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図書館ボランティア

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 蔵書整理に取り組んでいた一部に妙な集団が形成されつつあった。妙と言っても、本好きにとっては、至極良くあることではあったが。
 事後になって発端はいろいろとささやかれたが、そのひとつだろうと噂されたのが、イルミンスール魔法学校のレイナ・ミルトリア(れいな・みるとりあ)
「さて……本の整理は慣れてますし……早めに終わらせて次の書架へ移っていかないと時間が足りないですよね……」
 常時自作中の魔道書を携帯している彼女は、本についての造詣も深かった。しかし魔道に関する一冊の本を手にして、作業がピタリと止まる。
「えっと…この本は…………なかなか興味深そうな本ですね…………少しだけなら……」
 パートナーのアルマンデル・グリモワール(あるまんでる・ぐりもわーる)も似たようなものだった。
「……む、あれは確か発売と同時に品切れになり入荷未定の一冊!? こちらにはあまりの不人気さに絶版になったあの本まで……! むぅ…………片付けてからでも読めると言えば読めるが……、むぅぅ…………」
 本をチラチラ眺めつつ迷っているうちに、本格的に読み始めてしまう。
「ふぅ……ようやく一段落つきそうです。お嬢様やアルマ様はどれぐらい進んでるのでしょうか?」とレイナのもう1人のパートナー、リリ・ケーラメリス(りり・けーらめりす)は、そんな2人を目にして戸惑う。
「って……お二人とも全く進んでない!? ええと……どうしましょう……これじゃ担当区画が終わらないかもしれません……こうなったら…日比谷様に助力を頼んで見ましょうか? あうぅ……」
 レイナにボレンティアに誘われた日比谷 皐月(ひびや・さつき)は「良くあること」とつぶやいた。
「でも……」と言いよどむレイナ。
 皐月はとりあえずの指示を出す。
「あー……未読の物以外はジャンルに沿うか続刊を読んで行くだろうし、だとすれば分類ごとに分けて片付けていく方法を採れば然程問題にもならねー……のか? 邪魔すんのも悪いし、誘導用に一ジャンル纏めて傍に置いといてそっとしておけよ」
 レイナも「仕方ありませんね」と皐月に従った。

 シャンバラ教導団の佐野 和輝(さの・かずき)の場合もほとんど同じだった。
 新刊の整理を頼まれて、得意なジャンルである語学系の本を引き受ける。パートナーのアニス・パラス(あにす・ぱらす)スノー・クライム(すのー・くらいむ)のトリオで、素早く棚を埋めていく……はずだった。
 スノーの資料検索を活用して、本の正しい位置を把握。アニスのサイコキネシスを使って本をリレーする。それが上手く行っていたのは、わずか最初の30分くらい。
「ん? 初めて見る著者の語学本だな?軽く中身を確認して見るか。……へぇ、分かりやすくて的確な書き方をする人だな。もう少しだけ読んで見るか。ふむ、ここの解釈はそういう風にとることもできるのか、確かに納得できるな。なるほど、コレとこれを組み合わせることで、別の意味の言葉も持つことになるのか……となると、この文体は……」
 和輝は脚立に腰掛けたまま、本に目を落とす。もはやアニスとスノーの声は耳に入らなくなっていた。
 そんな和輝を少し離れて見守るアニス。
「あれ? 和輝が本を読み出しちゃった。……ちょうど日の光が当たって、真剣に本を読み和輝が何倍もカッコよく見えるよ。眼鏡をかけてるから、余計にカッコよく見える」
 スノーも2人が戻ってこないので探しに来て見つける。
「やっぱりというべきか気になる本を見つけた和輝が読書に夢中になってしまったのね。読む姿のカッコよさに少し見惚れてしまうわね」
 それでもどうにか現実に戻り、本の整理に戻るアニスとスノー。
 アニスが「和輝は?」と聞いたが、スノーは「自分で気付くのを待ちましょう」と、当面は2人で3人分の働きをすることを提案した。

