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リアクション
第6章「蝕まれし村イズルート」
東方大陸の大部分を領土とするクレアニス。だが、当然ながらその版図からから外れている街も存在する。大陸北部にある小さな村イズルートもそうした所だ。
イズルートは今、謎の疫病と旱魃に悩まされ、滅びという言葉が現実の物になろうとしてる。
そんな状態を何とかしようと、神官の九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)は教会で祈りを捧げた後、ある夫婦の家を目指して煌々と照りつける太陽の下を歩くのだった。
「まぁ、ローズ様。わざわざ家まで足を運んで下さるなんて」
やって来た家の妻、蓮見 朱里(はすみ・しゅり)が立ち上がろうとする。ローズはそれを制すると優しい笑みを浮かべながら近くまで歩み寄った。
「無理はしないで。そろそろお腹も大きくなりだした頃でしょう?」
「えぇ、最近は少し足も重くなってる感じがして……申し訳ありません、今が村が大切な時なのに」
「大切なのはあなたの身体も同じだよ。今まで沢山の人を看てきたのだから、今度はあなたが皆に護られる番だ」
「はい……ありがとうございます」
「ところでアインはどこに?」
「アインは村を見て回っています。もうすぐ戻ってくるかと」
「やれやれ……彼自身もまだ怪我が癒えていないというのに」
その時、家の扉が開いて朱里の夫であるアイン・ブラウ(あいん・ぶらう)が入ってきた。普段は冷静な彼が今は、どこか興奮しているようにも見える。
「お帰りなさい、アイン。一体どうしたの?」
「朱里……と、それに神官様も。喜んでくれ、村に旅人がやって来た」
「旅人?」
「あぁ。それも祖国の騎士と……勇者様だ」
エアーズからここイズルートへと辿り着いた勇者達は、入り口付近で見回りをしていたアインと出会い、彼の家に招待される事となった。今は神官のローズとシスターの朱里、過去にクレアニスから派遣されてきた聖騎士のアインから事情を聞いている。
「――という訳で、数ヶ月前から疫病が村に流行り出し、今は拡大を喰い止める事すら苦労している状態です。病状の重い方は教会に運び、医者としての心得もある私と朱里が見ているのですが……」
「いくら手を尽くしても治らないのです。病状自体は高熱が出るだけとも言えるのですが、一向に下がる事もなく、人によっては42度近くまで上がりとても苦しんでいます」
「それだけでは無い。先日この近くを流れる川の上流を大岩がせき止めてしまい、水が不足してしまったのだ。あの川は村唯一の水源。どうにかしようと向かった僕も突然現れた魔物から村人を護ろうとし、自身が負傷してしまう始末」
「私達夫婦で作った治療薬も残りはほとんどありません。これが無くなってしまえば一時しのぎすら出来なくなり、教会で寝たきりになっている方々はどうなってしまうのか……」
聞けば聞くほど絶望的な状況に勇者達も表情が暗くなる。だが自分達までそれに引き摺られてはいけないと、冬山 小夜子(ふゆやま・さよこ)がかつての先輩騎士に質問をした。
「ブラウ殿、川をせき止めているという大岩ですが、我々の手でも破壊出来そうなのですか?」
「そうだな……破壊にはそれ用の機械が必要となるかもしれないが、僕達の目的は川に水を流す事だから自分達だけの手でもやりようはあるだろう。それより問題なのは、あの辺りに魔物が出現するという事だ。この村には僕しか戦える男はいなかったからね」
「では私達なら対処も出来そうですね……聞いた通りだ、勇者達よ。村の為、我らで障害を取り除くとしよう」
皆が頷く。後はもう一つの問題である疫病についてだが、こちらはローズが打開の可能性を知っていた。
「実はこの近くに、賢者の塔と呼ばれる場所があるのです。ここに住む賢者様なら疫病をも取り除く知恵をお持ちの可能性が高いのですが……塔までは若干遠く、病人を抱えた私達では行く事が出来なかったのです」
「って事は俺達ならちゃっちゃと行って来る事が出来るって訳か。大岩と一緒だな」
「はい。皆さんにご協力頂けないでしょうか?」
