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悪意の仮面

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悪意の仮面

リアクション


第7章

 空京に夜な夜な現れるという暗黒スタイリスト……道行く人を気絶させ、寝ている間にその服装をフリルやレース、リボンでフリフリのキラキラに仕立てあげる、恐るべき犯罪者。それもまた、悪意の仮面の犠牲者だ。
「その犯人は、筑摩 彩(ちくま・いろどり)ですわ。そして……彼女は間違っています。穢れなき少女以外に、そんな格好をさせるなんて!」
 震える声で決意したイグテシア・ミュドリャゼンカ(いぐてしあ・みゅどりゃぜんか)は、妹と認めた彩を止めるため、契約者たちの力を借りることにした。
「ドントウォーリー、マジカルホームズにお任せよ!」
 どん、と胸を叩いて、霧島 春美(きりしま・はるみ)が請け負い、今は二人して街中を捜索しているところだ。春美はウサギの耳をぴんと立て、周囲の気配を探っている。
「……こっちから気配がします。来てください!」
 と、ふたりが向かった先で……
「……やれやれ。囮になると言っても、どうすればいいのかしら?」
 大通りを離れ、徐々に人気のないほうに向かっているネル・マイヤーズ(ねる・まいやーず)が呟いた。妖艶な体つきを、今はいつもよりもいくらか地味な服装に押し込んでいる。
「そのまま歩いていればいい。犯人は必ず現れる」
 斎藤 邦彦(さいとう・くにひこ)が、影からネルに囁く。ネルは頬を掻きながら、多少歩調を落として角を曲がる。
 そのとき、空気を切り裂く音を立てて、ネルの首筋に小さな短剣が迫る!
「……!?」
 完全に不意を打たれたネルは、ダガーに浅く首筋を切られた。その瞬間、目の前がぐらりと揺れて、ネルは尻餅をつく。
「まさか、彩!?」
「まだですわ。ここで飛び出しては逃がしてしまいます」
 飛び出そうとする春美を押さえて、イグテシアが囁く。彼女の言葉の通り、放たれたダガーはブーメランのように投げられた場所へ戻る。そこに現れたのは、そう、黒い仮面を身につけた筑摩 彩である。
「安心して、けがはすぐに治るから。すぐにかわいくしてあげるね……」
 仮面から薄い笑みを覗かせながら、彩がネルを引きずろうとする、そのとき。
「予想通りよ。鍛えた体と心に、睡眠薬程度、通じると思わないことね。邦彦、今よ!」
 そう。意識を研ぎ澄まし、睡眠薬の与える眠気に抵抗しきったのだ。ネルは彩の膝に抱きつき、叫ぶ。
「任せろ!」
 身を隠していた邦彦が、懐からショットガンを抜き放ち、彩の上半身に狙いを定めた。
「……手荒なことはやめてください!」
 大きな銃が妹に狙いをつけているのに驚き、イグテシアが飛び出す。そして、体当たりを邦彦にくらわせる。
「うおっ!?」
 ばんっ、と弾丸はあさっての方向に撃ち出された。その間に、彩はネルの腕から脱出し、物陰へと逃げ込んでいる。
「何するんだ、こいつはゴム弾だったのに」
 咎めるように邦彦が言う。
「それで彩の玉の肌に傷がついたらどうするつもりでしたの!?」
「こ、こっちは実際に肌を傷つけられてるんだけど?」
 イグテシアの口撃に、思わずネルがぽつりと漏らす。
「それより、彩を!」
 春美がひとり、彩の逃げ込んだ路地へ追う。が……
「きゃっ!?」
 路地に飛び込んだ瞬間、つるりと足下が滑り、前のめりに転んでしまう。路地には彩の手で蜂蜜が撒かれていたのだ。
「捕まるもんか! まだまだ、みんなをかわいくしてあげるんだから!」
 彩は隠してあった小型飛空艇に乗り、路地から飛び出した。
「くっ……!」
 邦彦が一瞬、銃を向ける。が、撃っても当たりはしないだろう。一瞬の判断で懐にしまい直し、駆け出した。
「追うぞ!」


