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リアクション
貸切庭園で
半年振りのデート!
御茶ノ水 千代(おちゃのみず・ちよ)もセシル・レオ・ソルシオン(せしるれお・そるしおん)も気合を入れて今日の日に臨んでいた。
どれくらい気合が入っていたかというと、【プロポーズプラン】に申し込み庭園を一つ貸切にするくらいだ。
どちらも浴衣を着てきたが、千代を見たセシルは思わず息を飲んでしまった。
いつもの陽気な笑顔は一変して真剣な眼差しとなり、千代を戸惑わせた。
「あの、何かおかしなところでもありますか?」
夏っぽく健康的な雰囲気に、と薄めにしてきた化粧にまずいところがあったかと焦る千代。
彼女の不安げな空気に気づいたセシルは、慌てて誤解を解く。
「違う、そうじゃなくて、すごく似合ってて言葉が出なかったっていうか、やっぱり何を着ても似合うんだなっていうか……何言ってんだろ俺」
「セシルくんも、素敵です」
「あ、ありがとう……」
滅多に見ることのない浴衣姿だからか、貸切のため周りに誰もいないからか、はたまた半年振りのデートだからか、二人はいつになく照れていた。
「少し歩こうか。庭、綺麗だし」
「ええ」
どちらからともなく手を取り歩き出す。
カロコロと鳴る下駄の音が耳に心地良い。
調えられた庭も気持ちよく、これまで殺伐とした環境で過ごしていた千代は、精神が癒されていくのを感じていた。
もちろんそれは、セシルの存在があってこそだ。
その想いにぴったり合う表現を見つけられず、千代は彼の手をギュッと握ることで伝えようとした。
セシルほうも明確な言葉として受け取ったわけではないが、おそらく千代は寂しかったのだろうと感じて、ぬくもりを伝えるように握り返す。
淡いオレンジ色の世界の、不思議な懐かしさを覚えさせる庭園を、二人は無言でのんびり歩いた。
時間はひどくゆっくり流れていた。
寄り添って歩いていた二人の前に東屋が見えた。
夏の花に囲まれた、小奇麗な東屋だ。やさしい灯りのランプが御伽噺に出てくるワンシーンを想像させる。
「少し早いかもしれませんが、お弁当にしませんか? 一緒に食べようと作ってきたんですよ」
「ちょうど良い場所もあるしな。俺も作ってきたし、見て驚くなよ」
「あら、おいしいのは見た目だけですか?」
「食ったらもっと驚くって!」
「ふふ。それは楽しみですね」
おしゃべりしながら腰を落ち着けた東屋は、周囲の花の香に満ちていた。
一見地味な柱には、繊細な彫刻が成されている。
二人は鞄からそれぞれお弁当の包みを取り出したが、千代は開けずにセシルの手元を見つめていた。
「どうした? 開けないのか?」
「いえ、驚いてから開けようかと」
ダメダメ、と笑うセシル。
「せーの、で開けようぜ」
そう言われては千代も披露するしかない。
そうしてお互いが作ってきたのは対照的なメニューだった。
サンドイッチとタコ&カニのウィンナーの千代と、おにぎりにダシ巻き卵、天ぷら、鶏の唐揚げのセシル。
「おにぎりの具は食べてからのお楽しみだ」
一つ一つ中身が違うという凝りようだった。
「それは楽しみですね。では、一ついただきます。セシルくんもどうぞ。タコさんからにしますか? それともカニさんから?」
「全部一緒に……と言いたいところだけど、千代の手作りだ。一口一口大事に食わなくちゃな」
「味はふつうですよ」
けれど愛情は誰にも負けないくらい込められている。
口に出すには恥ずかしいけれど。
そして、美味いを連呼するセシルにそのたびに照れつつ、千代も彼の手作り弁当を堪能した。
もっと時間をかけて食べるつもりが、思ったよりも早くに終わってしまったのは、それだけ美味しかったからだ。
弁当箱を片付けると、千代は今度はデザートを取り出した。
セシルには予想外だったのか、目を丸くしている。
「笹の葉で包んだよもぎ餅です。せっかくの七夕ですから、それっぽく」
