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サルヴィン地下水路の冒険!

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サルヴィン地下水路の冒険!

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第4章

 周囲の喧噪が収まりはじめているのを、黒崎 天音は感じていた。
「状況は?」
「どうやら、スライム魔銃や鮫魔獣の大部分が掃討されたようだ。さすがといったところだな」
 天音の問いにブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)が答えた。
「なるほどね。さすが契約者だ、頼りになるね」
「ところで……」
 ふと、ブルーズが水路を進む自分と天音を眺める。彼らが跨がっているのはパラミタイルカ。その鼻先にはイカの子供……スクィードパピーだ。よくもイルカがイカを食べないものだと、パートナーの調教ぶりに感心するものだが……
「この連れ合いは、多少間抜けではないか?」
「かわいくていいじゃない。見た目よりはずっと賢いし、頼りになるさ」
 そう言って、天音が魔銃使いの業を用いてイルカに何かを指示する。鮫がいるほど深い場所ではない。スクィードパピーが通路を進んでいく。その間に、天音は今までに作りあげた地図を確認する。
「一度、報告と確認のために戻った方がいいかもしれないな」
「いいのか? 誰かに先んじられるかも知れないぞ」
「構わないよ。宝を独占したいわけじゃないんだ。けど、何千年も隠されてきた財宝だろ? それを白日の下に晒すことができるなんて、ぞくぞくするじゃないか」
 瞳に妖しい光を宿らせる天音。悪い癖だ、というように、ブルーズが肩をすくめる。
 と、そこに、2匹のスクィードパピーが水をかいて泳ぎ戻って来た。
「ふむ。どうやら、この先は行き止まりになっているようだね」
「なぜ水路に行き止まりがあるのだ?」
 スクィードパピーをイルカの上に戻してやりながら話すふたり。天音が周囲の様子を確かめながら、
「第一に、この水路は拡張に拡張を重ねて作られたものみたいだね。あまり計画的に作られたわけじゃない。第二に、工事のレベルに違いが見られるところからして、水賊とやらがさらに拡張したらしい。自分たちの居場所までたどり着けないように、迷路のように仕立てあげたんだろうね」
 のんびりと探索しているように見えても、見るものは見ていたらしい。ブルーズは感心したように、頷いた。
「それなら、一度戻るのにも賛成だ。複雑な構造の上に鉄砲水があっては、どこに流されるか分かったものじゃない」
「よし。ここまでの地図を完成させたら、引き返すとしよう」
 頷き合うふたり。と、そのとき。
「人は流れてどこへいくのかー……っと」
 どこからともなく、鼻歌が聞こえてきた。徐々に歌は近づいてきている。
「……やや?」
 鼻歌の元……アキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)が、二人の方にぷかぷかと流されてきた。
「溺れているのか? 今助ける!」
 ブルーズが手にした棒を掲げる。意思に答えて長く伸びる如意棒だ。が、アキラは伸びてきた如意棒の先を、その手で払った。
「いやだー、俺は流されるんだー!」
 そして、水の流れるまま、奥へ奥へ。
「どうんだ、何かあったのかい?」
 その様子を怪訝に思った天音が聞く。
「水の流れに身を任せ、行き着くままを目指す……それがロマンというものさ。それに案外、流された先に宝が眠っているかも知れないじゃないか」
「なるほど、そうだねぇ……面白い考え方だ。それなら、僕たちが邪魔する必要はないな」
「おお、ロマンが分かる人だね。それじゃあ、そういうわけでー」
 ざぶざぶと流れていくアキラ。天音とブルーズは、逆方向にイルカを泳がせる。
「下水道の行き着く先が知りたいのだろうか?」
 思わず、ブルーズは呟いていた。
「それも、僕にはない発想だ。興味深いじゃないか」
 天音が微笑と共に言った。
「挑戦してみようとは思わないけどね」


