リアクション
夏祭り 「はーい、いらっしゃいませ、いらっしゃいませー」 ずらりとメインストリート沿いにならんだ屋台の一つで、お菊さんが声を張りあげています。 屋台は皿うどんを売っています。 味も屋台としてはそれなりに美味しいし、何よりもお値段がリーズナブルですので、結構繁盛しているようです。 「大盛り一つ!」 「はい、いらっしゃーい。おや、あんた、前にうちでバイトした子じゃないか。元気だったかい。ほら、たっぷりサービスだよ!」 秋月 葵(あきづき・あおい)さんに気づいたお菊さんが、ブラスチックの容器に、たっぷりと皿うどんを盛りました。 「ありがとうなんだもん」 喜んで、秋月葵さんが皿うどんを受け取ります。 金魚柄の白い浴衣姿の秋月葵さんですが、腕には金魚の入った水の袋と水ヨーヨーをぶら下げ、頭にはゆるスターのお面をツインテールの片方に引っ掛けています。さらに、巾着にはまだキャラクターのビニール袋に入ったわたあめとリンゴ飴が刺してあります。その状態で皿うどんを食べようというのですから大変です。なんとか口で割り箸を割ります。でも、結構手慣れてますね。 「いただきまーす。うーん、美味しーよねー」 思わず満面の笑みを浮かべて、秋月葵さんが皿うどんを堪能しました。 「そろそろ御神輿始まるよね。なのに、グリちゃんったらどこ行っちゃったんだもん」 キョロキョロと周りを見回して、秋月葵さんが言いました。 「わーい、あんな所でチョコバナナ売ってるですぅ」 すぐ近くを、薄紅色の浴衣を着た神代 明日香(かみしろ・あすか)さんが小走りに通りすぎていきました。 「それにしても……」 目で神代明日香さんを見送ってから、秋月葵さんがつぶやきました。 ああやって走り回るから迷子なるのです。 最初は一緒にいたはずのイングリット・ローゼンベルグ(いんぐりっと・ろーぜんべるぐ)さんの姿は、今はどこにもありません。屋台巡りをしている間に、いつの間にかはぐれてしまったのです。まあ、この二人では、当然の結果だとも言えますが……。 「どうせ、どこかの屋台にはりついていると思うから、後で回収すればいいかなあ。うん、そうしよっ♪」 自分の振り見て……いえ、無視してでしょうか、秋月葵さんはそう思い込むことにしました。さすがに、子供じゃないのだから、イングリット・ローゼンベルグさんもちゃんとお家には帰れるはずです。でも、迷子になっている時点で充分子供かもしれませんが。 「あっ、あっちに射的屋があるんだもん!」 新しい屋台を見つけて、秋月葵さんは走っていきました。 そのころ、先にパタパタと通りすぎていった神代明日香さんは、あっという間にカラフルなチョコレートスプレーのかかったチョコバナナをちょっと色っぽく平らげ、そのままの勢いで焼きトウモロコシを制覇したところでした。ちょっとお手々がばっちくなったので、小さな公園の水飲み場で手を洗っています。 「あらまあ〜、さすがに、ちょっと食べ過ぎちゃったですぅ? ぽこ、ぽこ〜」 帯の所をちょっと気にしながら、神代明日香さんは言いました。お祭りで食べた物は、どこか異次元に消えていくという独自の主張だったのですが、ちょっとだけ無理があったようです。さすがに、物理法則を完全に無視するのは難しすぎました。 とはいえ、自分で浴衣の着付けは出来ますから、何かあっても大丈夫です。 公園にある休憩所のテントの隅にいくとちょっと帯を緩めて、ウエスト補正用に巻いていたタオルを外します。ちょっとポヨンという擬音がしたようですが気にしません。 浴衣の前を合わせ直すと、浴衣帯をクルクルと巻いてきっちりと留めます。テントの中の男性の視線が釘づけになっているような気もしますが、別に前をむいて浴衣をはだいているわけではありませんから平気です。下着だってちゃんと着けています。浴衣で下着を着てはだめだなんて、どこの誰が言いだしたのでしょう。ちゃんとした和装下着とか、ちゃんと売られています。 さて、最後にふわふわの紗の飾り帯を結びます。ふわふわと風にゆれて、芙蓉の髪飾りとともに、とても綺麗です。 「準備完了ですぅ。さあ、次の屋台にゴーですぅ」 神代明日香さんは、まだ食べる気満々のようでした。 人混みの中をとこまかと突っ走ってきた神代明日香さんを、非不未予異無亡病 近遠(ひふみよいむなや・このとお)くんがひょいと避けました。 「ずいぶんと混んでますね。二手に分かれたのは、やはり正解でしたでしょうか」 パートナーたちと総勢八人で空京にやってきた非不未予異無亡病近遠くんですが、この人数でぞろぞろと移動していったのでは身動きがとれないというので、先ほど二手に分かれたのでした。