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リアクション
第8章(2)
魔物達の襲来を抑えてくれた者達のお陰で、篁 大樹達は一気に最上階近くまでやって来ていた。
ここまで来ると魔物もかなり大きく強力なものになっているが、反面その巨体さ故に数が少なく、戦闘を回避するという意味では下層階よりも楽になっていた。
「この分だと何とか辿り着けそうだな」
上の方に通路が見えた事で安心した大樹がつぶやく。それは横にいたダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)の耳にも届いていた。
「油断はするな。ここは魔王軍の本拠地だ。何があってもおかしくは無い」
「ん、まぁそうなんだけ――何だ!?」
「この震動は……塔が揺れているのか?」
急に訪れた揺れに大樹達が戸惑う。すると次の瞬間塔の壁からツタのような物が生えてきた。
「な、何だありゃ!?」
「あの柔軟な動き、触手のようにも見えるが……」
ダリルの言葉を裏付けるように触手は手近にある物を探すような伸び方をする。だが対象となる物を掴んだかと思うと、まるでそれを吸収するかのように取り込んでしまった。
「どういう仕掛けか分かりませんが、巻き込まれると危険ですね」
「そうだね! これは急いで逃げた方がいいんじゃないかな!」
利害の一致から塔内部では一緒に行動している黒凪 和(くろなぎ・なごむ)と松岡 徹雄(まつおか・てつお)もあれが危険な物であると本能的に感じ取る。その場にいる者達は急いで走り出し、最上階を目指して行った。
彼らが走る間にも触手は最短距離で近付いてくる。途中にいる魔物や階段そばにある箱など、無機物有機物お構いなしの吸収力だ。
「まずいぜ、このままじゃ一番上に着く前に追いつかれちまう!」
大樹が後ろを見た時には既に触手が近くまで迫っていた。逃げ続けているうちに階段が終わり、細い通路のような所へと入りだした。その入り口を通過しようとした時、フレデリカ・レヴィ(ふれでりか・れう゛い)が通路に付いた扉に気付く。
(これを使えば、皆は。でも……)
手に持った杖を握り締める。もう距離的な猶予はほとんど無い。そう判断したフレデリカはとっさに扉を閉めて通路への道を塞いでしまう。
「? フリッカが来ないだと……?」
集団の後ろを走っていたダリルが異変に気付く。振り返ると誰もついて来ない代わりに、通路の扉が一箇所、塞がっているのが見えた。
「……私の家に伝わる封印術。使ったらきっと、兄さんみたいに生命をも使い果たしてしまうけど……」
さらに強く杖を握り締める。怖くないはずは無い。だが、自分がやらなければ皆が飲み込まれてしまう。
走馬灯のように様々な光景が思い浮かぶ。兄とともにシンクで暮らしていた頃、兄が勇者とともに旅立った時。そしてその果てに訪れたかつての勇者との悲しい戦い――
「……大丈夫。皆ならきっと、別の未来を手に入れてくれるはず」
仲間を信じて。炎の大魔法使いは今、生命を懸けた最初で最後の大魔法を使おうとしていた。
「神炎よ……赤き光にて闇を覆いつくし……彼の力を封印せよ!!」
塔を覆いつくすように炎が吹き荒れる。赤き光は迫り来る触手を焼き尽くし、その全てを壁へと送り返した。
だが、その代償は大きかった。全ての力を使い果たしたフレデリカの身体が崩れ落ち、誰の姿も見えない通路にただ一人、静かに横たわった。
フレデリカの封印術によって扉も封印された事により、大樹達は先を目指して進んでいた。
ここまで来るともう魔物の姿は無く、一行は次がいよいよ魔王との戦いである事を悟る。
そうした数階分登った時、広間と言うべき空間に四人の少女の姿が見えた。
「あれ? お兄ちゃん達、だぁれ?」
その中の一人、辿楼院 刹那(てんろういん・せつな)が勇者達に気付く。玉座とも言うべき不釣合いな大きさの椅子に座っていた彼女はそこから飛び降りると、物珍しそうに皆の周囲を回ってじろじろ見つめた。
「ん〜、分かった! 新人さんだ!」
ぽんっと両手を合わせる。そのまま嬉しそうに奥のテーブルでお茶を飲んでいる少女の所へ行くと、その娘の袖を引っ張った。
