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ルペルカリア盛夏祭 ユノの催涙雨

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ルペルカリア盛夏祭 ユノの催涙雨
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リアクション



必ずあなたに会いに行く


 雨の中、佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)は足早に盛夏祭の会場を目指していた。
 歩くたびに跳ねる飛沫でズボンの裾はすっかり濡れてしまっている。
 それでも速度を緩めないのは、少しでも期待しているから。
 あの人がいるのではないか、と。
 本来であれば、ちゃんと約束をしてデートしたかったのだが、あいにくその日には抜け出せない用件が前々からスケジュールされていた。
 そのため、彼女には「行けない」と告げてある。
 でも、ひょっとしたらこの天気だからイベント自体が中止ということも……。
「なかったねぇ、やっぱり」
 会場に着いた弥十郎は、最初に見えた邸宅の明かりが点いているのを見て笑った。
 それなら、彼女もどこかにいるわけで。
 雨に濡れながらも入口を飾っている笹にやさしく微笑みかけ、門を潜った。
 数歩も行かないうちに係員がやって来て、好きな指輪を選んでくれと籠を差し出してきた。
「それじゃあ」
 しばらく悩んだ後、弥十郎は一つ手に取る。
「あと、こちらは短冊です。会場内にも笹があるのでよかったら飾ってください」
 と、短冊を一枚手渡される。
 ついでに弥十郎は飾り作りの会場の場所を尋ねた。
「ありがとうございます」
「それでは、ごゆっくりお楽しみください」
 場所を教えた係員は笑顔で会釈をすると、会場を後にしようという客のもとへ小走りに向かい、またどうぞと、やはり笑顔で見送った。
 雨の中たいへんそうだが、彼はこの仕事を喜んでやっている──嘘のない笑顔から弥十郎はそう感じ、つられるように笑みを浮かべた。
 短冊は作ろうと思っていたので、そこに書く言葉もすでに決まっていた弥十郎は、会場への道を等間隔に飾る笹を眺めて歩きながら鞄からペンを取り出す。
 書くべき言葉をもう一度まとめ、足を止めると短冊に書き込んだ。
 書いていて気づいたのは、使用されている紙がけっこうしっかりしたつくりであることだ。
「これなら……」
 辺りを見回した弥十郎は、会場の扉付近にちょうど良い笹を見つけた。
 下のほうからも細い枝が伸びている笹。
 上のほうに飾るのは何やら気恥ずかしくて、できれば下のほうにと思っていたから、こうもすぐに見つかったのは嬉しかった。
 吊るされ、そよ風にくるくる回る短冊の向こうに彼女への想いを馳せる。
「もうそろそろ二年かぁ」
 いろんなことがあったなぁ、と思い巡らせるが、まだまだこれからだ。
 弥十郎は扉を開け、会場へ入っていった。


 待ち合わせのブーケ作りの会場へ駆け込んだ時、椎堂 紗月(しどう・さつき)は頭から足元までずぶ濡れになっていた。
 外の雨はそれほどまでに激しくなっていたのだ。
 ハンカチで顔や服の水気を払い、あの人はもう来ているかな、と会場内を窺う。
「いないか……」
 待ち合わせの時間にはまだ早いと思うものの、雨の強さから紗月は心配になった。
 薄く扉を開けて外の様子を窺えば、雨の勢いの強さに辺りは白く霞んでいる。
 テーブルで待つ気にもなれず、紗月は扉付近の壁に寄りかかり、しばらく時計と睨めっこをしながら彼女を待った。
 ──五分。十分。十五分。
 外の雨は相変わらずだが、雨で前がよく見えず道に迷った……とは考えにくい。
 どこかで立ち往生してしまったなら、遅れる旨を必ず連絡してくるだろう。
「朔……」
 それなら、こちらから連絡しよう、とポケットから携帯を取り出した紗月の口から、アッと小さく声が漏れた。
 雨はポケットの中まで浸食していたようで、携帯は水滴だらけだったのだ。
 嫌な予感を覚えつつカバーを開くが……。
 紗月は苛立ちを隠さず舌打ちする。
 どこを押しても反応がない。画面は真っ黒だ。
「マジかよー……まいったな。朔、だいじょーぶかな……」
 紗月は心配顔で窓の外に、恋人の姿が見えないか探した。

 その頃、鬼崎 朔(きざき・さく)は。
 式場と思われる建物で雨宿りをしていた。
 年に一度の七夕祭り、浴衣を着て恋人に会いたいと思い、いざ着替えてみれば。
 襟の具合がうまく決まらなかったり、おはしょり部分が曲がっていたり、帯がうまく結べなかったり……。
 いつもは誰かに手伝ってもらっていたため、一人で着れなかったことを思い出した時はもう遅く。
 刻々と迫る待ち合わせの時間に焦りつつも「落ち着け」と自分に言い聞かせて、どうにかして浴衣を着ることが出来て外へ飛び出せば、今度は途中で豪雨に見舞われ。
「何の厄日だー! 天は私に恨みでも!?」
 叩きつけるような雨の中を悪態吐きつつ雨宿りできそうなところへ駆け込んだのだった。
 浴衣を濡らしたくなかったから。
 桜の柄のやさしくかわいらしい浴衣。
 これは紗月からの贈り物だった。
 とても大切なものだから、もう遅いとわかっていても、これ以上雨に濡れるのは嫌だったのだ。
 しばらくやみそうにない雨を降らす薄暗い空を一睨みし、朔はひとまず紗月に連絡を入れておくことにした。
 待ち合わせの時間は、少しだけどもう過ぎてしまったから。
 しかし。
「で、電源が入ってない……?」
 こんな時にそんなはずはない、と何度もかけ直すが結果は同じ。
「嘘……」
 朔の顔が絶望に青ざめていく。
 こんなことになって憂鬱になり、それでも紗月が心配しているだろうと携帯をかけたのに、それも繋がらず思考は次の暗闇へ落ちていく。
(もしかして、すっぽかされたと思って、怒って、き、き、き……)
 続きは恐ろしくて考えるのを脳みそが拒否した。
 紗月がそんな人ではないとわかっているのに、不運の連続で悪いほうへと思考が働いてしまう。
 朔は泣き出したいのをグッとこらえ、紗月の番号を押し続けた。


