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リアクション
2.龍宮城
最初にこの場所に足を踏み入れた時、草薙 武尊(くさなぎ・たける)は思わずため息を漏らしてしまった。
日本人ならば、幼少の頃に一度は誰もが見たり読んだりするだろううらしま太郎の物語に出てくる竜宮城のイメージの通りのものだったからだ。日本の建築物というよりも、中国の宮殿を思わせる造りだ。保護色も兼ねているのだろうか、中国の宮殿は赤い色というイメージがあるが、ここでは青と緑で全体が統一されている。
話によればここは研究施設だというが、超文明があったとしても海底に建築物を作るのは地上よりは大変で苦労が多かったろう。簡素な箱物を沈めるでなく、石を積み庭園まで用意する彼らの美意識や文明に対する考えの高さには、称賛するよりため息がまず出てしまう。
もっとも、のんびりと龍宮を眺めていられる時間はほとんど無かった。
「正直なところ、あとどれぐらい持ちそうですか?」
巨大な太い柱の裏に身を隠しながら、赤嶺 霜月(あかみね・そうげつ)は周囲の様子を見つつ聞いてきた。
「できれば、その質問には俺じゃなくてあちらさんに答えて欲しいところだな。一体何体出てくるんだ?」
酒杜 陽一(さかもり・よういち)は心底うんざりしているようだ。もっとも、軽口が出てくるあたり、消耗しきっている武尊よりは余裕があるのだろう。
「大丈夫ですか?」
「ま、まだまだっ!」
空元気を出してみるも、スキルを使い過ぎて消耗しているのは武尊自身が一番よくわかっている。まだ倒れたりするほどではないが、このまま続ければ遠くない未来に倒れる事になるだろう。
「防衛システムなんて投げやりな名前のくせに、頑張ってくれるよな。全く」
さっと辺りを確認すると、こちらを探して行動しているのは四体ほどだ。既に七体は潰したが、倒したはしから補充されてくるので数を減らしている実感が無い。
「実里殿はもう目的地についたであろうか?」
「さて、どうでしょう……それよりも、今は自分達の事をなんとかしないとですね」
「全くだ」
三人は龍宮に到達した直後に襲いかかってきた防衛システムの足止めをするため、囮を自ら志願したのだ。実里を中心にした面々は先に進んでもらい、自分達は防衛システムを片付けてあとから追う、と。
防衛システムは、動きは緩慢で搭載された武装も少ない。遠距離用のグレネードと、近寄ってハサミで殴る以外には攻撃手段が無いようだ。どちらも当れば大打撃だが、緩慢な動きのせいでまず当らない。そのため、最初はそんな強敵には思えなかった。
「もう少しやわらかであればよかったのだがの」
武器は貧弱だったが、装甲が硬かった。あの装甲をまともに抜くには、光条兵器のような高出力の非物質武器を用いるか、あとはとにかくでかい火力を叩き込むか。そのせいで、明確なダメージを受けてないのに消耗していく。そのうえ、倒されるたびに補充要因がやってくるのだから、何より気力が続かない。
「とりあえず、十分時間は稼いだはずだし、適当な建物の中に入るか。あのガタイじゃ、追って入ってはこれないだろ」
陽一の提案に、二人も頷いて移動を開始しようとしたところで、周囲をうろうろしていた防衛システムが不意に移動を始めた。捜索を諦めたにしては、移動が少し急いでいるように見える。
「何か見つけたのでしょうか」
「ここにやってこれる連中は、抜け駆けした俺達を除けばあと一組しかないだろ」
「安徳天皇であろうな」
「なるほど、佐野ご一行はもう先に到着してたのは間違いないみたいだね」
夜月 壊世(やづき・かいぜ)は半壊した防衛システムを眺めながらうんうんと頷いていた。
「ここまでやられても、完全に壊れてるってわけじゃないのか」
カニの胴体部分、手足は攻撃で破壊されたのか繋がっていないが、その根元の部分はぎゅいぎゅいとモーターの駆動音らしきものがする。手足をもがれているため何もできないが、なんとなく薄気味悪いものを夜月 鴉(やづき・からす)は感じるのだった。
「それで……これからどうするんだ?」
レーネ・メリベール(れーね・めりべーる)が安徳天皇に尋ねる。
「うむ、まずはここの中枢に向かう。妾の命令をまだ受け付けるのであれば、防衛システムの動きを管理できるはずじゃ。そうしたあいたっ!」
真面目顔で語っていた安徳天皇は、いきなり鴉におでこにデコピンを受けた。わけがわからないが、痛い。
「な、なにをするのじゃ!」
「おしおきだ」
「一体何がどうしたのじゃ。妾には全くわからんぞ」
「一人で訳知り顔でなんでもしようとすること、よりにもよって書きおきひとつ置いて学校を抜け出してきたこと、色んな人に心配かけてること、などなどだ!」
そう言い切った。
