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リアクション
ふたつのブーケ
「これは?」
と、尋ねるマーリン・アンブロジウス(まーりん・あんぶろじうす)に、
「ひまわりは、『あこがれ』『私の目はあなただけを見つめる』『崇拝』『熱愛』『光輝』『愛慕』『偽りの富』『ニセ金貨』」
すらすらとよどみなく答えた沢渡 真言(さわたり・まこと)の返答の最後の言葉に吹き出すマーリン。
「なるほど……それじゃ、こっちは?」
と、次に指差したのはアマランサス。
「『情愛』『不老不死』『見栄坊』『気取り屋』……ちょっと、何を嫌な笑い方してるんです?」
「いや別に。誠実そうな顔してお前もなかなか……」
「何か勘違いしてませんか?」
真言にひんやりとした目で睨まれるも、悪びれた様子もないマーリン。
「私がお嬢様に対して『ニセ金貨』とか『見栄坊』とか思うわけないでしょう」
「『不老不死』は?」
「……余計なおしゃべりで邪魔しないでください」
と、そこにブーケに使う花の選定を終えた三笠 のぞみ(みかさ・のぞみ)が真言に提案した。
「交換の時のお楽しみにしたいから、背中合わせで作ろうよ」
しかし、真言は困ったようにのぞみを見て、やや言いにくそうに口を開いた。
「お嬢様はこういうの苦手でしょう? お手伝いします」
「大丈夫だよ! そのために今日は助手を呼んだんだから」
そう言ってのぞみが紹介したのはロビン・ジジュ(ろびん・じじゅ)。
「ロビンだよ。あたしよりセンスも良くて器用だから来てもらったの。ロビン、挨拶して」
促されてロビンは一歩前に出て微笑んだものの、どう自己紹介しようかと迷った挙句ありふれた台詞に落ち着いた。
「えっと、その……。よろしくお願いします!」
そんなわけで、真言とのぞみはブーケ完成までお互いが見えないような位置で作成に取り掛かった。
……のだが。
ブーケの基部に花を差し、全体のバランスを確認しながら着々と進めながら、真言は少し寂しくなっていた。
のぞみに気づかれないように振り替えると、ロビンと隣り合って作業している。時折、手助けのためか身を寄せるロビンを、のぞみが押しやっている。
その様子は初々しい恋人同士のようで。
「お嬢様もいつかは好きな人ができて……」
「隣にいるのが自分じゃなくなるのが寂しいか?」
マーリンに問われたことで、初めて真言は声にしてしまっていたことに気がついた。
聞かれてしまったのなら仕方がない、と真言はぽつりぽつりと胸の内をこぼす。
「執事の私がお嬢様の隣にいてどうするんですか。……でも、寂しく思うのは事実ですね」
「お前自身はないのか? ウェディングドレスへの憧れとかさ。白無垢でもいいけど」
真言はわずかな逡巡の後、少し恥ずかしそうに微笑んだ。
「ブーケの後でお嬢様と試着したいな、とは思ってます」
へぇ、と相槌を打ち笑うマーリンにからかう色はない。
鋏を置いた真言の前に、マーリンは指輪を差し出した。
「やるよ。石はハウライト。好きなほうにつけるといい」
「いつの間に……」
受け取ったのは小指サイズの指輪。
「お前がブーケに熱い視線を送ってる時だよ」
そういえば、周りが妙にスカスカしてたかも、と思い出す真言。
左手の小指に差す。
やさしい白色の石に、真言の表情もやわらかくなった。
「ありがとうございます」
「気に入ってくれたなら何よりだ」
「マーリンは何を?」
聞けば、彼は右手の小指を立てて真言の目の前に突き出す。
「レッドベリル……いえ、ガーネットですか?」
「トパゾライトガーネットだ」
「似合ってますよ」
真言の賛辞に、マーリンは「当たり前だろ」とニヤリとした。
一方こちら、真言を少し寂しい気持ちにさせたのぞみ&ロビンチーム。
のぞみは生花でブーケを作ろうと思っていた。
メインの花はカサブランカと白色のトルコキキョウ。アクセントにブルースターを入れたキャスケットブーケだ。
完璧に仕上がったブーケを手にしたドレス姿の真言を想像し、自然と笑みが浮かぶのぞみ。
「優雅で綺麗なブーケは、きっと真言に似合うと思うの……」
「のぞみ、そんなに強く握ってはダメですよ」
想像の世界へ意識が飛んでいたのぞみは、ロビンの呼びかけにハッとして手を開く。
パサリ、と握り締めていた花がテーブルに落ちた。
ロビンはそれらを手に取り、具合を確かめる。
「大丈夫みたいですね。のぞみ、生花は握り締めると体温で弱ってしまうんです。気をつけてくださいね」
「わかった」
「それじゃ、僕の手元をよく見て同じように花を差していってください」
「そ、そんなに近寄らなくても見えるよ……っ」
少しは歩み寄れたものの、まだまだ警戒して身を引くのぞみを、ロビンは追いかけたりはしなかった。
その代わり、自分の手元が彼女によく見えるようにする。
何度もロビンの手の動き花の位置を確認して、自らでなぞるのぞみが聞く。
「意外だなぁ。ロビンがこういうのできるのって」
「園芸や花は嫌いじゃないですから。……曲がってますよ」
指摘され、慌てて花の向きを整える。
もう一つ意外だったのは、ロビンが意地悪な発言をせず真面目にのぞみに教えていることだった。
言うと後で何をされるかわからないから言わないけれど。
そんな珍しい態度に応えるため、のぞみも真剣に教わった。
ほどなくして双方のブーケは完成を迎えた。
明るくかわいらしい仕上がりの真言のブーケと、清廉で優雅な仕上がりののぞみのブーケ。
嬉しそうにはしゃぎ合いながら、二人はそれを交換した。
そして、話は自然とドレスの試着へ。
コーディネーターの勧めも聞き、それぞれの好みも合わせてドレスを決めて着替える。
ロビンとマーリンも巻き込まれた。
先に着替えの終わった二人が扉付近でパートナー達が出てくるのを待っている時、そういえば、と思い出したロビンがブーケ製作で余った花で作ったブートニアを、マーリンの胸ポケットに差した。
「おや、悪いね。あいにくこっちは何も用意してねぇんだ」
「気にしないでください」
和やかにそんなことを話しているところに、ようやく真言とのぞみが更衣室から出てきた。
自分もウェディングドレス姿だというのに、執事の姿勢を崩さない真言にマーリンが苦笑する。
「お前よ、そういう格好している時くらいそれらしく振舞ってもいいんじゃねぇの?」
「充分楽しんでますよ。マーリンもそれなりですね」
「引っ掛かる言い方……」
仲良さそうに他愛ないおしゃべりをする真言とマーリンを──いや、マーリンを凝視するのぞみ。
その目は、彼の胸のブートニアに向けられている。
真言の手のブーケと同じ種類の花。
自分が作っていないなら、作ったのは一人しかいない。
傍にいる悪魔を見れば、まったく悪気のない顔でニコニコしていた。
のぞみはロビンを一睨みすると、グイッと真言の腕を抱き込み、マーリンに言い放った。
「あたしのほうが真言を好きなんだからねっ!」
さまざまな誤解が絡み合ったこの事態の行方は、のぞみの発言に目を丸くしている三人の脳みそが動き始めるのを待つしかなかった。
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