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リアクション
第5章(2)
その日の夜。勇者達はエアーズ郊外にある一軒屋で冴弥 永夜(さえわたり・とおや)、アルメリア・アーミテージ(あるめりあ・あーみてーじ)を始めとするシャーウッド騎士団の何人かと接触していた。
「久し振りだな、冴弥」
「あぁ、再会出来るとは思っていなかったよ、アートマン」
永夜とリデル・リング・アートマン(りでるりんぐ・あーとまん)が握手を交わす。リデルが騎士だった頃、二人は異なる騎士団で互いを高めあうライバル兼友人だった。とある事情でリデルが騎士団を去って以来二人が会う事は無かったが、リデルの方は遠くの街で暮らすようになっても騎士団の情報を集める事は忘れていなかった。今は永夜がシャーウッド騎士団で上の地位にいる事も掴んでいた為、商家の売り込みと見せかけてかつて二人の間で使用していた暗号を盛り込んでいたという訳だ。
「ヘイリー様もご無事で何よりです。本来なら私どもが盾となるべき立場だというのに……」
「いいえ、責めるべきはあたしの甘さ。あの男に汚名を着せられた事自体がミスだったのよ。それに本当はあたし達を追わなくちゃいけないのに出撃を抑えてくれたんでしょう? 感謝こそしても恨む理由は無いわ」
「そう仰って戴けると幸いです」
永夜が立ち上がり、同じ騎士団の者達をヘイリー・ウェイク(へいりー・うぇいく)達の前に出す。
「お久し振りでござる、ヘイリー様。勇者様方はお初にお目にかかります。それがし、源 明日葉(みなもと・あすは)と申す」
「ボクは高島 真理(たかしま・まり)。目標はヘイリー様やアルメリア先輩、明日葉先輩みたいな凄い弓使いになる事です! まだ騎士見習いですけど、よろしくお願いします!」
「真理様の従卒をしております南蛮胴具足 秋津洲(なんばんどうぐそく・あきつしま)と申します。皆様とは違い剣を得意としております。真理様共々、どうぞよろしくお願い致します」
「同じく剣士のアンヴェリュグ・ジオナイトロジェ(あんう゛ぇりゅぐ・じおないとろじぇ)だよ。もっとも、俺は永夜の補佐といった立場だけどね。よろしく頼むよ」
この四人に永夜とアルメリアを加えた六人がシャーウッド騎士団の協力者代表となる。
「本当はもっといるんだけど、さすがに騎士団長とかがコソコソ来てたら怪しまれるでしょ? だからまずはワタシ達が代表して話を聞いて、騎士団に戻ったら他の皆に知らせるって訳」
とはアルメリアの弁だ。
彼女達と接触した事で、勇者達は多くの情報を手に入れる事が出来た。いかにヘイリーが公爵令嬢といえど、騎士団内部の情報にまで細かく通じている訳では無い。その点、重役から見習いまで様々な立場に渡った現場の人間の見聞きした内容は非常に貴重な物だった。
「――って事で、ボク達のいるシャーウッドはいいけど、ジュデッカの方は何か空気がピリピリしてるんだよね」
「特に気になるのは聖都クレアニスに対する攻撃的な意見が高まっている事です。その理由までは伺えないのですが……」
(あらあら)
真理と秋津洲の報告にクレアニス国王であるシオン・エヴァンジェリウス(しおん・えう゛ぁんじぇりうす)が微かに反応する。もっとも、どこか面白そうな表情をしているが。
「余りの異様さにシャーウッドの騎士達は『彼らはあの魔術師に洗脳されたのではないか』とまで言っているよ。それが否定出来ない所がまた異様なんだけどね」
「アンヴェルの裏づけという訳では無いが、あの男がしばしばジュデッカ騎士団の者達と接触しているという報告もある。悲しい事だが、今のジュデッカはこちらにとって警戒すべき相手だろうな」
アンヴェリュグと永夜も真理達と同じく向こうの騎士団に不穏な空気が漂っている事を伝える。結局の所、全員の意見は『魔術師を何とかするべし』という結論に集約していた。
