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ルペルカリア盛夏祭 ユノの催涙雨

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ルペルカリア盛夏祭 ユノの催涙雨
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すぐ傍に瞬く星


 ベルギー風の邸宅。
 角がゆるやかにカーブする窓。ガラスと鉄が絶妙なバランスで組み合わされた庇。繊細な細工を施されたバルコニーの手すり。だいぶ陽も落ちたからわかりずらいが、壁面はやさしいモザイク画が飾っている。
 雨粒の音に、残念そうにバルコニーの外に目を向ける清泉 北都(いずみ・ほくと)
 七夕の星空をクナイ・アヤシ(くない・あやし)と見ようと、天体望遠鏡まで用意したというのに。
 織姫と彦星は会えるだろうか。会えたらいい。
 そう願いながら北都はバルコニーに飾った笹を見つめる。
 雨を受け、心なしかくったりしているようだ。
「そんなに睨んでも雨はやまないと思いますよ。分厚い雲が見えましたから」
「べ、別に睨んでなんか……」
 焦る北都にクナイは小さく笑う。
 恨めしそうな目を向けられ、クナイは宥めるように北都の頭を撫でた。
 北都は居心地が悪そうに身じろぎする。
 無意識に左手の小指にある指輪をなぞった。
 はめてある石はショールトルマリン。クナイが選んでくれたものだ。
 彼との結婚は考えていないから、薬指用ではなく小指用のものを。
 それはクナイがそこまで大切な相手ではないからという理由ではなく、北都自身が、この先ずっと彼の傍にいられるだけで充分だと考えているからだった。
 もぞもぞする北都の手元に気づいたクナイは、頭を撫でていた手を下ろしそっと左手を取る。
 自身の小指を絡ませ──そうすると、クナイの小指にもある指輪とカチリと触れ合った。
 クナイのほうはレッドベリル。北都が選んだ。
 日本人なら誰でも知っている『指きりげんまん』の形になった互いの手を、大切な儀式の一部であるかのように見つめ、クナイは静かに言った。
「『約束』……イースターエッグの時のことを覚えていますか?」
 ピクリと北都の肩が揺れ離れそうになった小指を、逃すまいと、けれどやんわりとした力で留めるクナイ。
 北都は一瞬だけクナイと目を合わせると、恥らうような戸惑うような表情で目を伏せ、それでも頷いた。
 よかった、と微笑んだクナイの手が北都の肩を抱く。
 クナイが歩き出せば、北都の足も自然に動き出す。
 どこに向かっているのかはわかっている。
 だから、頷いたのだから。
 わざわざ指輪を贈りあい、『約束』を確かめ合わなくても、ちゃんと覚えていたし頷く準備はできていた。
 ただ、北都はそれを踏み出すための『理由』が欲しかったのだ。
 たとえば、クナイと契約した時に交わしたキスのように。
 その時は本気で契約に必要なものだと思い込んでいたが、いつの間にかキスの理由になっていた。
 向かった部屋は寝室で、ほのかな明かりが灯されている。
 二人で横になってもまだ充分な広さがあるベッドに座らされる北都。
 これから起こることは承知しているが、何をしたらいいのかはわからない。
 じっとしていればいいのか、何かしてあげたほうがいいのか……。
(でも、下手に何かして気分悪くしたら困るし……)
 だんだんと消極的な方向へと思考が沈んでいく北都の心を見透かしたように、クナイが名前を呼んだ。
「北都」
 両手で彼の頬を包み込む。
「ただ、私を感じてくれればいいのです」
 今は何も考えないで。怖がらないで。私だけを見ていて。
 クナイのやさしく全てを許すような微笑みに、北都はゆっくりと息を吐き肩の力を抜いていく。
 とたん、その瞳の奥に熱のこもった真剣な光を見てしまった。
 暗いオレンジ色の明かりを映した銀色の瞳が、北都の全てを飲み込んでしまいそうに揺らめく。
 ──怖い。けど……怖くない。
 クナイだから。
 北都はそれを証明するようにそろりとクナイの首に腕を回す。
 そして、ゆっくりゆっくり抱きしめた。
 クナイから瞳をそらさないまま、北都は小さく息を震わせて乞うように言う。
「じゃあ……クナイのこと以外、考えられないように」
 して、と言った時には北都の口はクナイにふさがれていた。
 惜しむように唇を離したクナイは、キスの余韻に揺れる北都に甘く微笑む。
「……貴方の望みのままに」
 北都の背がベッドのスプリングを受けた。
 夢を見ているように、感覚がふわふわしている。
 ずっと後になって、今夜のことをどんなふうに思い出すだろうか。
 この夜、北都は生まれて初めて、人のぬくもりを心地良いと感じた。
 泣きたくなるくらい、切ない喜びだった。