「フィールちゃん、まちのごほんはどこ?」
「街のご本……ですか? えぇと……あぁ、地図の事ですね……」
フィール・ルーイガー(ふぃーる・るーいがー)が横にある棚からこの世界の地図を取り出す。それを受け取った刹那はぱたぱたと音を鳴らしてこちらに戻ってくると、適当に開いたページの街がある部分を指差した。
「えっとね、ここ! ここ攻めてきて!」
「攻める……?」
困惑する大樹達を余所に、またぱたぱたと玉座に戻ってよじ登る刹那。どうも彼女はこちらを何かと勘違いしているようだった。
「えっとさ。お嬢ちゃん、誰かと勘違いしてない?」
「かんちがい?」
「そう、勘違い。俺達は勇者って呼ばれてる奴らで、魔王を倒しに来たんだけど」
「まおー? 刹那、まおーだよ!」
「え?」
「えっとね、えっとね、あとファニーちゃんもまおーなの。ね、ファニーちゃん」
刹那が隣に座っているファニー・アーベント(ふぁにー・あーべんと)に呼びかける。
「んにゅ? うん、ファニーも魔王だよ。 あれ? このお兄ちゃん達、誰?」
「ゆーしゃだって」
「そっか〜、ゆーしゃか〜…………勇者!?」
最初は刹那の雰囲気に呑まれていたファニーだったが、勇者という言葉でようやく事態を飲み込んだようだった。
「え、嘘!? 聞いてないよ!? 出だしはかっこ良くって思ってたのに! ちょ、ちょっとタンマ! もう一回! もう一回最初からね!」
喉の調子を確かめ、軽く咳払いをするファニー。ご丁寧に靴を脱いでから玉座の上に立ち上がると、胸を張るようにしながら名乗りを上げた。
「え〜と……待ってたよ! お姫様を助けたかったら、ファニーを倒してからだよ!」
沈黙が訪れる。大樹は何とか気力を振り絞りながらも、肝心な所を質問した。
「…………もしかして、魔王?」
「そのと〜りっ!」
再び沈黙。命を懸けるような戦いを乗り越えてやって来たと思ったら、肝心の魔王は幼女でした。しかも二人。
「え、何これ。ページ前半とのギャップが凄すぎね? 本気? ギャグ?」
※本気です
ともあれこうなってしまったものは仕方が無い。魔王討伐の目的がある以上は戦うしか無いのだ。
「ふふんっ、今日のファニーは仲間が三人もいるもんっ。勇者なんかには負けないよっ!」
やる気満々なファニーが仲間達を見る。だが、隣にいるのは刹那だけ。残ったクローネ・ヴァールハイト(くろーね・う゛ぁーるはいと)とフィールは奥のテーブルに座ったまま、優雅なティータイムを続けていた。
「ふにゃっ!? 何でクローネもフィーもそっちにいるの!?」
「クローネのティータイムを邪魔すんじゃねぇでございます」
「あの……ファニー? あまり勇者様を困らせてはいけませんよ……?」
「ふぇえ!? ちょ、ちょっと待って! いくら魔王でもこんなに沢山は無理だから!」
「何度言われても嫌でございます。クローネはぜってーたたかわねーでございます」
明確に拒否されるファニー。ちょっと哀れだ。
「む〜、いいもんいいもん。ファニー、刹那と二人で頑張るもん」
「お〜!」
ファニーと刹那が手を組む。恐るべき魔王(少女)と恐るべき魔王(幼女)の最強コンビ(ロリ)が今、誕生した瞬間だった。
「よ〜し、ファニーだってアルティマ・トゥーレとか轟雷閃とか、色々使えるもん。これで頑張って――」
「ゆーしゃ、かくごー。たぁー」
真面目に戦い方を考えようとするファニーを余所に刹那が突撃する。戦法も何も無い、ただ突っ込むだけだ。攻撃方法も当然だだっこパンチである。
「……えーと、これどうすりゃいいの?」
攻撃を受けた大樹が困惑した表情を浮かべる。とりあえず引き剥がそうと頭を軽く押すと、それだけで後ろに倒れこんでしまった。
「あぅっ!」
「あ、悪ぃ!」
助け起こそうと手を伸ばす。その時、対峙すれば誰でも分かりそうなもの凄い殺気を感じた。
「!」
思わず手を引いた所をダガーが通過する。先ほどまで天真爛漫な笑顔を浮かべていた刹那の表情は、同じ人物だとは想像出来ないほど固く、感情が無かった。
「ファニー」
「へぅ!? な、何?」
「あの男……殺す」
ファニーの返事を待つ間も無く、刹那の身体が宙に舞う。次の瞬間には大樹の背後からダガーを突き刺そうとしていた。
「おわっ!?」