幸いこれまでヘイリーもシャーウッド騎士団も身動きが取れなかったのは、単に魔術師を追い払おうにも情報が、そして駒が足りないからだった。こうして情報が集まり、さらに騎士団以外に駒が揃った今はこちらから打って出る事も不可能では無い。
「方針が決まったなら早く動かないとね。ワタシや騎士団の皆はジュデッカが暴走しないように見張ってるよ」
「その間にヘイリー様や勇者様で魔術師を倒す、か。俺とアンヴェルもそちらに回り、いざという時に備えた方が良いだろうな」
アルメリアと永夜が中心となって配置や決行の時間帯について話し合う。勇者達の参戦については相変わらずヘイリーが否を唱えていたが、騎士団の者達からの説得によってしぶしぶと引き下がった。
かくして勇者とシャーウッド騎士団によるエアーズ救済作戦が明日、行われる事となった。
(あら、あの二人……)
話し合いが終わった後、勇者やヘイリー達はそのまま一軒屋にて夜を明かす事となった。何となく外の様子を見ていたヘイリーはリデルと、帰ったはずの永夜が裏口で話している所を見つける。
「アートマン、本当に騎士団に戻るつもりは無いのか?」
「あぁ。今の私はインフィニティアのお嬢様を護る傭兵さ。騎士団での居場所はもう必要無い」
「そうか……勿体無いな。『蒼き守護者』とも呼ばれたお前が一介の傭兵とは」
(蒼き守護者? それって……)
ヘイリーの記憶にもある二つ名。それはかつてジュデッカ騎士団において類まれなる才能を持った人物についていた名前だ。
(いつの間にか除隊したとは聞いていたけど、まさかあいつの事だったなんて)
「お前が権力争いに巻き込まれるのを見ている事しか出来なかったのが悔やまれるよ。もしあの時お前を騎士団長に推す事が出来ていたら今回みたいな事は無かったかもしれないからな」
「歴史に『もし』なんてないさ」
「そう……だな」
永夜が微かに笑みを浮かべる。だがその表情はどちらかというと悲しみ、寂しさと言った言葉の方が似合うだろう。
(あいつはエアーズを捨てた訳じゃ無いのかしら……フェイミィは何か知ってそうだったわね)
二人が別れるのを見届け、ヘイリーがその場を離れる。過去に何があったのかを知る為、彼女は信頼出来る部下の所へと足を運んで行った。
一方その頃、公爵邸の一室を訪れる者がいた。
「へぇ、勇者の力を借りた電撃作戦ねぇ……」
部屋の奥に立つ七誌乃 刹貴(ななしの・さつき)が手元の報告書に目を落とす。彼は魔術師の部下として働いている人物だ。
「なるほど、今まで点でしか無かった戦力を纏めた訳か。上手く連携を取れないように手を回してたつもりなんだけどね」
「勇者達の中に元エアーズの騎士がいた事が決め手かと」
刹貴の正面に立つ女性――明日葉――が淡々と答える。彼女は話し合いが終わった後、シャーウッド騎士団の仲間達には気付かれないようにこの場所に来ていた。
「面白いね。混迷極める地を勇者が救う……定番過ぎて拍手したくなるくらいさ。彼らに敬意を表して、明日は盛大な歓迎をしてあげないとね。あんたにも色々と働いてもらうよ」
「…………」
明日葉は答えない。いや、答えられない。刹貴の言う働きとは、即ち魔術師側に加担し、シャーウッドに敵対するという事なのだから。
「一つ、確認を。妹の……桜の身は?」
「フフ……美しい姉妹愛だね。もちろん無事さ。今は何不自由無く暮らしてるよ。そう……あんたが忠実なうちはね」
刹貴が明日葉を見る。微笑を浮かべているが、その視線は彼女を射抜くかのようだった。
公爵邸を出てすぐ、明日葉はため息をついた。自分がしている事、それは間違いなく裏切り行為だ。
(けど、これも桜の為……)
明日葉の腹違いの妹敷島 桜(しきしま・さくら)は今、魔術師に精神を支配されたジュデッカ騎士団長によって軟禁されていた。彼女の身を護る為に明日葉はスパイとして働く事を余儀なくされていたのである。