 温かな仲間達に恵まれた者達は他にもいた。蒼空学園の芦原 郁乃(あはら・いくの)蒼天の書 マビノギオン(そうてんのしょ・まびのぎおん)だった。
 図書館でのボランティアと聞いて、気合いの入ったマビノギオン。その一方で郁乃は本への興味が優っていた。
「あっ!これなんて面白そう……ちょっとだけ見てみようかなぁ……」
 ハッと気がつくと、郁乃の目の前には時計を見せ付けるマビノギオンが仁王立ちしていた。
「……主、まさかさぼって本を読んでるなんてことはないでしょうね」
 微笑の中に憤怒の形相が混じっていたことは、郁乃にも見て取れる。ちょっとでも気を許せば、図書館の床に水溜まりを作ってしまいかねない状況だった。
「ちょっと、そこの小部屋行きましょうか」
 必死の弁解を繰り返す。
「でも、でもね 片づけしてるとなんか気になってみちゃうものじゃない? ね? ね? ほんとにだめ?」
 その後「ね?」を10回、「ほんとにだめ?」を13回繰り返すと、さすがにマビノギオンも折れた。
「少しだけですよ」
 2人して本棚の陰で読書タイムが始まった。

 類は友を呼ぶの言葉があるが、特殊な磁力でも持っているのか、いつの間にやら彼らは一箇所に集まっていた。ボランティアどころか、一般の利用者も混じっている。
 リリ・ケーラメリスと日比谷皐月が深くため息をつくと、別な場所からもアニス・パラスとスノー・クライムのため息が聞こえた。
「もしかしてあなた達も?」
 レイナの問いかけに、スノーが「あそこに……」と和輝を指差した。
 ただし二つのため息の意味は全く違う。リリと皐月が「レイナ(お嬢様)とアルマ(様)、いつまで読んでるのー」と不満たらたらのため息であるのに対し、アニスとスノーは「和輝って、なんてカッコイイんだろう。和輝に全てもあげちゃっても構わない。宇宙の全てが敵になっても私は和輝の味方よ」のデレデレため息だった。
 そんな訳なので、リリが『そろそろ気づかせた方が』の意味で「どうしましょうか?」と聞いたけれども、スノーは「せっかく夢中になれる本が見つかったのですから」と、そのままにさせておくように勧めた。
「アニス達でがんばろうよ」
 健気なアニスの発言に、リリと皐月も渋々うなずいた。 



 藤原 優梨子(ふじわら・ゆりこ)の推薦した『渡部真奈美のフィールドノート』を前に、壮年の司書は答えに詰まる。
「確かによくまとまってはいるが……」

 ── ええい、じれったい ──

 優梨子は友情のフラワシやスキル根回しを駆使するが、司書からは良い返事を引き出せなかった。
「完成しているとも言いがたい上に、やはりこう言うものは、本人に持ってきてもらわないとね」
 ノートを閉じると、優梨子に返す。
「本人のものであれば、よろしいんですの?」
 優梨子は自分のフィールドノートを取り出そうとしたが、すんでのところで思い留まる。

 ── 一般の閲覧に供さしめるには、中身が詳細すぎるのですよね。調査対象にご迷惑をかける結果になるのも何ですからね ──

 未だ期は熟さずと、改めて『渡部真奈美のフィールドノート』を推薦する。
「いろいろ実感の湧く方々には、また違う味わいがありましょう。シャンバラの少数民族を包括的に扱っている向きがあり、この地の方々と向き合う人達には、値千金であろうと思われますよ。これさえ読めば無礼を働いてしまう心配がてきめんに激減するというくらい、非常に良くまとまっていますよ」
「それは分かるんだが……」
 渋る司書に、優梨子の説得は小一時間に及ぶ。ついに司書が根負けして、参考図書で加えることになった。
 藤原優梨子はにっこり笑うと、今後も文化人類学の分野を豊かにすることを誓った。