私も、もしかして私じゃないかもしれない、って思うようになったんだけど。けど、本当に最初の頃はもっとぼんやりした感じだったのよね。予想でしかないけど、私と関わりながら自分を再構成したんじゃないかな。だから、本当に最初は私そのものってぐらい、違和感が無かったのよ。ま、仮説だけどね。だからかな、何か消えたって感じがしないの」
ありがちな、と言ってしまうのも難ではあるが、憑き物が落ちたような感覚や、喪失感といったものを友美は感じていなかった。何かが変化した感覚、というものが無いからかだろう、頭では消えたのだと思っても納得しきれていない部分がある。
それはもしかしたら、個人的な希望かもしれないが。
「まぁ、そんな感じ。それにしても、はっちゃけ過ぎよね。おかげで、後始末したり頭さげたり、ほんと大変だったんだから」
友美は唇と尖らせる。もし、二位尼が戻ってきたら言いたい小言が山のようにたまっていそうだ。
「そう言えば、小谷先生は二位尼さんをなんて呼んでたんですか? 二位尼って本名じゃ無いですよね」
「名前で呼んだ事、ないわよ? だって、最初は自分だって思ってたもの。だから、ずっと“あなた”って呼んでたわ。っていうか、名前があったのを知ったのって、あのゴタゴタの時なのよね」
「あなたって、夫婦みたいだな」
「……!」
ベアの言葉に、友美は驚愕の表情を浮かべて、そして額を押さえてぶつぶつと何か言い出した。漏れ聞こえる言葉は、そうかだから結婚できなかったのね、とかそんな言葉だ。決して、それだけが原因ではないだろうがみんな空気を読んで何も言わなかった。
「ところで、安徳天皇とはうまくいっているのかね?」
自分の世界に引きこもろうとしている友美を、カナタが引っ張りあげる。
「んー、たぶん? まぁ、正直なところを言えば、気を遣ってもらってるって感じよね」
「随分と正直だな」
「子供が苦手だと聞いたが、何かあったのかね?」
「ん、そうね、教えない」
「なんだよ、教えてくれたっていいじゃんか」
「秘密があったほうが女は魅力的になるのよってね。それに、これは私の超個人的な問題だもの」
逃げるようにして視線をそらし、友美はまだファッションショーが続いている安徳天皇達を見た。横に置かれているかごに服が山盛りになっているが、あれを全部買うつもりなのだろうかと、そっちはそっちで見ていると不安になる光景だった。
購入した服は、何着ではなく、何キロで換算するべきではないだろうか。それぐらいの量になっていた。いくら荷物持ちの志願者がいるからといって、これを持って歩き回るのは辛いだろう。そんなわけで、ここでの買い物はほぼ全部送ってもらうことにした。
そんなサービスは行っていないとの話だったが、さすがに店の人でも呆れる量だったので、対応してもらえることになった。
「ほら、ね?」
「う、うむ。……の、のう!」
肩を押されて、安徳天皇は会計を終えた友美に声をかけた。
「なに?」
「日ごろ、世話になっておるから、贈り物をと思ってな……選んでみたのじゃが」
と、小さな紙袋を差し出した。
「私に?」
友美はそれを受け取ると、すぐに安徳天皇は開けてみてくれ、とせかす。友美はそれを急かされるままに、開けた。中に入っていたのは、ストラップだ。
「……」
一瞬、友美の表情が固まった。
一体何が、と鈴蘭はちらりとそのストラップを見て、その理由を理解した。
それは、手のひらほどの大きさのカニのフィギュアがついたストラップだ。フィギュアのできはすさまじく、本物のカニそのものと言ったも過言ではないぐらいによくできていた。緻密に作られたそのカニのフィギュアは、作り手のカニに対する執念のようなものがあるのではないかと邪推してしまうぐらいに、本当によくできていた。
普通にかわいらしいものであれば、ごく普通に対応できただろう。もしくは、なにか奇抜な、オチがつけられそうなものならそれ相応の対応ができただろう。だが、このカニフィギュア付きストラップは、そういったリアクションの枠を超えて、見た人に一言の疑問を浮かばせる。
なんで?