(真理や秋津洲……仲間だけでなくヘイリー様まで陥れるとは、それがしは騎士の風上にも置けぬ存在でござるな)
だがやらなければならない。妹の為、明日葉はどんな汚名も被ると決意したのだから。
(桜……どうか無事で)
明日葉が陽の沈む空を見上げる。今はただ、そう願う事しか出来なかった――
――同時刻、ジュデッカ騎士団長邸。
「はい、桜様! ご飯ですよ〜!」
メイド姿をした松本 恵(まつもと・めぐむ)がテーブルに様々な料理を並べる。その量と種類は豊富で、病弱な桜には多すぎるほどだ。
「ありがとうございます、恵様」
「いえいえ、これもお仕事ですから! おかわりもありますからどんどん食べて下さいね!」
「はい。それでは、いただきます」
ぺこりと一礼をして食べ始める桜。壁際へと下がった恵に、同じメイドである赤坂 優(あかさか・ゆう)がこっそりと話しかけた。
「桜様、元気になってきましたね」
「うん。このお屋敷に来た時はほとんど食べてなかったから一安心だよ」
「その件について一つ情報が」
「あ、もう調べ終わったんだ。早いね」
「桜様がこのお屋敷に来た理由ですが、やはり良い理由ではありませんでしたよ」
「そっか……向こうの騎士団にいる人の妹さんだからおかしいとは思ってたけど」
「えぇ。その人を脅迫する為の人質としてのようですね」
「さすがに見過ごせないよね。『あっち』で何とかしようか」
「そうですね。僕も賛成です」
二人が頷く。それと同時に恵の頭に一つの疑問が浮かんだ。
「そういえば、人質っていう割には桜様の待遇ってかなり良いよね。僕達みたいなメイドまでつけてるし。何でだろ?」
「さぁ……? そこまでは探る事が出来ませんでしたから」
さらに同時刻。公爵邸の別室。そこでジュデッカの騎士団長は魔術師、七枷 陣(ななかせ・じん)に桜の事を報告していた。
「――以上の通り、桜様は食欲も回復し、家族と離れている不安を除けば健やかに過ごされております。また、その点も二名の給仕をつける事により緩和を試みております」
「ご苦労。これからも丁重な扱いを心がけ、不安を取り除くように」
「はっ。それでは、失礼致します」
「あぁ待った。一つだけ確認を」
「何でしょう?」
「敢えて聞くまでの事は無いと思うが……桜様に手は出していないだろうな?」
「当然です。我らジュデッカ騎士団一同、七枷殿の教えを固く守り通しております」
「うむ」
陣が椅子から立ち上がり、騎士団長の正面に立つ。そして息を吸い込むと、大きな声で『教え』を唱和した。
「Yesロリータ! NOタッチ!」
『Yesロリータ! NOタッチ!』
――ちなみにこの部屋、防音はしっかりしている。
「よろしい。これからもこの心を決して忘れないように。では解散」
「はっ、失礼致します」
騎士団長以下、ジュデッカの主要なメンバーが退室する。彼らは既に陣の魔術による洗脳を受けた者達だ。陣は満足そうに頷くと、窓際へと歩いて沈み行く夕陽を眺めた。
「公爵とジュデッカはオレが掌握した。シャーウッドは不穏な動きをしてるけど、時間の問題やろ。逃がしたウェイクの娘も何が出来るとも思えん」
まさかその両者が結託しているとも、その情報を部下である刹貴が既に掴んでいるとも知らずに笑みを浮かべる陣。
「ハッ、ババァ乙。シャーウッドも手中に納めたらすぐにその座から引き摺り降ろして、桜様をエアーズ領主に据えてくれるわ!」
――ちなみに、この世界のヘイリーは18歳である。
「その後はクレアニスに攻め入り大陸の覇権を握る! そして無知蒙昧な民衆に教えてくれるわ……時代は! ロリこそが! 唯一絶対無二の! 至高であり、究極である事を!」
陣が拳を握る。その崇高な目的が、近い将来達せられる事を信じて――
※この七枷 陣はフィクションです。実在する事件・団体・七枷 陣とは一切関係がありません。
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