「当然。そんなのを見過ごす訳にゃいかねぇぜ。な、みんな!」
篁 大樹の問いかけにまたも皆が頷く。安心したローズは優しげな笑みを浮かべてもう一つの提案をした。
「良かった。村の人達を看て頂ける方がいれば私も安心して賢者の塔までの案内が出来ます。勇者様、どうか私も塔までお連れ下さい」
――九条 ジェライザ・ローズが仲間になりたそうにこちらを見ている。仲間にしますか?――
・はい
・いいえ
「…………」
→いいえ
「お願いします、私の力をお役立て下さい」
・はい
・いいえ
→いいえ
「お願いします、私の力をお役立て下さい」
→いいえ
「お願いします、私の力を(略)」
→いいえ
「お願い(略)」
「無限ループ!?」
「四条さん、偵察の魔物さんから勇者達が来たって連絡が入りましたよ」
イズルートのそばを流れる川は上流にある大きめの川から分岐する支流である。その分岐点を塞いでいる大岩の近くで勇者達を待ち受けるアリス・ミゼル(ありす・みぜる)が、上司である四条 輪廻(しじょう・りんね)の所に戻って来た。
「そうか」
「『そうか』って、もうすぐ来ちゃいますよ? いいんですか?」
「来客対応はお前の仕事だろう? 適当にあしらってやれ」
「来客って、意味が違いますよ! 敵じゃないですか!」
「そうか。ならあの男が勝手にやるだろう」
マイペースに自身の研究を続ける輪廻。彼は科学力を買われて魔王軍に手を貸しているが、実質研究以外は助手のアリスに任せっきりで常に自分の満足する研究を続けている男だった。今回は命令を受けてここイズルートまで来たものの、本人は渋々といった感じで研究以外は完全にやる気が無い。
――そんな彼とは対象的に、打倒勇者に燃える男がいた。輪廻の上司である天真 ヒロユキ(あまざね・ひろゆき)だ。
「ふ……待っていろ勇者ども。魔王軍によって用意したこの大岩。たとえ貴様ら破壊者どもでもそう簡単には壊せまい」
「……どちらかというとボク達の方が破壊者じゃないですかねぇ。下流に村があるんですよね?」
思わずアリスが突っ込むが自分に酔ってるヒロユキは気付かない。
「さらに! 今回は我が魔王軍が誇る二つの頭脳、その片方である四条 輪廻を招聘している。破壊者どもよ、魔と科学の合わさった攻撃に恐怖するがいい!」
「ふむ――」
輪廻が薬品によって周囲の草木や動物を強化して生み出した魔物を並ばせ笑みを浮かべるヒロユキ。そんな彼を見ながら創造主である輪廻は、こうつぶやいた。
「――訳の分からん上司の下で働くと苦労するものだな」
「それボクの台詞ですよ!」
「へぇ、じゃあ小夜子さんは後輩になるんだ」
大樹を始めとした大岩を破壊するグループは、アインの案内をうけつつ干上がった川沿いを進んでいた。ちなみにアインは腕を負傷している為、あくまで道案内としての役割だ。
「あぁ。僕が朱里と一緒にこの村に派遣される事になる前の僅かな期間だけだけどね。当時は若いのに実力のある騎士だと思ったものさ」
小夜子は今、イズルートで待機している。彼女が護ってくれているからこそ、アインはこうして村を離れて案内役を買って出たという訳だ。
「それにしても大岩とは。私の肉体がどこまで通じるか……不謹慎かもしれませんが、少し楽しみですよ」
同じくこちらのグループに回ったルイ・フリード(るい・ふりーど)が筋肉を見せる。鍛えられたその肉体は太陽の光を浴び、見事な輝きを放っていた。
「何か一人でブン投げそうで怖えぇよ……」
つぶやく大樹の横で、アインが足を止める。視線の先には大岩と、その横に立つ輪廻とアリス、ヒロユキの姿があった。勇者の姿を認め、輪廻が魔王軍らしい台詞を放つ。
――棒読みで。
「はーっはっは。良く、来たな、勇者よ……えーと……アリス、字が小さくて見えんぞ」
「ちょっ!? 四条さんやる気出して下さい!」
輪廻が手にしている物、それは台本だった。輪廻は棒読みのまま続きを読んでいく。
「私達は、貴様らを地獄へと誘う、為に……む、次のページか。えーと……青海苔、適量。白ごま、小さじ1、紅しょうが、適量。これを――」
「ページ飛んでます! っていうか何でそんな事書いてあるんですか!」
「えぇいお前達、真面目にやらないか!」
