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浪の下の宝剣~龍宮の章(後編)~

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浪の下の宝剣~龍宮の章(後編)~

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15.いつも通りの



「さて、おおよその経緯は友美の身を通してわかっておるつもりじゃ。君よ、もう少しこちらに寄ってくれるかのう」
 仮面をつけた友美は、安徳天皇を手招きした。
 友美の護衛も集まり、小さな人だかりができていた。果たしてこれは友美の縁起なのか、それとも本当に二位尼なのかわからないからか、誰もが黙って推移を見守っている。
「う……うむ」
 安徳天皇もまた、目の前の出来事を測りかねているといった様子だ。
 恐る恐るといった様子で安徳天皇は歩みをすすめる。友美の手が安徳天皇の頬に触れると、友美は一度目を閉じた。
「以前から、一度はしておくべきだとは思っておりましたゆえ、手加減いたしません」
 とてもいい音がした。龍宮に響き渡るのではないかというぐらいの、軽くて響く音だった。
 頬をはたかれた安徳天皇は、少し赤くなった自分の頬を手で抑えながら、目を丸くする。
「此度の件、少しばかり勝手が過ぎるのではありませぬか? 君は確かにこの地を預かる役目を仰せつかっておるのでしょう、しかしそれは自らの身を捨てて挑まねばならぬようなものではございません。確かに御身は天皇ではありますが、少なくとも……今の世においては、その血を受け継ぐものがしかと役割を果たしております。世を想うことを悪いとは申しませぬが、己あってのことでございます」
「……お主に怒られたのは、初めてであるな」
「死罪にでもなさいますか?」
「馬鹿を言え、お主の言うとおり今は、以前そうであった者、でしか無いであろう。それよりも、よくぞ戻ってきてくれた。しかし、長くは無い。そうであるな?」
「恐らくは……これが今生の別れになるかと。この仮面にも、もう何の力も感じませぬ故、恐らくは友美に残った一部でしょう。それも、ほんの僅か。吹けば消えるような存在であるのは、間違いありません」
「酷いではないか、妾に何も告げずに消えるとは……」
「少しばかり、友美に無理をさせすぎてしまったのです。こうして、残滓とはいえ友美の魂に我が一部が残ってしまっております。あれ以上世に留まろうとすれば、友美の身に災いを成すのは必定。友として、それは避けなければならなかったのです」
 二位尼が仮面に残したものは、決してよいものではなかった。怨念や怨嗟といった類いのものだ。それが、友美に反応することで縁となって再び形を作ることができた。
 ただの怨念の塊が、会話を繰り返す事で徐々に人の心を取りもどすことができたのは、友美の無念や後悔と惹きあうものがあったからだろう。しかし、怨念の塊が人に害を成すのは避けられない。力を浪費して影響を殺しながら、悲願を掲げて自らの怨念を黙らせて、なんとかあの時までこぎつけたのだ。
「……そうか、友か。お主も、こちらでよき時間を持てたのだな?」
「はい、短き間ではありましたが、報われたように思います。ですからこそ、君もその身を案じ、よき時を過ごしていただきたく思うのです」
「今この場に至るまで、随分と多くの者から同じように言われておる……それほどまでに、妾は力が無いと尼ぜも思うか」
「力のありなしではありませぬ。ひとえに、心のありようの問題かと思います。とはいえ、事ここに至ってしまったのもまた運命。道は既に開いております、あとは往くだけでしょう……あるいは、私の見通しの甘さ故かもしれませぬ」
「どういう事じゃ?」
「海鎮の儀の件は、コリマとの話あってのことでございます。ゆえに、あの男はこの地についての知識もある程度は持っております。手は打つと申しておりましたが、これがその手であるとも考えられます」
「ふむ、随分と楽に学院を抜け出せたとは思うておったが……となると、妾の考えもわかっておると取るべきであるな。尋常ではない者とは思うておったが……」
「考えがあるのでしょう。して、そこの者、よいか?」
 不意に話を振られたコンクリート モモ(こんくりーと・もも)は、二位尼を二度見した。
「そう驚くものでもあるまい。それよりも、この先は何が起こるかわからぬ。動ける者は、けが人を集めてここを出ていくがよい」
「何が起こるかわからないって、どういう意味?」
「言葉通りの意味じゃが」
「私が言いたいのは、これから、やろうとしている事は安徳天皇の体に影響が出たりするような、そういうことなのかを……いきなり十八歳になっちゃうとか」
「そんなに、胸の大きさを抜かれるのが嫌なのかヨ」
 ハロー ギルティが呆れたような視線をモモに送る。
「大きくなったりはしないはずよのう」
「それはその、逃げなきゃいけないような事がここで起こるかっていう意味で……」
「……我が答えるべきではいのう、君よ」
「うむ。危険は無いとは約束できぬ。しかし、そこまで危険かと問われればそうでもない。微妙なところじゃ」
「それじゃ答えになってないヨ」
「おぬし等も、ここに入る時に転送装置を使ったであろう? 十中八九、あれは使い物にならなくなる。ここの調査の日に日程を合わせたのは、別の出口を確保するため、故に怪我人などは一足先にこの施設を出てもらいたいのじゃ」
「閉じこめられるかもしれないのね」
「理解が早くて助かるぞ。なに、全員に出てゆけとは言わぬ……残りたい者は残ってくれて構わぬ。妾も、ここまで来て一人でやるなどと言うつもりはない」
 安徳天皇の言葉を受けて、怪我人を連れて龍宮を出る人と残って最後まで見届ける人に別れた。さすがにすぐにまとまりはしなかったが、友美と共に来た人を含めて七割ほどが残ることになった。
「君よ、それではお暇を頂きます」
「うむ……極楽浄土とやらで、存分に休むがよい」
 みんなが誰が残るかどうかを話し合っている最中に、安徳天皇と二位尼は、互いに一言ずつ言葉を交わした。これが、二人の最後の会話になった。気を失ったように倒れる友美を安徳天皇がそっと受け止める。
 最初から残るつもりで、会話に参加していなかったハロー ギルティはその一部始終を見つめていた。その視線に気付いた安徳天皇は、むずかゆい笑みを浮かべて、猫の耳ぐらいでしか聞こえない声で呟いた。
「やはり妾は、下手糞じゃのう……言いたい事はいくつもあったのじゃがのう」