分御魂の三人は揃ってどっかに行ってしまいましたが、魔道書の『事象の根源へ到る道』くんはいつものようにかかえられたままです。 「ずいぶんと盛況なお祭りですのね。知っていましたら、もっとお祭りにふさわしい格好をして参りましたのに」 ちょっと残念そうに、今着ているワンピースの裾をちょっとつまんでユーリカ・アスゲージ(ゆーりか・あすげーじ)さんが言いました。 「なんでも、喧嘩神輿がじきに始まるようですよ」 「まあ、大変ですわ。きっと凄い人たちが出るのでしょう。周りに被害が出なければいいのですけれど……」 非不未予異無亡病近遠くんの言葉に、ユーリカ・アスゲージさんがちょっと心配そうに言いました。 「大丈夫。何かあれば我が貴公らを守ってあげるのだよ。だが、貴公らも、ふらふらして他人にぶつかったり、知らない者についていったりしないように気をつけるのだぞ」 イグナ・スプリント(いぐな・すぷりんと)さんが、力強い声で言いました。頼もしい限りです。 「ああっ、なんだか串焼きドーナッツみたいな物がありますでございます」 ところが、イグナ・スプリントさんの言葉が終わるか終わらないかのうちにアルティア・シールアム(あるてぃあ・しーるあむ)さんが一人で勝手に駆けだして行ってしまいました。さすがです。 「こ、こら、言ってるそばから……」 素早く動いたイグナ・スプリントさんを先頭に、一同があわててアルティア・シールアムさんを追いかけます。 一人だけ偶然にもお祭りに似合った青い紫陽花柄の白い浴衣を着ていたアルティア・シールアムさんは、頭につけた水色の髪飾りをゆらしながら、てててててーっと人の間をすり抜けて走っていきます。 ゼイゼイと息を切らして非不未予異無亡病近遠くんがやっと追いついたときには、アルティア・シールアムさんはアメリカンドッグの屋台でたっぷりとケチャップとマスタードをかけてもらったアメリカンドッグを持ってニコニコとしているところでした。 「はあはあ、勝手に走りだしたり……しないで……ください……ね」 イグナ・スプリントさんの肩につかまりながら、非不未予異無亡病近遠くんが息も絶え絶えに言いました。身体の弱い彼にとっては、このダッシュはちょっときつかったようです。 「はーい」 ソースがたれて浴衣を汚さないように気をつけながら、アルティア・シールアムさんがお行儀よく答えました。 「珍しい食べ物でございます。これも、ちきゅーからシャンバラに入ってきた文化の一つなのでございましょうか」 「まあ、そういうものですね」 やっと少し落ち着いてきた非不未予異無亡病近遠くんが、物珍しそうなアルティア・シールアムさんに答えました。どうやら、アルティア・シールアムさんは、こういうジャンクフードを見るのは初めてのようです。 「それを食べながらですと、誰かにケチャップをくっつけてしまいそうですわね」 ユーリカ・アスゲージさんが言いました。 ちょっとこれを食べながら人混みの中を進むのは無理のようです。ですので、ここで食べてしまうことにしました。 「お行儀よく召し上がれ」 「はーい」 ユーリカ・アスゲージさんに言われて、にこやかに答えてパクリと一口食べたアルティア・シールアムさんでしたが、みるみるうちにその顔が涙目になっていきます。 「どうかしました? お熱いのはお嫌いですの?」 舌を出して涙ぐんでいるアルティア・シールアムさんに、熱くて火傷したのかとユーリカ・アスゲージさんが訊ねました。 「か、辛いでございますぅ〜」 涙目で、マスタードがついたままの舌を出したままアルティア・シールアムさんが言いました。辛い物が苦手なのに、知らないでたっぷりマスタードをかけてもらってしまったようです。あわてて、非不未予異無亡病近遠くんが屋台でジュースを買ってアルティア・シールアムさんに差し出します。 イグナ・スプリントさんにアメリカンドッグを手渡すと、アルティア・シールアムさんは非不未予異無亡病近遠くんの手からジュースを奪い取るようにしてコクコクと飲み始めました。 「やれやれ、もったいないですな」 手渡された食べかけのアメリカンドッグをパクリとイグナ・スプリントさんが口にしました。 「ピリッとしますわよ?」 「我はこのくらい平気なのだよ」 心配したユーリカ・アスゲージさんに、平然とイグナ・スプリントさんが答えました。 |
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