つまりはその一言に尽きる。なんでカニをここまで再現したのか、なんでカニなのか、そもそも何がよくて安徳天皇はこのカニを選んだのか。当然、鈴蘭にも同じ疑問が浮かんだ。
「気に入らぬか……やはり、エビの方にすべきであったか……」
え、エビもあるの?
思わず口に出そうになる言葉を飲み込んでおく。
「う、ううん。これは……何かの参考になるかもしれないわね。ありがとう、大事にさせてもらうわ」
褒め言葉が浮かばなかったのだろうか、しかし友美を責める人は居なかった。
「そうだ。私もね、プレゼントがあるんだよ」
鈴蘭が安徳天皇と視線が合うようにかがむと、手を取った。彼女が用意したプレゼントは、ミサンガだ。それを手に通してみる。大きすぎず小さすぎず、サイズは勘だったが丁度いい感じだ。
「これは?」
「これはね、ミサンガっていうの。これにね、願いごとをするんだよ」
「お守りのようなものであるのだな。しかし、妾はそなたには何も用意しておらんのだ」
「いいよ。気持ちだもの。それでね、ミサンガっていうのは―――」
「随分と賑やかですね」
「ええやないか。楽しんだらあかん、なんて誰も言ってないやろ」
大久保 泰輔(おおくぼ・たいすけ)とマクフェイル・ネイビー(まくふぇいる・ねいびー)は、少し遠くから安徳天皇達の様子を眺めていた。
買い物は終わったようだが、まだもう少し時間がかかりそうだ。もっとも、外をうろうろするよりは、動きの制限の大きい店内の方が少しは守りやすいし、次の目的地が決まるまでは店には悪いがのんびりしてもいいだろう。
「ま、気ぃ抜けすぎやと言われれば確かやけどな」
こうして、輪から外れて眺めていると、天御柱学院の徒歩遠足のようだ。護衛やってます、といったピリピリしたムードがあまり無い。中には、常に周囲の様子を伺っているいっぱしの護衛もいるが、全体からすれば少数派だろう。
むしろ、大人数で動く事で襲撃予定者へ牽制するという意味が強いのだろう。
「それに、外の人たちもいますしね」
集団の中だけではなく、町中にも護衛を行っている契約者がいる。泰輔やマクフェイルのように、視界に入る程度の距離を保つ以外にも、もっと距離を取って広く監視を行っている人もいる。
「ま、万全かどうかはわからんけど、随分とマンパワーを注ぎ込んどるし、そこらの誘拐犯には少し荷が重いやろなぁ……ところで」
泰輔は、隣でじっと安徳天皇を見つめている讃岐院 顕仁(さぬきいん・あきひと)に視線を向けた。
「さっきから、お父さんの顔になっとるで」
「なんだその、お父さんの顔、というものは」
「ほら、あれや。娘と話したいけど、話題が合わへんから、何を話していいのかわからずやきもきして、みたいな顔や」
「思っていたより、具体的なのだな……」
「安徳天皇と、何かあるんですか?」
マクフェイルがそう口にすると、顕仁はそういうわけでないのだがな、と前置きしてから、
「なに、我も少し天皇をしていた時があったのだ。あまりよいものではなかったがな。というより、天皇であって幸せな生を送ったものは少ないのだろうが……しかし、あの子ほど不遇であったものも少ない」
顕仁は、どこか遠い目でそう語る。
怨念と欲望と執念と、そういったものが高い密度で集まる場所に居たあの小さな女の子の人生を思うと、顕仁はどんな世界か知っているだけに難しい。
まして、彼女の代はより混迷としていた時代だ。その密度は、顕仁が知っていた頃よりも深く黒く、ドロドロと粘りつくようなものだっただろう。
「んなら、先輩として何か助言したげたらいいやないか?」
「せっかくあのように楽しんでいるのだ。過去を思い出させるようなことをするのは野暮ではないか?」
「あー、これはあれや。お父さんやない、おじさんの顔や。おせっかいで両親のしつけに口を出す、鬱陶しいおじさんや。な?」
「さぁ、どうでしょう?」
