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悪意の仮面

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悪意の仮面

リアクション

 頭上から追跡するカルキノスを目印に、フィーア・四条(ふぃーあ・しじょう)は未散に追いついた。並んで走りながら、きっと未散をにらみつける。
「なんだ、お前まで私を止めようってのかよ……」
 もはや、攻撃衝動は止められない。未散は苦無をフィーアに向けて投げ放つ。フィーアはそれをすんででかわし、おかえしとばかりに芋ケンピを投げつける。それもただの芋ケンピではない。より殺傷力と糖度、投擲の正確さと歯ごたえを高めた逸品である。
「……」
 フィーアは無言だ。何を考えているか、その表情からは読み取ることができない。
「気が済むまでやり合おうってことかよ!」
 未散はその無言を好意的に解釈し、さらに苦無を放つ。ふたりは並んで空京の夜を走り抜けながら、苦無と芋ケンピを投げ合った。時に苦無がフィーアの服を切り、時に芋ケンピが未散の髪をかすめる。時に、ふたりの武器は空中で衝突してその場に落ちた。
「止まれッ!」
 ふたりの元へ辿り着いたヴァル・ゴライオン(う゛ぁる・ごらいおん)が一喝した。
「そう言われて、誰が従うか!」
「止まる気がないなら、そのまま俺の話を聞け。君がそうして他者を傷つけるのは、自分が傷つくのを止めるためだろう。だが、そうすることで傷ついているのは他ならぬ自分自身だろう。仮面をかぶったことにより、自分の認めたくない部分を自分自身に見せつけているのだろう!」
「……分かったようなことを言うな!」
「人は皆そうだ。心の中に悪を抱えている。だが、それがあってこそ君は君なのだろう!」
「……やめろ!」
 未散が飛び上がり、背後のヴァルに向けて鎖鎌を放つ。だが、その大ぶりの動作が大きな隙を産んだ。フィーアの芋ケンピがその手首を打ち、未散は鎖鎌を取り落とした。
「……ぐっ!?」
 痛みに顔をしかめる未散が体勢を崩す。追いついたヴァルは、じっと見下ろした。
「君の噺を聞かせてもらった。あれほどの芸を身につけるまでに、並々ならぬ努力の積み重ねがあっただろう。そして、あの芸は君のその悪心があってこそ、成立するものだ。他人をねたみ、うらやむ気持ちがあるからこそ、あの切れ味が生まれているのだと……俺はそう思った。だが、あまり自分をひがむな。その心も君の一部なのだ」
「だ、誰が、そんな……何を……」
「そ、その通りです!」
 ようやく追いついたレイカが、呼吸を乱しながら叫んだ。
「そこまで思い詰めるほど、辛いなら……話を聞かせてください。いつもの、面白い噺ではなく、あなたの……本当の気持ちを」
「そ、そんなに、回りくどく言っても気持ちは伝わらないと思うよ」
 その背後から、そっと薫が顔を覗かせた。そして、一歩進み出てから、未散に手をさしだした。
「も、もし、よかったら……友達になるっていうのは……どうかな?」
「……っ!」
 ひく、と未散の喉の奥が痙攣した。気づけば、未散は仮面の中で熱い涙をこぼしていた。
「君がッ! 泣いてもッ! 投げるのを止めないッ!」
 びす、びす、とフィーアは芋ケンピを投げ続けている。芋ケンピから熱い気持ちが伝わってくる……ということはなかったが、もう未散を傷つけるために全力で投げているわけではない。
 彼女なりに、自分を止めるためにしてくれているのだろう……そう、未散は感じていた。
「うわあっ!? み、未散くんにものを投げないでください!」
 ようやく追いついたハルがその光景に絶句しそうになりながら、フィーアの前に立ちはだかる。フィーアはハルに向けて、芋ケンピを投げ続ける。ハルは意図を掴みかねて、未散に向き直った。
「未散くん、もう……」
「分かった」
 説得の言葉を口にしようとしたハルに、未散は短く答えた。
「これ……じ、自分では、外せないから……外して、くれ……」
 そして、震える声で言った。
 こんな気持ちで人におねがいをするのは、いつぶりだったろう……思い出そうとしても、涙で頭がゆだったようで、うまく思い出せなかった。