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リアクション
第5章「公爵領エアーズ」
公爵領エアーズ。
この地は遥か昔、クレアニスが大陸一の国家となった際に多大な貢献をしたウェイク卿に与えられた領地である。特に聖王国から独立した二つの騎士団は精強と言われ、魔王軍との戦いを始めとして数々の武勇を誇ってきた。
――だが今、この地は徐々に蝕まれようとしていた。
「やらせない……これで……!」
「通しゃしねぇ! 墜ちやがれ!!」
エアーズ領内のある場所。草原の広がる地の上空で二人の天馬騎士が魔物達と戦いを繰り広げていた。
機動力を活かし、一撃離脱を繰り返して数を減らしていくリネン・エルフト(りねん・えるふと)。そして大剣を振り回し、多くの敵を纏めて巻き込んでいくフェイミィ・オルトリンデ(ふぇいみぃ・おるとりんで)。
両者は公爵の娘に仕える騎士で、ワイバーンを駆る彼女を支える両腕であった。
「行くわよ。この矢を受けなさい!」
その令嬢であるヘイリー・ウェイク(へいりー・うぇいく)がワイバーンの上から矢を放ち、魔物の翼を射抜いて地上へと落とす。彼女達はエアーズの邸宅を脱出してからずっと、このような襲撃を受け続けていた。
「くそっ! いくら減らしてもキリがねぇ……空中戦で負けるつもりはねぇけど、物量で来られるとヤバいぜ。姫様! オレ達が抑えてるうちに先に行って下さい!」
「何を言ってるのよ! あなた達だけに任せておける数じゃ無いでしょ!」
「だからって姫様を危険に晒す訳にはいかねぇでしょうが! リネン、何か手はねぇのか!?」
「私達だけじゃ、正直厳しい……でも……」
「でも?」
「噂が本当なら、勇者達がこの辺りまで来てるはず……もしかしたら援護を受けられるかも……」
迫り来る魔物達を斬り捨てながらリネンが言う。クレアニスまで辿り着いたという勇者の噂は、ここエアーズにも一足先に届いていた。
「あたしは反対よ。そんな怪しい奴らに助けてもらうなんて」
「んな事言ったってしょうがねぇでしょうが。あの魔術師野郎、本気で姫様を狙ってきてるんですから」
「なら尚更よ! あたしが狙われてるっていうのに余所者の力を借りるなんてのはゴメンよ!」
なおも言い争いを続けるヘイリーとフェイミィ。そんな中、リネンは地上を歩く集団を発見した。目を凝らし、噂の勇者達なのかどうかを確かめようとする。
「! あの人、もしかして――」
その頃、勇者達はエアーズへと続く草原を歩いていた。ちなみにクレアニスを発つ際に月詠 司(つくよみ・つかさ)と近衛兵に変装したクレアニス王のシオン・エヴァンジェリウス(しおん・えう゛ぁんじぇりうす)、そしてメイドの強殖魔装鬼 キメラ・アンジェ(きょうしょくまそうき・きめらあんじぇ)が強引に加わり、反対に工房に留まる事にした九条 風天(くじょう・ふうてん)がパーティーから離脱している。
「前方にて戦闘行為が発生中。片方は魔物のようです」
いくらか歩いた頃、カルネージ・メインサスペクト(かるねーじ・めいんさすぺくと)が上空での戦闘を察知した。機械的な口調で状況を報告する。
「魔物? この辺りでの戦闘という事は相手は騎士団の方かしら」
アルト・インフィニティア(あると・いんふぃにっと)が心持ち残念そうな顔をする。彼女が旅に同行している理由は異なる地の衣装を写真に収める為だから当然の事だ。鎧に固められた騎士団では、満足行く写真が撮れるはずも無い。
「戦闘対象は天馬騎士2、竜騎士1。登録されている二つの騎士団には該当するデータが存在しません」
「天馬騎士……? まさか……」
報告を聞いてそうつぶやいたのはリデル・リング・アートマン(りでるりんぐ・あーとまん)だった。何かを確認するように上空の騎士達に視線を向ける。
――すると、それに呼応するようにリネンが降下して来た。二人は相手の顔を再度確認し、間違いが無いとばかりに頷く。
「やっぱり、リデル・リング・アートマン……」
「リネン・エルフトか……久し振りだな」
リネン達を手助けして魔物の群れを撃退した篁 大樹達は、彼女達から現在のエアーズの状況を知らされた。
数ヶ月前にふらりと現れた魔術師が仕え始めたのを機に、公爵始め、騎士団の何人かの様子がおかしくなっていった。その後次第に異質な雰囲気が蔓延し、今では片方の騎士団全てを覆い尽くすほどであるという。