 風を切って、彩の飛空艇が飛ぶ。
 街で仮面を探していたエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)は、騒ぎを聞きつけ、彩の姿を見かけて追っている。
「君、そんな仮面で顔を隠すべきではないよ。その仮面を取って、可憐な笑顔を見せてくれ」
「そっちこそ、もっとかわいい服を着るべきだよ!」
 捨て鉢ぎみに叫びながら、彩は飛空艇に乗せたライフルをぐるりと回転させた。その銃口がばっちりエースに向けられている。
「どうやら、男の説得は通じない……と見るべきかもしれないね」
 エースと並んで走りながら、涼しい顔でメシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)が呟いた。
「私としては、最終的に仮面が手に入りさえすれば、それでいいんですけどねぇ。そのために女の子に手をあげる気にはなれないな」
「それは同感。じゃあ、どうする?」
 ふたりが話している間に、彩はためらわずに引き金を引いた。銃声よりも速い弾丸を、エースはなんとかかわす。
「他力本願、と行こうじゃないか」
 メシエが視線を滑らせる。その先から、葉月 エリィ(はづき・えりぃ)が飛び出す。
「待ってぇー!」
 ダッシュローラーで速度を上げて追跡するエリィ。その跡に、多少遅れてエレナ・フェンリル(えれな・ふぇんりる)がついている。
 彩はふたりにも銃を向けようとするが……明らかにその手は鈍っている。エースはなんとなく腑に落ちないものを感じはしたが、走っている最中に口に出すつもりにはなれなかった。
「あたいが撃つから、あんた、後はなんとかしなよ!」
 エリィは告げ、両手に銃を抜く。かと思えば一気に引き金を引いた。狙いは彩の乗る飛空艇だ。エレナも同時に魔法を放っている。
「……うわっ!?」
 容赦ない一射は、おきまり通り彩の飛空艇に引火する。ためらっている時間はない。彩は飛空艇から飛び出した。
「ぶっつけ本番にも程がある……!」
 エースはやけくそに言いながら、両手で彩の体を受け止めた。前方で飛空艇が派手に爆発する。
「きゃ、きゃああっ!」
 男の腕に抱かれて、彩が両手足をばたばと動かす。
「あ、暴れるなって!」
「まっ、先に用事を済ませてしまいましょう」
 エースに押さえつけさせながら、メシエはひょいと彩に手を伸ばし、その仮面を取り上げた。
「あ……あわわわわっ!」
 すっかり混乱した様子の彩は、さらに混乱を深めて手足をばたつかせる。
「彩から離れてください!」
 背後からイグテシアが雷を放つ。エースは思わず飛び上がって、綾から手を離した。
「危ないところだったね……でも、もう大丈夫だよ」
 春美が代わりに彩を受け止める。
「なぜ俺がこんな扱いを……」
 エースは思わず呟くが、誰もフォローは入れてくれない。彼のパートナーは仮面を手に入れた事ですでに満足したらしい。
「あ……あたし、なんてことを……」
「仮面のせいです。でも……どんな形であれ、男なんかに手を出してはいけませんよ」
 イグテシアが慰めるような調子で、無茶を言う。
「でも、変な行動だったね。もしかして普段から、満たされない欲求があるせいでああいう行動に出ちゃったのかな?」
「そ……そうかもしれない、かな」
 恥ずかしそうに彩が顔を伏せる。それを見て、ぽんと春美は手を打った。
「それじゃあ、今度春美にも服、作ってよ。ねえ、かわいいのにしてよ?」
 指を立てて提案する春美に、「えー、でも」と彩が応えあぐねている。
 まあ、いずれは落ち着くところに落ち着くのではないだろうか。そう考えて……エースはそっと、その場を離れた。