「い、言いたい事は……わかった。しかし、何故今言うのじゃ?」
「それは、な?」
鴉は親指で背後を指差した。こちらに向かってくる一団がある。
「意外と早い歓迎だね。少しくらいのんびりさせてくれると思ったのに」
「イコンならともかく、生身だと大変そうな相手だな」
防衛システムは最近になって何度も戦闘記録が作られているが、そのほとんどはイコンによるものだ。報告によると、装甲も攻撃力も大した事ないが、数が多く厄介であるとのことである。
生身とイコンは基本的には比べられない。時折覆す超人もいるが、中々いないから超人なのである。
「まだ中にも入ってないのに、あんまりここで人数割くわけにも行かないだろ。俺達三人であいつらの相手をするから、みんなは先に行ってくれよな」
「しかし、奴らは」
「外で待ち構えていた連中と違って、捕まえようなんて考えずに殺しにかかってくる。だよね?」
壊世の言葉に、安徳天皇はうむと頷いた。人間ではない、あの防衛システムは目標の排除に手段は問わない。
「心配すんなって、別にあんなお化けカニなんかに因縁ねーから。相打ち覚悟の玉砕なんてないっての。適当に時間を稼いで、適当に逃げるさ。な?」
「そうだね。ま、ちょっと中身は気になるかな」
「既に倒しているのもあるようだし、勝てない相手ではないはずだ」
こうして会話をしている最中にも、防衛システムの群れが近づいてくる。あまり話し込んでいられる時間もないと、安徳天皇は無理やり頷いた。
「くれぐれも、無理をするでないぞ!」
他の面々も、安徳天皇について進んでいく。
「いいのか、もっと言いたいことは山ほどあったんだろ?」
レーネに言われて、鴉は少し困った顔をする。
「いざとなると、うまい言葉が出てこないもんだよな……。ま、それはあとでちゃんとすればいいだろ。とにかく今は、あいつらを足止めするぞ」
「うん」
「だね」
龍宮内部は、細い通路がまるで迷路のように張り巡らされているようだった。
「侵入者を迷わせるつもりだったのだろうか」
「わざわざ地球の海底に作ってることも考えると、そうかもしれないな」
黒崎 天音(くろさき・あまね)とブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)の二人は、注意深く慎重に進んでいた。実里一行と共に龍宮までやってきたが、今は率先して前へ進んでいく実里の姿が無い。隙を見て、別行動を取ったのだ。
「あまり無茶はするものじゃないぞ」
とブルーズはあまりいい顔はしなかったが、天音のこういうところには仕方ないと思っている部分もあるのか、結局こうして共に行動していた。
「何をしているのです?」
二人は足を止めると、すぐに声のした背後に振り返った。もちろん、臨戦態勢だ。
背後に居たのは、ウィング・ヴォルフリート(うぃんぐ・う゛ぉるふりーと)でそちらも臨戦態勢でこちらを睨みつけている。彼も、友美と共に潜入した一人だったはずだ。
「何って、龍宮の調査だろ?」
「なぜ途中で単独行動を取ったんです? もしや、三枝のスパイではありませんよね?」
丁寧な口調だが、敵意がわりとわかりやすく漏れている。まぁ、わざとしているのだろう。
「三枝には会いたいとは思っているけど、別にスパイではないよ。それより、君こそ怪しいんじゃない?」
「……なるほど、一理ありますね。しかし、それではお二人の無実を証明する理由にはなりませんよ?」
どちらも一歩も退く気配のないまま、にらみ合いになってしまった。
ウィングも天音も、三枝のスパイなどではなく龍宮の調査のために潜入方法を知ると思われる実里に接触した身だ。そうして、現地に潜り込んでから個別に行動を取ろうとした似た者同士なのである。
下手に動こうとすれば、戦闘になるかもしれない。どちらも、調査を進めたいと考えている以上はあまり無闇に派手な行動は起こしたくないが、かといっても相手の目的がわからない以上放置するわけにもいかない。
そんなにらみ合いを終わらせたのは、ここにいる三人ではなく、こちらに向かってきた足音だった。その足音は、警戒する様子でもなくのんびりとした様子で三人のいる場所に向かい、あっけなく姿を現した。
「おっと、もうここまで入り込んでいましたか。ご苦労様ですね」
「お前はっ!」
「三枝っ!」
三枝仁明。先日の武装集団の雇い主とされている人物で、行方不明扱い。実里が言うには、もう龍宮にもぐりこんでいるという話ではあったが、まさかこんなにあっさりと姿を現すとは誰も思っていなかった。
やる気なく眠たげな目をした三枝の頬が少しあがる。それを見たブルーズは咄嗟に天音を突き飛ばした。その場所に向かい、人間ほどの大きさの腕が壁から飛び出す。
「ぐぅお」
飛び出した手は、そのまま反対側の壁にブルーズを叩き付け、そのまま貼り付ける。