ヘイリーはそんな故郷を何とかしようと魔術師の周囲を探っていたのだが、その痕跡を魔術師に発見され、逆に自分達がエアーズに不穏な空気をもたらす反逆者という濡れ衣を着せられて追われる事になってしまったという事であった。
リネン達からだけでは無い。勇者達の中からも意外な事実が明らかになった。
「元エアーズの騎士?」
今はアルトの用心棒をしているリデルが、かつては騎士団に在籍していた事があったというのだ。当然ながら大樹達は意外だという顔をする。
「元、さ。もっとも、私は騎士団の落ちこぼれだったがね」
「何言ってんだよ。あんたの事は有名だったじゃねぇか。何たって――」
「どちらにしろ昔の事だ。今の私は嬢ちゃんに金で雇われた、しがない傭兵だよ」
フェイミィの言葉を遮り、リデルが肩をすくめる。これ以上その話題に踏み込む気は無いというサインだ。それに応じた訳では無いだろうが、ヘイリーが再びワイバーンに乗り込んだ。
「とりあえず、あの魔物達を倒す手伝いをしてくれた事は感謝するわ。それじゃリネン、フェイミィ、行きましょう」
「っておいおい姫様! まさかまだ助けはいらないとか言うんじゃ!?」
「あたし達の街はあたし達で護る。当然でしょ」
「でもそれが厳しいからああやって追われたんじゃないですか! 騎士団も公爵様もあの魔術師の好きにされて、おまけにオレ達が罪人扱い。これでどうやってオレ達だけで民を助けろっていうんですか! おいリネン、お前からも何か言ってやってくれよ!」
無謀にも自分達だけでの戦いを主張する主君を止めようとするフェイミィ。リネンは少し考えると、大樹や皆の方を向いて自分から頼み込んだ。
「お願いします、勇者様……民を救う為に、力をお貸し下さい」
「リネン!? あなたまで何を――」
「残念ながらリネンの方が正しいな、お姫様」
「リデル・リング・アートマン……どういう意味?」
「民を救いたいなら小さなプライドは捨てたほうがいいって事さ」
「なっ!? エアーズを捨てたあなたに言われる筋合いは無いわよ!」
「姫様!」
思わず激昂したヘイリーをフェイミィが諌める。へそを曲げてしまったヘイリーには聞こえないよう、フェイミィは小声でリデルに謝った。
「すまねぇな、口の悪い主で。それに、あんたにはあの時ちゃんと理由があったってのに」
「気にするな。こちらも挑発し過ぎたのは確かだからな。あぁまで頑なな理由、それは『負い目』か」
「あぁ。公爵様と騎士団をあの魔術師に操られたってのに逃げるしかなかったんだ。そのせいで自分達で何とかしないとって気持ちが強くなり過ぎちまってるんだよ」
ため息をつくフェイミィ。対するリデルは何かを決心した表情をしていた。
「仕方が無いな……なら最初はお望み通り、自分達が中心になってもらうとするか」
「どういう事だ? オレ達三人だけじゃ……」
「何、余所者じゃなければ良いんだろう? だったら――内側から動いてもらうさ」
エアーズの騎士団は武器戦闘を基本とするシャーウッドと魔法戦闘を基本とするジュデッカ、二つの組織が作られている。その片方、シャーウッドの主要人物が日々の雑務を執り行う部屋にアルメリア・アーミテージ(あるめりあ・あーみてーじ)が入ってきた。
「永夜ちゃん、手紙が来てたわよ」
アルメリアは中にいた冴弥 永夜(さえわたり・とおや)に封書を渡す。二人はシャーウッド騎士団を代表する弓騎士と銃騎士で、こうして平時は隊の運営にも携わるほどの経歴の持ち主だった。
「差出人は……インフィニティア家? 西方大陸の商家がわざわざ手紙とは……この街の現状を知って武器でも売り込みに来たのだろうか」
「どうなのかな? 一応検閲は通ってるから物騒な物じゃ無いと思うけどね」
「検閲か。個人宛ならまだしも、領地を護る騎士団への文書がそんな扱いを受けるとは、あの男もかなり影響力を増してきているな」
「うん……ジュデッカはあの魔術師に支配されてきてるし、このままじゃワタシ達の方まで手が伸びるのも時間の問題だよ」
「とは言え公爵様が奴の傀儡となっている以上、下手な動きは出来まい。何か切っ掛けとなる一手があればいいんだがな……」
手紙を開いた永夜が文面を追いながらつぶやく。書かれている内容はインフィニティア家で扱っている商品をアピールする、特に何の変哲も無い物だった。だが、永夜はある箇所に目を留めると、その部分をじっくりと見た上で静かな笑みを浮かべた。
「見つかったよ、アーミテージ」
「え、何が?」
「――切っ掛けとなる一手が」
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