「最新の地図情報が届きました。かなり、探索が広がっていますね」
 水路の中、水が流れてない一角を進みながら、銃型のハンドヘルドコンピューターをのぞき込んで八薙 かりん(やなぎ・かりん)が言った。
「鉄砲水がどこに起きるかは、分かる?」
 先に立った葦原 めい(あしわら・めい)が、通路の先に光を向けながら聞いた。二人は共に、水着……のような、バニースーツ……のような、強化スーツに身を包んでいる。見た目のファンシーさに反して、その性能は折り紙付きだ。
「いえ。まだ観測されていません。探索を続けましょう」
「ところで、いつまで歩き回らなければならんのだ!」
 ひときわ高い声を上げたのは、南部 ヒラニィ(なんぶ・ひらにぃ)。その腰にはロープが巻かれ、もう一端はパートナーの琳 鳳明(りん・ほうめい)に結びつけられている。
「まあまあまあ。ふたりにも、何か考えがあるんでしょ?」
 鳳明の問いに、かりんは小さく頷いた。
「宝の場所を探し出すためには、鉄砲水の発生を待つべきだと思います」
「ふむ?」
 ヒラニィがいぶかしげに首をかしげる。
「長い間、保存されているのですから、宝は鉄砲水の被害にあわない場所にあるはずです。まずこの水路の詳細な地図を作成し、鉄砲水の流れる道筋を確かめることができれば、それを元に宝のありかを推測することができます」
「鉄砲水が流れない場所を探すってわけだ。はー、なるほど」
 鳳明が感心したように言った。その隣で、めいが首をかしげた。
「でも、明らかに違うところを探してるんじゃない?」
 かりんの示す道筋は、中心、深部に向かうのではなく、むしろその逆、外側に向かおうとするものである。
「……実は、私は宝を探してはいません」
「なんと!?」
 ヒラニィが驚きの声を上げる。くってかかられるまえに、かりんは言葉を続けた。
「私が探しているのは、出入り口です。この地下水路は、この地方一帯に広がっているはず……水賊が神出鬼没に見せかけていたのは、いくつもの出入り口を行き来して移動していたからではないかと思うのです」
「まあ……そうであろうな。でなければ、古王国がすぐに捕まえられたはずだからな」
 と、ヒラニィ。
「もし、ヴァイシャリーで戦いがあれば、この水路を利用することができるのではないかと思うのです。水賊がしたのと同じように、敵の背後をついたり、いざというときの逃走経路にも……」
「ゲリラ戦ってわけだ」
 一応は軍人である鳳明も、いくらか表情が険しくなる。
「じゃあ、キマクとの戦争のためにこの水路を調べに来たの?」
 驚きの表情で、めいが問う。かりんはそっと頷いて答えた。
「かりんちゃんは、いつも戦争のことを考えてるんだね」
 めいが呟くように言う。
「ほら、そんな顔しないの!」
 ばしっ! と、鳳明がめいの肩を叩いた。いくら抑えているとはいえ、八極拳の達人だ。思わずめいはたたらを踏んだ。
「いざというときのために備えてるわけでしょ? 戦いたくてやってるわけじゃないんだから。むしろ誇りに思うくらいでちょうど良いと思うよ」
 数歩進んだ場所で肩をおさえながら、めいはじと、と目を向ける。
「わかってるよ。かりんちゃんだって、シャンバラのことを守ろうとしてくれてるんだって。うん、よし。それじゃあ、はりきって探索しちゃおう!」
「おー!」
 と、腕を振り上げるめい。鳳明が同じく拳をあげて答える。
「って、わしは宝を探しに来たのだぞ!」
 まだ納得していない様子のヒラニィは、思わず声を上げた。
「ま、まあまあ、こうやって端々まで探索するのが、一番の近道かもしれないわけだし」
 ヒラニィをなだめる鳳明。その横で、ふとめいが顔を上げた。
「あ、見て。ここから道が登ってる。出口に繋がってるのかも」
「確かに、そうですね。調べましょう」
 かりんが顔を前方に向ける。視界の先に、わずかに明かりのようなものが見えた。
「……待て」
 そのとき、ぽつりとヒラニィが告げた。びりびりと肌が震えるような感覚が襲ってきている。
「よりによって、あたりを引きすぎじゃ。かりんとやら、運が良いのか悪いのか……」
 ヒラニィの呟き。
「ヒラニィちゃん? 何を言って……」
 と、めいが言いかけた時。ごごごご、と激しい振動と音が伝わってきて、その表情が青く染まった。
「走れ! 鉄砲水じゃっ!」
 彼女らの進む先でせきとめられていた水が一気に流れ込んでくる。4人は一気にきびすを返して走り出した。
 幸い、ヒラニィの素早い察知とかりんの丁寧なマッピングが功を奏し、鉄砲水が流れ込まない通路に身を隠すことができたのだが、まさに危機一髪であった。