相変わらずマイペースな輪廻。何かある度に突っ込みを入れるアリス。そんな二人にとうとう怒り出すヒロユキ。どう見ても真面目な雰囲気とは程遠い。
「……何あれ」
思わずつぶやいた大樹の言葉は、同行した全ての者が抱いた気持ちだっただろう。
「と、とにかく! せっかく四条さんが作ったんですからあれ使って下さいよ」
「何だ、それならさっさと使えば良かったではないか」
ようやく仕切り直した輪廻達はさきほどの魔物達をけし掛ける事にした。草木を強化した魔物の蔓が伸び、勇者達へと襲い掛かる。
「植物相手なら我らの出番か。行くぞ真姫!」
「任せな! これで……燃え散りなよ!」
炎を得意とする織田 信長(おだ・のぶなが)と鬼道 真姫(きどう・まき)の同時攻撃が炸裂し、その身を燃やす。今度は牛を強化した魔物が突撃してきたが、それにはルイが真正面から立ち塞がった。
「牛は嫌いではありません! このルイ・フリードは天然の肉体が自慢! 作られた肉体などには負けません――よっ!!」
龍の如き固さを誇る肉体が魔物の突撃を受け止める。そのままルイはがっしりと掴みあげると、ジャーマンスープレックスの要領で地面に叩き付けた。
「嘘っ!? 何でこう簡単にやられるんですか〜?」
「ふむ……なるほど、そういう事か」
「な、何か分かったんですか? 四条さん」
「うむ、簡単な事だ。この辺の大地はやせ細っているからな。植物にしろ、動物にしろ、元が貧弱では強化の幅が限られるというものだ」
「……ガクッ」
肩を落とすアリスに対し、輪廻は平然としているどころか実験結果が出た事に満足そうだった。そのまま手元の台本をめくり、次の状況に応じた台詞を探し出す。
「えーと、フローチャートによると、魔物が全滅した場合は……9ページか。どれどれ……はーっはっは、やるではないか。こうなったら、最後の切り札だ」
読み終えた輪廻が台本を閉じる。そのままアリスへと向き直ると、冷静な表情で尋ねた。
「アリス、切り札とは何だ? そんな物支給された覚えは無いが」
「その辺は前もって打ち合わせておいて下さいよ! もうっ、ボクが時間を稼ぎますから、何か適当に用意して下さいっ!」
半ばヤケになって突撃するアリス。愛用しているレンチのようなものを手に持つと、そのまま勇者達目掛けて振り下ろした。
「行きます! えぇぇ〜い!!」
ドスンという音と同時に地面に穴が開く。神の祝福が宿った一撃は子供のような小さい外見に反して見事な威力だった。
「切り札とか無いならボクがやっちゃいますからね! えいっ、えいっ!」
さらにレンチのようなものを振り回すアリス。その攻撃は先ほどの魔物よりも強力な物と言えた。だが、それが報われないのが彼女の宿命だろうか。
「切り札、切り札、と……ん? これは確か、無機物を魔物へと変える薬品だったか。丁度良い、これを切り札にしてしまおう。せっかくだから強そうな物に……」
辺りを見回す輪廻が良さそうな物を見つけた。近くまで寄って薬品の蓋を開けると、中身を一気に大岩へと振りかけた。
「さて、切り札使用時の台詞は……10ページか。なになに……混沌に迷いし刻の子羊よ、その朱き眠りを呼び覚ます慟哭の刃を……何を言ってるのかさっぱり分から――」
その時、薬品をかけられた大岩が振動を始めた。魔物化する為に大きく震える岩は次第にヒビが入り――爆発した。近くの者を、具体的にはアリスを巻き込みながら。
「にゃーーー!?」
「む、すまんアリス。失敗した」
「『すまん』じゃ済まないですよー!!」
思い切り恨みをぶつけるアリスを軽くスルーし、再度台本をめくる。切り札が破られた場合の内容を見る為に。
「なになに……ふむ。お、おのれ勇者どもー。この地も破壊神の手にー、落ちるとはー。覚えているがいいー」
「こら、それは俺の台詞ではないか! えぇい勇者ども! 覚えているがいいっ!」
「あーん! 何かもう滅茶苦茶ー!!」
相変わらず棒読みで去って行く輪廻とそれを追いかけるヒロユキ、アリス。図らずも輪廻自身が大岩を破壊した事により、せき止められていた川に再び水が戻るのだった。
「……結局俺達、何しに来たの……?」
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