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第2章 そんなこんなでも肝試し 6

「いやー、助かった。思ったより怖い肝試しだったからね……」
「そうですか。楽しんでいただいてなによりです」
 笑顔で感想を告げる参加者の男性に、想詠 夢悠(おもなが・ゆめちか)はほほ笑みながらそう言った。
 彼らの後ろでは、一歩遅れて、参加者のペアである彼女らしき女性がついてきている。
 まだ少年の域を出ない彼に、なぜ参加者の男女がついてきているかと言うと、それは彼が自分をスタッフだと名乗ったからだった。
 『参加者が途中で迷わないよう、祭壇近くまでエスコートする役割のスタッフ』だと、夢悠は説明した。もっとも、それだけなら疑われるだろう。だが、確かに彼は正真正銘のスタッフなのだ。
 胸につけているのは、今回の肝試しのスタッフ証。それがあったからこそ、参加者の二人も疑わなかった。そして、これまでに彼がエスコートした者たちも。
 ただ違うのは、あくまで彼はお化け役のスタッフだということだった。
「ひゃうぅんっ!?」
 夢悠に先導される男性の後ろで、女性の悲鳴にも似た声が聞こえた。
 怪訝そうに男性が振り返ると、そこでは女性が誰かに背後から胸を揉みしだかれていた。
 爛れた有名のお面を被った奴だ。男性はいきなりの出来ごとにあっけにとられる。
 すると、その隙に男性の胸元になにかが入れられた。
「うひゃああぁぁ!」
 シャツをめくって、慌ててそれを確認する。
 まさかの冷えた刺身コンニャクだった。冷たさに男性はバタバタと暴れる。その隙に、爛れた幽霊お面の人影は、その場から逃げだしていた。
 そして気づけば、夢悠もいない。
「お、おい、待てこのおおおぉぉ!」
 男性の怒りの声を背後に、幽霊お面の人影はそそくさとその場を去っていった。
 人影はその後、いつの間にか姿を消していた夢悠と合流する。
「完璧ね!」
 お面を外した想詠 瑠兎子(おもなが・るうね)が、清々しい笑顔で言った。
「変態すぎるよ! お姉ちゃん!」
 非難めいた目で、夢悠が言う。
 瑠兎子はそれに対して寂しそうな表情を返した。
「ユッチー。お姉ちゃんはね、最近、愛しの雅羅ちゃんとスキンシップが出来なくて寂しいの」
「だからって色んな女の人の胸を揉むなんて……。いや、雅羅さんの胸なら良いわけじゃないけど」
「わかってる。誰のおっぱいを揉んでも、それは雅羅ちゃんのおっぱいとは違うわ。切なさは募るばかり……だから余計、止められないの!」
「病気だよ!」
 夢悠のツッコミにも負けず、瑠兎子は悪戯っ子のように首を傾げた。
「けどユッチーにも、揉みに行ってもらうからね?」
「え!?」
「え!? じゃないわよ! ユッチーの役は何? そう、幽霊! あなたの手が本当に掴むのは、おっぱいじゃないのよ。幽霊として、鼓動を止めてしまうくらい、参加者の心臓を鷲掴みにするの! みんなを本気で怖がらせるの!」
「……幽霊とは別の怖がられ方をすると思うんだけど」
「気のせい気のせい♪」
 楽しそうに瑠兎子は答える。
 夢悠は諦めたようにため息をついた。こうなったら、瑠兎子が自分の意思を曲げることはない。きっと自分も揉まなければならなくなる。
(はあ……こうなるんだよなぁ)
 ある意味いつものことに、夢悠は心のなかで落胆した。
「さあ行くわよ、ユッチー! 胸が、スイカが、おっぱいが! ワタシたちを待っているわ!」
「お……おー」
 瑠兎子の高らかな宣言に、夢悠はやはりいつものようにためらいがちな返事を返しておいた。



 つくづく、口は災いのもとだと四谷 大助(しや・だいすけ)は実感していた。
「こ、怖くない! 怖くないわよ、この程度の森なんかっ! ふん! た、ただ、くく、暗いだけじゃない!」
 台詞では凛々しいことを言いつつも、パートナーのグリムゲーテ・ブラックワンス(ぐりむげーて・ぶらっくわんす)は、大助の腕にくっついて離れない。
「おいグリム……そんなにくっつくなよ、動きづらいだろ」
「……っ! …………っ!!」
「七乃も顔にしがみつくな。前が見えないだろーが」
 もう一人の大助のパートナーである四谷 七乃(しや・ななの)は、大助に肩車されながら、ぎゅっとその顔にしがみついていた。
 肝試しに参加したのは、そもそも大助がグリムゲーテに『お前、怖がりだから肝試しとか無理だろ?』と言ったのがきっかけだった。キッと大助を睨んだグリムゲーテは、彼を見返すために七乃を連れて、肝試しの参加を決めたのだ。
 冷静になって思い返せば、彼女なら確かにそうする。大助はいますぐ数時間前の自分のもとに帰って、『頼むから、グリムを挑発するのはやめてくれ』と忠告したい気分でいっぱいだった。
 そんな後悔を抱きつつも、こうして肝試しは順調に進む。
 そして、お化けも順調に現れていた。
「きゃーっ! 嫌ぁーっ! 破邪必滅!」
「うわぁっ! い、いま剣が耳を掠ったぞ! いだだっ!? 七乃も髪を引っ張るな!」
「…………っ!」
 お化けが出るごとに、グリムゲーテは逃げるではなく、抗戦を選択して剣を振りまわす。
 二、三度ばかりそんなことが怒ったあとで、大助はグリムゲーテに忠告した。すでに、彼の頬には血の線が5本ほど走っていた。
「あのなぁ、グリム。肝試しで剣を抜いたら負けだ。その時点で、お前は怖がってますってことになるんだぞ」
 当然、グリムゲーテはそれを受け入れるのをためらっていた。だが、大助への強がりもある。結局は、渋々それを受け入れた。
 七乃に関しては、とりあえず声を我慢しているだけマシだと大助は考えた。それに、彼女は妹のようなものだ。髪を引っ張られるのは勘弁だが、まだ可愛らしい部類だろう。
 ――そんなことを思っていたのが間違っていた。
「あ……あ……もう、やぁーーーーっ!! ますたーーーーっ!!」
「どわあああああぁぁぁ!」
 あまりにもお化けのクオリティが高すぎたせいか、七乃の恐怖が限界に達して、彼女は雷を放つ魔法を全力投球した。
 人魂を浮かべていたスタッフや、お化けの工作員が魔法にふき飛ばされる。ついでに、大助もそれに巻き込まれた。
 だが、それが功を奏したか。
 ふき飛ばされたお化け工作員が持っていたカメラに、グリムゲーテが気づいた。映像をチェックすると、そこに映っていたのは怖がるグリムゲーテを下から覗きこんだもの。彼女の恥ずかしい部分が接写されていた。
「大助? 盗撮は、肝試しに含まれない、わよね?」
「は、はいっ……」
 グリムゲーテの怒りのオーラを感じ取って、大助は慌てて返事をした。
「……聖剣よ」
 ゆらりと、グリムゲーテはお化けたちの前で剣を構えた。彼女の背後では、真っ赤な炎が燃え上がり、怒りの眼光が輝きを放っていた。
「黒印家当主の名の下に断罪を!」
「ぎゃああああああああぁぁぁ!!」
 断末魔の叫びが森に響き渡る。
 大助はぷるぷると震える七乃にその光景を見せないように、彼女を全身で庇った。そして、彼はお化けたちに同情して愁傷さまと両手を合わせ、彼らの無事を祈った。