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悪意の仮面

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悪意の仮面

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第4章

 夜の裏通り。
「わ、もうこんな時間だねぇ」
 すっかり暗くなった周囲を見回して、天禰 薫(あまね・かおる)が呟いた。
「最近は物騒らしいから、早く帰らなければなりませんね」
 彼女と共に出かけていたレイカ・スオウ(れいか・すおう)が、少し不安げに答える。
「仮面を着けた悪党が出る……という話だったな」
 熊楠 孝高(くまぐす・よしたか)が、思い出したように言う。
「そういえば……夜の空京の路地裏で言葉巧みにだまし討ちにする人が現れる、という話でしたね」
 ふと、レイカは気づいた。自分たちが夜の空京の路地裏にいることに。
「これって、ちょっとまずいのかもー……?」
 薫が呟いたとき、冷たい風が路地を吹き抜けた。その風にしびれ粉が混じっていることに、3人はまだ気づいていない。
「友達同士でお出かけのつもりか? そうやって同じ時間を過ごさなきゃ、友情を確認できないってわけか?」
 闇の中から声が響く。
「……やっぱり、未散ちゃん!?」
 レイカが振り返った先、闇から溶け出るように若松 未散(わかまつ・みちる)が姿を現した。その顔は黒い面で覆われている。
「下らない。契約者はいつもそう。いつもつるんでるけど、本当に友達だなんて思ってやしない。他人を自分が偉ぶるための道具としか、思っちゃいないんだ!」
 未散の腕が一閃したかと思うと、2つの暗器が同時に迫る。
「あっ!?」
 未散が狙いをつけたのは、レイカと薫だ。ふたりは交わそうとしたが、風に乗せて未散が撒いたしびれ粉がその動きを鈍らせている。
「やめろ……っ!」
 薫が短剣を振るって軌道をそらすが、完全にはかわしきれない。ふたりの肌から、ぱっと血が飛び散った。
「こ……こんなことをして、何になるの? 我らを襲ったところで……」
「お前達みたいな仲良しごっこをしてるやつらが、私は反吐が出るほど嫌いなんだよ! 3人がかりでも、手も足も出ないじゃないか! ひとりで戦えないから、群れているだけだろ!」
 未散が闇に紛れ、苦無を放つ。3人の居る場所へ、次々と放たれ、彼らの服や肌を切り裂いていく。
「どうした! かかってこい、契約者なんだろ!」
「……で、できません」
 傷を押さえながら、震える声でレイカが答えた。
「なに?」
「仮面のせいで心が変わっていても、未散ちゃんがこんなことをするってことは……何か、理由があるはずですから。たとえ3人がかりで未散ちゃんを倒しても、未散ちゃんの中にある本当の悪意までは倒せません」
「そ……そうだよ。他人を傷つけたいだけなら、そんなひどいこと、言わなくても良い。本当はおぬしこそ、仲間のことで悩んでるんじゃあ……」
 薫がどことも知れない闇に向けて告げる。
「……チッ!」
 舌打ちの音。未散は闇の中でぱっと身を翻し、彼らに背を向けて走り出していった。
「……逃げた?」
「追いかけるぞ」
 助かったのかな、と瞬く薫に、孝高が言った。
「おまえたちの言うとおりだ。あいつも気にしていることがあるから襲ってるんだ。これ以上被害が拡大する前に、止めることができるかもしれない」
「彼女にとっての悪意を取り除くことができれば、戦わなくても済むかも知れません……」
 しびれ粉の効果が弱まるのを待ちながら、レイカはぽつりと漏らした。
「そ、そうか。それじゃあ、追いかけて説得しないと!」
 3人は頷き合った。