軽口を言ってはいるが、顕仁が今回の護衛の件に参加したい意志を泰輔が汲んでくれている。適当にしているようにみえるが、かれこれずっと目を光らせて不審な動きがないかちゃんと監視している。
こうして弄られるのは、そのお駄賃のようなものだ。
今度こそ、あの子の生が楽しいものであれば、そう顕仁は願う。そのために、こうして少し力を貸してあげられるのなら、いくらでも貸そう。もとより、生は夢のようなもの、ならばこそ楽しく、夢のようにあればいい。今度こそ。
「はいはい。大丈夫、こっからそっちの姿は見えないわよ」
ビル屋上は、地上よりは少し強い風が吹いていた。日差しが少し強いので、まだほのかに冷たい風が心地いい。そこから、安徳天皇一向が入っている衣料品店が見えるが、窓から安徳天皇の姿は見えない。
彼女の立場を考えれば、いきなり狙撃して亡き者に、なんて手段はとられないとは思うが注意して損な事はない。一番狙撃に向いている場所であるここは、既に伏見 明子(ふしみ・めいこ)が抑えているが、狙撃地点に使えそうな場所は無数にあるため、安心はできないだろう。
「そっちの様子はどう?」
「楽しそうだよ。そろそろ移動するかな」
テレパシーで通信している相手は、九條 静佳(くじょう・しずか)だ。彼女は安徳一向に影ながらついていき、こうして状況を確認しながら護衛についている。
「どこに行くかわかる?」
「なんか、映画に行くみたいだね」
「映画ぁ? 普通に町で遊んでる気分ね。ああ、でも映画か。だったら、外に出ないで建物内にあったわね」
「うん。今日はこのショッピングモールから動かないみたい。どうする、移動する?」
「いいわ、だったらこのままここを抑えておくわ。ここからなら、駐車場もモールの真ん中の通路も良く見えるしね。まさか徒歩で呑気に誘拐するおバカさんもいないでしょ、駐車場を中心に警戒しとくわ」
「わかった。それじゃ、何かあったら」
「ところで、あの子にはもう声をかけたの?」
通信を切ろうとする静佳に被せるようにして尋ねる。
「え? いや、だって今日はこっそり護衛するって手はずだよね?」
「でも、護衛しに来たんだから挨拶ぐらいしとくものじゃない?」
「それだったら、もう小谷殿にしているはずだよね?」
「そうだけど。でも、そもそもこの護衛に参加したい言い出したのって、九郎でしょ。本当は、何か言いたいことがあるんじゃないの」
「別に、そういうつもりじゃないよ。ただ……ま、思うところがあるのは事実だけどね、だからといって話しがしたいってわけじゃないんだ」
「嘘よ、嘘。大嘘もいいところね。あんな小さい子を海に沈めちゃって、気が咎めてるんでしょ? だから声も掛けられない。かっこつけてないで、悪いと思ったら素直に謝りに行けばいいんじゃない?」
「う……耳が痛いなあ。身も蓋もないいい方だけど、それも真実だね。次があったら話してみるよ」
「次じゃなくて、今日すればいいじゃない」
「それは、心の準備というものがね……」
「心の準備ねえ」
直接顔みないで行うテレパシーであったのがちょっと勿体無い。普段から説教くさいところのある誰かさんの表情は、今はなんとも言えない感じになっていることだろう。それを目にできないのは少し悔しい。
しかしながら、こちらの薄笑みを浮かべた表情を見られるのも問題だ。
「ま、こっちは任せなさい。何か見つけたらすぐに連絡するわ」
「うん、信頼してるよ。それじゃ、何か動きがあったら連絡するね」
テレパシーを終了して、明子は小さく息を吐いた。今日は平日だから、モールに訪れる客も多くは無いし、駐車場も半分も埋まっていない。何か変なところがあれば、すぐに気付けるだろう。
「いい天気よねー」
今日はお出かけするには絶好の日和で間違いなさそうだ。
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