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リアクション
次第にレールの沿線が伸び、資材を運ぶ担当である風祭 優斗(かざまつり・ゆうと)のラックベリーでも往復に時間がかかるようになってきた。ヴァイシャリーの本部で情報を共有して、他の搬入担当と手分けしているから手が回らなくなるということはないが、じわじわと工程の進度にやりがいを感じる。
「いま、どれくらいすすんでます?」
ヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)が進捗を伺った、資材を配達している彼なら、どうなっているかわかるはずという期待だ。
「山岳地帯を除いて地ならしはすんだらしいですが、リベットは、今どこらあたりなのかな?」
まだまだ追いつかないですよ、と荷台に残された次へ回す資材を見上げて、優斗は笑った。
「では次に向かいますので、こちらに頼まれた資材ほかを確認してくださいね」
「ありがとー! …にしても、よく迷子にならないよねえ…」
いつも資材をぴたりと届けてくれる優斗に、水鏡 和葉(みかがみ・かずは)はしみじみと感心する。
「…お前と一緒にすんな」
和葉の方向音痴に毎回ほとほと困らせられているルアーク・ライアー(るあーく・らいあー)はジト目で相棒を睨んだ。
今回はミッシングに乗っているため、幸いにして迷子にならずにすんでいる。
「こちら側をもちますよー、せーのです!」
いつの間にかヴァーナーロボに飛び乗ったヴァーナーと共にラックベリーの荷台からイコンでコンクリート盤を受け取って、地面のビニールシートの上に置く。
「ふう、おべんとうをいただいて、休憩してからつづきをしましょうか」
ヴァーナーの提案に、和葉が喜んで乗った、そろそろおなかがすくころだ。届いた食料の袋にリンゴが入っているのを見つけて、資材の山の上に転がって、早速行儀悪く齧りつく。ヴァーナーもそれを真似して、小さな口でリンゴにとりついた。
「和葉ちゃん、おひさまの下でかじるリンゴはおいしいですねえ」
「でしょでしょー? まだちょっと青いけど、そんなの気にならないね」
セツカ・グラフトン(せつか・ぐらふとん)がヴァーナーロボを少し離れた場所におき、足元で袋を開けた。お茶の用意をはじめる。
「先にちゃんとお弁当を戴きましょう、あらとても美味しそうだわ」
すぐに食べられることを期待してか、袋には食料品とは別にちゃんと調理された弁当箱が入っていた。この天気の下でピクニックができるのは嬉しい。
「こらこら、行儀が悪いぞ」
ルアークが和葉を資材からひょいと引きずりおろす、かじり掛けのりんごはまた食後にとっておく。
お弁当を食べ終えて、和葉は再び資材によじ登り、待ってましたとあたりを眺め回す。せっかくの景色を眺めないともったいない、りんごだって別腹だ。
「迷子になった先が列車作りの途中だなんて…これだから、やっぱ迷子はやめられないよね!
やっぱり、面白いことはいきあたりばったり探すに限るよねっ!」
ルアークがそれを聞いてげんなりとする、迷子探しの労力をそんな明るくクリアにしないでほしい、だれがうなずいてなどやるものか。
ヴァーナーが今度は同じ所によじ登って、同じようにあたりを眺めた。先達が草を払っていったラインにそって、杭の先がきらりと光って地平線を目指していた。
「今はまだ、とっても静かですねえ」
「もうすぐ賑やかになるよ、がんばろう」
視界にはおだやかな平原が広がる、かつてここを今よりも凶暴で群れをなす巨獣達が通ったかもしれないし、戦火が念入りに全ての生きるものを追い立ててローストして行ったかもしれない、敗者がとぼとぼと足を引きずったのと同じ道を、勝者が凱旋の栄光で照らしたかもしれない。葬送と婚礼がすれちがい、宥和と敵対がひとつの胎へと還る、血も涙も飲み干した事だろう。
「はい、がんばりましょうね」
ヴァーナーはセツカにティ=フォンを借りて、あたりのまだ杭以外何もない風景を撮影した。自分たちが少しずつ進めて来た作業も納め、レールの軌道が消失点を目指す先を見守る。
「そろそろ参りましょう、長丁場になりそうな事業ですが、最初からのんびりはできませんわ」
休憩は終わりだ、セツカに促されて、二人は資材から飛び降りて、イコンに乗り込んだ。
杭に緩衝ゴムを巻きつけて、コンクリート板を合わせて敷き詰めていく。板の溝がずれないように、細かい作業ができるように、和葉のミッシングは調整してもらっている。
ヴァーナーロボはセツカのサポートもあるが、細かい位置調整はミッシングの方に任せていた。
「手をはなしますよっ!」
「はいよっ!」
ズシン、と低い音をたてて、板は収まるべきところに収まった。コンクリート板に彫られた溝に合わせて、レールを置いていく。
「…イコンって、こういう使い方もあるんだねっ!」
和葉はルアークに呟いた。イコンでできることなど、戦闘だけだと思っていた。
「ま、こんな作業する機会あんまないしねー。たまにはいいんじゃない?」
「ボク達はいつも戦ってばかりだったから…ちょっと新鮮。戦いだけじゃなく、こうやって色んな場所で役立っていけるといいのにねっ?
まぁでも、こういうのも経験だし、列車が通ったら絶対いい思い出になるよねっ?」
ぽわあ、と未来を想像して、和葉は呟いた。
「無事に列車が完成したら、みんなで遊びにきたいな!」
「みんな、ね。オレ達よりも優先して誘う相手、いるんじゃない?」
「べ、別に、そんな事ないよ!…そりゃ、ちょっとは思ったけれど…」
ルアークにつつかれた心当たりを思ってか、後半がぼそぼそと失速したが、我にかえってがーっと咆えた、コクピットの中でその余裕はないけれど、手か足が届くなら、ルアークの背中をげしげしとやったにちがいない。
「はいはい、了解っと」
なんとか取り繕おうとして、操作をとっちらかさねばよいけれど。
「和葉、置く位置に気をつけてねー?」
新たな板を取り上げて、次のレールを伸展する。
いくらか進めたところで、ヴァーナーロボは板の下にできることになる隙間を見つけた。どうしてもすべて平坦とはいかないだろう、板を置いてどけられた岩を砕いては隙間に噛ませていった。
空を飛ぶのではなく、じっくりと歩いて眺めてみれば、意外とこんな隙間が見つかってしまうのだった。
「列車がうごくようになったら、ヒパティアちゃんが列車からヴァイシャリーを見れるようになったらいいな〜」
「先ほど撮った写真も、見てもらうのでしょう?」
「もちろんです! それに、他の学校の人に会いにいきやすくなるからたのしみなんです♪」
ヴァーナーの笑顔がはじけた。この先いくつでも生まれることになるだろう笑顔の、その先触れのひとつだった。
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