 この施設を作った者は賢人だったと安徳天皇は考えていた。
 自分が管理人などという立場になったのは、偶然によるものだった。思えば、自分の生涯から今に至るまで、自分の意思でどうこうした問題はほとんど無いように思う。
 立場も役割も何もかも人から与えられて、そして人に奪われた。
 自分のものでないものに対して、未練などわかない。自分のものを何一つもってなかった自分の生に、後悔や自責の念が残るわけがない。
 何人かは疑問に思っていただろう。この施設を使って自分の運命を変えたいとは思わないのだろうかと。しかし、変えたところで結局何も無いのだ。あの歴史を書き換えたとて、いずれ正統な嫡子に役割を譲って自分の役割は終わる。のちのち邪魔だと考えられて消されるかもしれない。
 そして、そうなったらここに居る自分は一体どうなるのだろうか。
 相変わらず不自由で、管理人という役職もただの借り物で、ほとんど何も変わっていなかったが、それでも今の自分はここにある。それを否定するほど、過去に未練は持ち合わせてはいなかったのだ。
 この施設を作った者は、賢人だった。
 消極的に時への関わりを否定した自分と違い、彼らは自ら積極的に関わろうとし、そのうえで捨てたのだ。そのような判断がくだせるのは、彼らが妄執などではなく理を持って行っていたからだろう。
 そして、二つの宝玉。潮満玉・潮涸玉は、容易く武器になりうるものだ。これがあれば、簡単に多くのものを蹂躙できるだろう。引き寄せる力と弾き飛ばす力は、時間に手をいれてしまおうと考える者にとって、武器としての利用法などいくらでも検討がつくはずだ。それを、純粋な動力源以外の利用をせず、しかもここに放置し続けた。
 発想とは必要だから出てくるものだ。潮満玉・潮涸玉が共に武器にならなかったということは、そもそも武器が必要無かったに違いない。
「友美よ」
「なに?」
「その……なんだ。今の妾は、誰かと契約とやらをすることができるらしいのじゃ……。これが片付いたら……」
「馬鹿ね。少しでも力が欲しいのは今でしょ……今までと違って、体を貸してる最中も意識があったのよ。私に何も言わないで、安徳天皇とお喋りしたってのにあんな肩肘張ったことしか言わないなんて、こっちも馬鹿よね」
「…………」
「どうせ、安徳天皇も気張ってたんでしょ……。ほんっと、人に説教できる立場じゃないわよね。けどいいわ、あんなガチガチでもちゃんとお別れを言ったから許す。言っておくけど、私はあいつみたいに敬ってなんかあげないわ。あくまで、友達。それでいいのなら、楽しく生きるコツっての教えてあげる」
 友美は自分に二位尼を重ねられていると、わかっていただろう。それに彼女が戸惑っていたのもわかっている。だから、契約については知ってはいたが、口に出すつもりはなかった。二位尼の代わりに傍に居て欲しいなんて、口にできるわけがない。
 今だって、覚悟を決めて言ったのではない。不安におされて、弱音を吐いただけだ。
 拒絶して欲しかったのかもしれない。そうすれば、覚悟の一つぐらいは決められると思っていた。
 絶対安全な賭けなんてものは存在しない。いくつか布石は用意したが、それでも不確定要素はいくつもある。中でも、閃崎 静麻の行動はその最たるものだ。彼がもし、あのシステムの負荷に耐えられなければ、全ての意味が無くなってしまう。そして、もし彼の思惑通りにこの時空因果律演算装置を扱った場合、ここまでの努力そのものが失われる可能性だってある。最も、仮に静麻が装置を取り扱えるのであれば、それはむしろ歓迎すべきことなのだと考えていた。
 賢人ですら投げ捨てた装置を、人が扱える。それは、少しばかり誇らしいではないか。
 その結果がどうなるかはわからないが、せめて善きことである事を祈ろう。
「人生を楽しむコツなどというものがあるのなら、是非教えてもらいたいのう」
「任せなさい。楽しむことに関しては、私は天才なんだから」