「あなたは、一体ここで何をするつもりなのですか?」
ウィングも天音も、互いに武器を構えた。
壁に押し付けられたブルーズも、なんとか腕を引き剥がそうとしているが、ナノマシンで構成された腕を破壊するのは困難なのは既に二人共よくわかっている。それよりも、三枝を無力化する方が何倍も簡単で効率的だ。
「バベルの塔の話はご存知でしょうか?」
三枝は、二人に殺気を向けられているというのに自然体のままだ。思考によってナノマシンを制御しているのなら、むしろ緊張した方が不便なのかもしれないが、この余裕は少しばかり癪に障るものがある。
「人間が調子にのって天に届く塔を作ろうとして、神様がそれを崩したって物語。ご存知ですよね、人間一度ぐらいは耳にすることのある有名なものです。端的に言えば、私の目的はソレですよ」
「神にでもなったつもりか?」
「よく誤解されるんですよね。別に、私は偉くなったつもりもないし、偉くなりたいわけでも、まして神なんてどーでもいい存在になりたいとも思いません」
「では、何故そんな話を持ち出すのです?」
「昔話というのは、教訓なんですよ。バベルの塔とは、つまり人間が力を持ちすぎるのはよくない、そういう話です。だから、ある程度のところで平らにする必要があるんです。私は、いわゆる二世、実際には六世ぐらいなんですけどね、親が最初から力を持っていたタイプの人間です。庶民の視点で言えば、あまり苦労してないボンボンってものですね。現代の実力者なんて、大概はそんなもんですが」
「唐突に自分語りとは、典型的な悪役だな」
「これから語り継いでもらうためには、知ってもらう必要があるでしょう? とりあえず最後まで聞いてくださいよ。そう、幼少の頃から人の言う上流階級というものの中で生きてきたわけですが……アレは、よくない。大きな力を持っていながら、それをどう有効に利用するかなんて微塵も考えず、自分の利益ばかりを求めている。それで勝負するならまだしも、中途半端に安全思考を働かせるところも気に食わない。だから、全部壊してしまおうかと」
「そのために龍宮を利用するわけか」
「ええ、評議会の連中は所詮は屑と変わらないようで、海京の占拠なんてくだらない事を嬉しそうにやっていますし、そいつらもまとめて海に沈めてあげれば少しは平らに近づくでしょう」
自分語りをしているにしては、三枝の表情は不満げだ。言葉に出てきた、評議会というものに対しての失望が現れているのだろうか。
「あなたのその、自分勝手な思想に付き合う理由はありません」
その様子を隙と見たウィングが一歩踏み出そうとするが、その足を掴まれ危うくバランスを崩しそうになった。天音もほぼ同時に動いたが、こちらは踏み込んだ床が不自然に沈んで体勢を崩される。さらに、壁から銃らしきものが大量に並び、ウィングと天音をそれぞれ狙っている。
「……全方位配置完了ってわけだ」
「そういう事です。無理はしない方がいいですよ。私、血とか悲鳴とか、そういう気持ち悪いのはあまり好みではないので」
「一つ聞くが、龍宮というのはお前の平らにするという野望を叶えるためのものなのか?」
変幻自在のナノマシンの中に入り込んでしまえば、真っ当な方法では相手にならないのを天音は経験済みだ。ならば、せめて情報を引き出せるだけ引き出しておく。
「いえ、ここは純然たる研究施設です。ご安心ください、ここに世界を滅ぼすための兵器なんてものはありませんよ」
「なら……どうやって、海京を沈めるつもりだ?」
「この施設、明るいでしょう? 外の防壁も強力です。これだけの施設と設備を動かすために必要なエネルギーは膨大です。それを、ほんの少し分けてもらうんですよ。この施設を作った人は賢人だったようで、アレを武器にしようとは思わなかったようですが、人間はダメですね。ついつい、そういう利用法を考えてしまいます」
「それが、龍宮の宝ですか」
「ええ、そういう風に聞いておりますよ。さて、お喋りも楽しいのですが、侵入者がここまで入り込んでいるとなると、私も忙しく動かなければなりません。申し訳ありませんが、客間を用意したのでそちらでお休みください」
三枝の視線を追うと、その先に先ほどまで無かった扉があった。作り出したのではなく、ナノマシンで隠して見えないようにしていたのだろう。随分と前から、三人とも奴の腹の中を泳いでいたというわけだ。
ナノマシンの腕に投げ込まれるようにして部屋に押し込まれると、扉はすぐに壁と同化するようにして消えてしまった。
「二段ベッドが二つ、とりあえず眠る事には困らないようですね」
客間と呼ぶより、仮眠室と呼ぶべき小さな部屋だった。
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