「大樹!」
夏侯 淵(かこう・えん)が大樹をかばい、攻撃を受け止める。そう認識した時には既に刹那の姿が再び見えなくなっていた。
「どうやらあれが本来の力のようだな。油断はするなよ」
「お、おぅ!」
大樹達とは逆に喜びを見せたのがファニーだ。思わぬ強力な助っ人を得て自分も自信をつける。
「よーし! 今ならどさくさアタックで行けるよ!」
斧をぶんぶんと振り回す。氷やら何やらが飛んでいるのを見る限り、確かに様々な技を使えるようだ。
「行くよっ、えーい!」
ファニーの攻撃も淵を狙う。さすがにちびっ子の攻撃とはいえ、二人掛かりで手加減無く来られたら対処が大変だ。
「済まぬが誰か、片方をあしらってくれないか」
「……仕方が無い。俺がやろう」
ダリルが両手の銃を構える。そしてそれぞれを発砲すると、同じ射線の着弾寸前の場所を刹那が走った。
「甘いな。次は――」
「次は、無い」
ダリルの銃は相手の行動を読んでいた事によるフェイクだった。銃を避けるであろう先に向け、今度はサンダークラップをお見舞いする。
「ふにゃっ!?」
電撃を喰らった刹那から、子供っぽい声が聞こえる。見ると凶悪な殺気は消え、最初の時のような雰囲気に戻っていた。
「う……うわぁぁぁん! 勇者がいじめた〜!」
涙を見せる刹那の前に突如次元の裂け目が出来る。やがて裂け目は魔界への扉を開き、刹那は扉を通って魔界へと帰ってしまった。
「あれ? 刹那、もしかして帰っちゃった?」
淵相手に斧をぶんぶん振っていたファニーが周囲の状況に気付く。刹那が帰った事により、いつの間にか戦っている魔王軍は自分一人となっていた。
「……あれ? ファニー、絶体絶命?」
「そういう事にはなるが……これはどうしたものか」
淵も先ほどの大樹同様、対処に困ったという顔をする。まぁ幸い魔王だからといって問答無用に命を奪おうとする者はこの中には――
「さて、魔王だか何だか知りませんけど、トモちゃんがいるかもしれない世界で勝手な事しないで欲しいです……SATSUGAIしちゃいますよ」
――いた。ヤンデレ魔導師アユナ・レッケス(あゆな・れっけす)だ。
「ひぃっ!? ご、ごめんなさいです! 痛いのは止めて!」
「大丈夫ですよ。このフラスコの液体で毒にしてからゆっくり焼いてあげるだけですから……」
「はぅぅぅ!?」
ガクブルと震えるファニー。妖しい笑みを浮かべるアユナ。そんな二人の間に入ったのはルカルカ・ルー(るかるか・るー)だった。
「悪いけどそれはさせない。もう決着はついたでしょう」
「あら……魔王をかばうんですか? 勇者であるあなた達が」
「勇者は世界を救う。その為の存在はここに十分過ぎるほどいるわ。だから私は勇者では救えない存在を救う。ただそれだけの事よ」
「そうですか。でも私はトモちゃんが救われる世界であればそれで良いんです。だから……邪魔者は消えて下さい」
アユナがフラスコに手を掛ける。その瞬間、ステンドグラスの一部を突き破って飛び込んで来る者がいた。ルカルカが旅先で出会った魔竜の化身、カルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)だ。
「おっと、悪いが邪魔はさせないぜ」
ダリルのテレパシーで状況を把握していたカルキノスはこうなる事を見越して外で突入のタイミングを計っていたのだ。当然単独での飛行は魔物に撃墜される恐れがあったが、塔内部で戦っている者達がそういった存在を引き付けてくれた事が功を奏していた。
「ははっ、可愛い魔王様だな。こいつと一緒に来たい奴はついて来な!」
「あら……わたくし達も一緒の方が宜しいですかね……」
「どっちでも知ったこっちゃねーでございます。とりあえずここにいても面倒そうなのでついて行ってやるでございますが」
フィールとクローネがカルキノスの方にやって来る。二人に空飛ぶ魔法をかけると、自身はアユナに足止めのエンドレス・ナイトメアを放ってからワイバーンで脱出した。
「さぁ姫……あなたをお救い致します」
ファニーはルカルカが抱きかかえ、カルキノスが連れて来た彼女用のワイバーンへと一緒に乗り込む。そうして二人もまた、破られたステンドグラスから大空へと飛び去って行くのだった。