 未散のパートナーであるハル・オールストローム(はる・おーるすとろーむ)は、おおよそ未散が現れる場所に張り込んでいた。そして、レイカや薫を襲った未散が逃げ出したのに気づき、逃げ出した彼女を追っていた。
「未散くん! もう、こんなことはやめるのです! 元の未散くんに戻ってください!」
 背を追いながら、ハルが叫ぶ。
「元の私だと……?」
 追いかけてくるパートナーに気づき、未散の体に怒気が浮かぶ。
「だったら、今私がやってることは偽物だって言うのか!? やりたくもないことをやってるとでも!? 元の私とやらの何を知ってるんだよ! 私が全部をおまえに見せてたと思ってんのか!?」
「ううっ!?」
 言葉尻を捕まえられた、という表現ではとても処理しきれない鋭さで痛いところを突かれ、思わずハルの足が鈍る。
「……って、それくらいで心を折らないの!」
 後ろから駆け寄ったルカルカ・ルー(るかるか・るー)が、ハルの腕を引いて助け起こした。協力して別の場所を探っていたのだが、ハルの連絡に答えて未散の元へ戻って来たのである。
「カルキ、見失わないように追いかけて!」
「任せろ」
 ルカルカの叫びに、頭上から返事があった。身を隠して上空を飛んでいたカルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)が鱗の色も鮮やかに、足が鈍るハルとルカルカに変わって未散を追いかける。
「み、未散くんを傷つけないでくださいませよ!」
 慌てたようにハルが声を上げる。
「注文が多いな……」
 首元の鱗を書きながら、ひとまずカルキノスは追跡に努めることにする。
「ほら、未散の仮面を外したいんでしょ! ハルがしっかりしないでどうするの!」
「そ、そうでございました。わたくしがくじけていては、未散くんの心を取り戻すことなどできませんん!」
「最初からおまえに心を預けてねぇよ!」
 気をとりなおして叫ぶハルの元へ、放たれた鎖鎌が伸びる。すんでの所でハルは身を伏せ、それをかわした。
「おおっ、まだわたくしのことを気にかけてくれているのですな!」
「気持ち悪ぃ言い方するな!」
 未散は次々に暗器を放ってハルを狙う。上空にいるカルキノスでさえ、これでは近づけたものではない。
「ダリル!」
「……了解」
 策を求めるルカルカに、ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が答える。ダリルは身につけた超能力により、自分の幻影を生み出して未散に駆け寄る。
「来るなっ!」
 苦無が放たれるが、いずれも命中するのは幻影だ。接近したダリルは、宝石の散りばめられた指輪をかざす。
「……う、っ!?」
 あまりの輝きが、未散はもちろん、ルカルカやハルの目をくらませる。接近したダリルは、仮面を剥ぐために未散に手を伸ばし……
 このとき、未散が身を引いて逃れようとしていれば、そのとき仮面は外されていただろう。だが、未散はそうはしなかった。むしろ、身を乗り出し、ダリルの懐に飛び出したのだ。目がくらまされたまま、未散もまたダリルの顔に手を伸ばし……
「……ああっ!?」
 視力の戻ったルカルカとハルが見たものは、意外な光景だった。互いに手を伸ばして抱き合った未散とダリルが、唇を重ねていたのだ。
「み、みみみみ未散くん!?」
 ハルは一瞬でがばと立ち上がり、ふたりに風のように駆け寄った。そして、目にも止まらぬ速度でダリルから未散を引きはがす。
「ばぁーか」
 そのハルを、未散は突き飛ばし、再び駆け出す。まんまと仮面を守り切り、逃げることに成功したのだ。
「だ、ダリル! 恋人がいるのに、何を!?」
 思わず叫ぶルカルカに、さすがのダリルも咄嗟に答えが浮かばない。
「ち、違う。これはなんというか……そ、そう、未散の陰謀だ」
「言い訳にしか聞こえないよ!」
「言い訳にしか聞こえなくても、事実そうなんだ」
 弁明をするダリルにも、さらにルカルカは食ってかかる。ハルが立ち直るには、しばし時間が掛かりそうだ。
「……やれやれ」
 カルキノスは小さく呟いて、ひとり未散を空から追跡することにした。