うわぁー、と驚きつつ手渡されたお菓子の笹の葉を開いていくセシル。
すがすがしい笹の香の後に清らかなよもぎの香が鼻腔をくすぐる。
かぶりつくと、よもぎの味とちょうど良い甘さの餡子が頬を緩ませた。
「美味かったー! ごちそうさ……あっ!」
突如、重大な何かを思い出したように大声をあげるセシル。
バタバタと身の回りを片付けると、千代の荷物も持って彼女の手を引く。
「ど、どうしたのです? 敵襲ですか?」
「違う違う! 織姫だよ、織姫! 笹の葉で思い出した!」
慌しく来た道を戻ると、ちょうど良くヴィスタ・ユド・ベルニオス(う゛ぃすた・ゆどべるにおす)が庭園の外にいるのを見つけた。来訪者といるところから、相談にのっているのだと思われる。
「おーい、ヴィスタ!」
セシルの呼ぶ声に顔を上げたヴィスタのもとへ駆け寄り、息を整えるのも惜しんで話し出す。
「織姫と彦星の衣装があるんだよな? 貸してもらえねぇかな」
「あれか。実は貸し出しの申し込みが多かった上に、もともとの数が少なくてな……和装自体が品薄になっちまって。ドレスなら色も型も多く揃ってるが?」
「本当に? 七夕衣装、残ってねぇの? 予備も全部?」
「ああ」
ヴィスタの表情はふざけているようには見えないから、本当に全て貸し出されてしまったのだろう。
セシルはがっかりして大きなため息をつく。
と、そこに、それまでヴィスタと話していた久我内 椋(くがうち・りょう)が控え目に口を挟んできた。
「和装をお求めですか? よろしければ久我内屋がご用意しましょうか」
「久我内屋?」
「ええ。葦原で問屋を営んでおりまして。このようなイベントがある聞き、楽しむついでにご利用いただけたらと、こちらの先生に相談していたのです」
そしてセシルが来る前に会場のほうに問い合わせて、今日だけなら良いと許可をもらったところだった。
セシルは期待のこもった目で、織姫と彦星の衣装はあるか聞いた。
「こちらの式場と同じものというわけにはまいりませんが……坂東」
「へい。こちらになりやす」
従業員の坂東 久万羅(ばんどう・くまら)が衣装の入った荷物を置き、セシルと千代の前に披露した。
「ちなみに彼女のも、うちの品です」
椋に紹介された黄泉耶 大姫(よみや・おおひめ)は、艶やかな和装で佇んでいた。
その仕立ての良さに、千代とセシルから感嘆の吐息がこぼれる。
久万羅が示したいくつかの衣装の中から、最もイメージに近いものを選んだセシルは椋に礼を言い、ヴィスタに更衣室の場所を尋ねた。
彼に案内された更衣室の前で、セシルと千代は待ち合わせ場所を決めていったん別れる。男性用と女性用の更衣室はだいぶ離れているのだ。
一商売終えた椋だが、実はこの会場に来るまでに一悶着あった。
最近忙しかった久我内屋。
休む間を惜しんで働いてくれた久万羅に何かしてやれないかと、椋は思うようになっていたが、これという案が浮かばない。
そんな折、盛夏祭で店の売り込みをやろうと考えていたことを思い出した。
──何も商売だけしなくてもいいじゃないか。
ここのところ久万羅と仲の良い大姫も誘って楽しんでもらおう。
膳は急げと椋は大姫のパートナーである天 黒龍(てぃえん・へいろん)へ手紙を書いた。
その後、椋は久万羅に頼みごとをした。
盛夏祭に店の衣装を売り込みに行きたいが女手が足りない。知り合いの誰かを誘ってくれないか、と。
久万羅の思い当たる人物は一人。
そして、電話を受けた大姫は。
「坂東……この仮面が結婚衣裳に合うとでも?」
大姫が自ら言うように、彼女の顔は口元を残して他は人を寄せ付けない雰囲気の荘厳な龍面に隠されている。
突き放すような声音の大姫に、しかし返ってきたのは不思議そうな久万羅の言葉。
『そんなのは気にしないでいいんですがねぇ……充分に綺麗だとあっしは思いますぜ。まあ、あっしみたいのが一緒じゃあご迷惑かもしれませんが、お迎えに行きやすんで』