 ブーケ作りの会場と七夕飾りの会場は同じ建物内である。
 それぞれのコーナーで楽しそうに笑い合う訪問客の間を巡る水神 樹(みなかみ・いつき)
 天体観測をと思い、東雲 珂月(しののめ・かづき)を連れてきたのだがこの天気。
 綺麗な庭園を散歩したかったのだが諦めて、二人は会場内を見て回っていた。
 製作中のブーケを見るのも楽しいし、室内に飾られている数々の笹を眺めるのもいい。
 珂月も久しぶりに樹と出かけることができて喜んでいる様子だ。
 彼女は今、笹を一本一本興味津々に見つめている。
 その姿に、連れてきて良かったと樹が微笑んだ時、くるっと珂月が振り返り駆け寄ってきた。
「お姉ちゃん、七夕ってなに?」
 そうか、この子は知らなかったのか、と樹は内心で驚いたが表には出さずに七夕伝説について話し始めた。
 もとは働き者だった織姫と彦星だが、結婚してからは毎日二人で遊んでばかりで、まったく仕事をしなくなってしまった。
 それに怒った天帝が二人を天の川のこちらとあちらに引き裂いてしまい、会うのは年に一度だけと定めたという。
「二人が会う日が雨だと川の水があふれてしまって小舟に乗れないけど、それはかわいそうだからとカササギが来て橋になってくれるそうよ。地上の人は二人が無事に会えるようにと笹に願いを託したり、機織の上手だった織姫のようになれるようにと短冊に願いを書いたり……」
 話しているうちに、樹は婚約者の弥十郎を思い浮かべていた。
 彼からプロポーズを受けて婚約者となったが、お互い通う学校が違ったり、情勢が不安定だったりで、落ち着いて話し合う時間をなかなか持てずにいる。
 今頃どこにいるだろうか、と樹は弥十郎にもらったリングを指先でなぞった。
 そうすると彼のぬくもりを思い出せる気がした。
 と、にゅっと珂月が顔を近づける。
「お姉ちゃん、嬉しいの? みんなから聞いたよ〜。大好きな人からプロポーズされたんだってねぇ」
「そんなことお話ししてるの?」
「えへへ。お姉ちゃん、おめでとう! 何だかボクも嬉しいよ」
 無邪気に笑う珂月に、樹ははにかんだ笑みを返した。
 珂月の言うみんなとは、契約を結んだ者達のことだ。
 偶然にも自分がいない時の彼らの会話の一端を聞けてしまったわけだが、それが弥十郎とのことというのは少し恥ずかしいものがあった。
「あっ。お姉ちゃん、外見て。雨が少なくなったよ!」
「本当……。あ、ちょっと珂月っ」
 樹が窓の外を確かめている間に珂月はあっという間に扉へ駆けて行き、押し開けて飛び出していってしまった。
 慌てて樹が追いかけると、彼女は扉の外できちんと待っていた。
 が、樹を置いて飛び出したことを反省している様子はなく、早く傘を開いてとせかす。
「もう一人で急に行かないでね」
 たぶん聞いてないとわかっているが一応言っておくと、珂月も一応良い返事をした。
 小雨の中、二人は手を繋いで扉付近の笹から見ていく。
 その内の一本の前で珂月は足を止め、お姉ちゃん、と呼んでそれを指差した。
 その笹の下のほう、揺れる短冊の裾が水溜りにすぐにでも濡れてしまいそうだ。
「水溜りに落ちちゃったら、お願い事が叶わなくなっちゃうよねぇ? ボク、もっと上のほうに……」
「いいのよ、そのままで。人のお願い事を勝手に見たらダメ」
「でも……」
「それに、その短冊はきっと落ちたりしないから」
 樹は風にあおられた時に短冊の主の名前を見てしまっていた。
(来れるようになったのですね……でも、どこに?)
 知り合いの模擬結婚式場か? どこかの邸宅か?
 同じ会場にいたかな……と、記憶を探る樹の口から自然と想いがこぼれ出る。
「私も、天の川を渡れたらいいですのに……」
 その時、まるで願いが届いたかのように、愛しい人の声が降ってきた。
「それなら、ワタシが小舟を漕ぎましょうか?」
 声の主は二階のバルコニーから手を振っていた。
 傍にはたくさんの願いをつるした笹が。
 樹は嬉しそうに、眩しそうに弥十郎を見上げた。

 階下に下りた弥十郎と樹は再会を果たし、お互いを確かめるように抱きしめあった。
 それから、弥十郎は係員の籠から選んだ指輪を出すと、そっと樹の左手を取り薬指に通す。
「エンゲージリングじゃないですよ。それはちょっと待ってね。君の誕生石で作りたいんだ。だからこれは、それまで君を災厄から護ってくれるためのお守りで」
 樹の指に深い色がきらめいた。

『婚約しました。ここからがスタートです。あの子が幸せだと思えるよう努力します。それがワタシの幸せです。 弥十郎』