「あとは、待つだけだな」
「そうですね……」
 液体金属の残骸で満たされた部屋にたどり着いたレイナ・ライトフィードと武神 牙竜と重攻機 リュウライザーの三人は、静麻と再開した。
 静麻達は戦闘をいくつか乗り越えたのだろう。リネン・エルフトとヘイリー・ウェイクは負傷を追っていた。治療をしながら待っていたらしく、出会った時には手当ては済んでいた。
 そして静麻は、宝剣を持ち中央の台座に向かうと、そのまま姿を消してしまった。
 見ている限り、転送装置で飛んだ時のものと同じものなのだと感じた。試しに牙竜が同じところまで向かったが何も反応はなく、宝剣を持った人を強制的に飛ばす装置なのだろう。
 ここからでは、何が起こっているのかはわからない。
 ただ時間の経過を待つのは辛い。少しでも不安を抱えているのならなおさらだ。
「誰か来たみたいだな」
 牙竜の声で、現実に引き戻されたような感覚をレイナは感じた。ヘイリー達はとっくに気付いているらしく、いざという時のために動ける姿勢をとっている。自分も、それにならって剣に手を添えた。
 足音は複数、防衛システムのとは明らかに違う。となると、相手は調査隊か安徳天皇らだろうか。誰が来ても構わないが、邪魔をするのならば戦わなければいけないだろう。
「間に合ったようじゃな」
 予想に違わず、やってきたのは安徳天皇とその仲間達だった。一緒に友美も居た。
 てっきり、安徳天皇を見つけたら学院に連れ戻すと思っていたので、少し意外だった。
 ヘイリー達は、彼らが敵でないと判断したのか、少し気を緩めているのがわかった。しかし、まだ彼らが何をしに来たのかは口にしていない。
「何をしに来たのですか? 返答次第では」
「おいおい、いくらなんでもそんな殺気放つ必要ねーだろ」
 牙竜の言葉を聞き流し、ただ安徳天皇の返答を待つ。
「安心せよ、妾は手伝いに来たのじゃ。このままでは、あの者は死んでしまうからのう」
「……どういう事ですか?」
「詳しくはあとじゃ。こちらも、あまり時間が無い」
 殺気を当てられても、安徳天皇に引く様子は無い。
 牙竜はため息をついてから、レイナの肩を叩いた。まだ信用できたわけではないが、構えを説いて安徳天皇に道を譲った。
「悪いようにはせぬ」
 それだけ言って、安徳天皇は中央の台座に向かう。