「待て。結婚式用の衣装ならわらわよりも黒龍のほうがよかろう」
『いやそれが』
「私に女装の趣味はないっ」
久万羅の台詞を押し退け、傍で様子を窺っていた黒龍の怒声が割り込む。
黒龍は大姫から携帯をもぎ取ると、通話口を塞いでじろりと彼女を見据えた。
「お前が行かねば『女性を誘え』と言われたこの男の面子は潰れるわけだが、それでも断るか?」
大姫は低く唸り、降参した。
黒龍は満足そうに目を細めると、久万羅に告げる。
「坂東と言ったか。久我内屋の主にもよろしく伝えておいてくれ」
と、いった経緯だ。
椋と黒龍で結託して真相を隠しているため、久万羅も大姫も自分達は店の衣装の売り込みのサクラだと思い込んでいる。
時々足を止め、興味を引かれたように目を向けてくる来訪者へ椋が話しかけたりしていたが、それも落ち着いた頃黒龍が日本庭園のほうを指差しながら二人に言った。
「これからひょっとしたら晴れるかもと思って、庭園に出る者が多いかもしれんな。とっておきを着て行くと良いだろう」
椋も賛成し、一番上質な衣装を用意した。
そうして着替えて訪れた日本庭園。
椋と黒龍の姿が見えないことを不思議に思ったが、それ以上に他に人がいないことに不信感を持った。
これではまるで貸切ではないか。
まさにその通りで、二人はうっすらそのことに気づいたが、パートナー達を探しに庭園を飛び出すことはせず、蓄光石に沿ってゆっくりと歩き出した。今さら何を言ったところでどうしようもないという思いもあった。
しばらく会話のない歩みが続く。
少しずつ陽が傾いていくにつれ、オレンジ色の空気に陰が増し、夜の匂いが濃くなっていく。
ぽつりと大姫が言葉を発した。
「先日、わらわが傷を負うた時にそなたが見舞うてくれたじゃろう。肩の傷であったのに、そなたが肩を叩くからこの通り、痕が残ってしもうたわ」
襟元をくつろがせてそれを見せられた久万羅は愕然としていた。
しかし大姫にそれを責める気など欠片もなく、無感情に続ける。
「まあ、今さら嫁ぐ身でもなし、そなたは何も案ぜずともよい」
そう言われても久万羅は自責の念を消し去ることができずにいる。
言葉もなく顔色を悪くしている彼に、大姫は喉の奥で笑った。それは実にさまざまな感情を含んだ笑みだった。
「……ほんに、面白き男よのう。じゃが心配は真に無用じゃ。わらわには女としての価値はない。誰かを好くことも、好いた男と結ばれることも……子を成すことも、今のわらわにはもうできぬ。せめて、この世に生を受けられなんだ我が子の代わりに、今を生きる子らを救いたい。──わらわは、そのための鬼子母神として生きようと決めたのじゃ」
胸の内の複雑な思いをなぞるように吐露した大姫だったが、ふと我に返ったように雰囲気を改めた。
「すまぬ。かような場でする話しではなかったの」
「いえ。そんなことはありませんぜ」
「そうか。じゃが、詫びに今日はそなたの望みを聞くこととしようぞ。わらわにできることであれば、何なりと申せ」
「それでは……」
そう言って久万羅が懐から取り出したのは指輪ケース。
「あっしが持っていても仕方のないものですから、姫さんへ」
中にはショルトルマリンに飾られたリングが。
何を、と驚く大姫が取られたのは右手。
指輪はその薬指へ。
「ああ、やっぱり。綺麗な手にあったほうが指輪も輝いて見えますぜ」
破顔する久万羅。
(──右の、薬指……。安心したような、どこか……)
期待、していたような……。
思いかけ、ハッとする大姫。
いったい何に期待したというのか?
簡単そうな答えなのに、何故か導き出すのを躊躇ってしまう。
けれど、久万羅からの贈り物は嬉しかった。
「……気遣い、感謝……する」
思わず戸惑いが表れてしまった言葉の調子に久万羅はただ頷いて、
「よかったらもう少し歩きやせんか?」
大姫に手を差し出した。
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