リアクション
● 「わぁ〜、真っ暗で鬱蒼としてる森だねぇ。キャンドルだけで森の中を進んで行くなんてわくわくしちゃう」 森のなかを歩み進む二人の少女がいた。一方は乳白金のボブカットをして楽しそうにはしゃいでいるが、かたや一方の薄茶の一本みつあみを揺らす少女は、きつく尖った目つきで前方をじっと睨んでいた。 ミレイユ・グリシャム(みれいゆ・ぐりしゃむ)。それにロレッタ・グラフトン(ろれった・ぐらふとん)である。 わくわくと目を輝かせるミレイユと違って、ロレッタは終始、強張った顔だった。 「あれ? ロレッタ、恐いの?」 「こ、怖くない! 怖くないんだぞ!」 言いながらも、ミレイユの手を握るロレッタの力が増した。 「いだだだだだっ! も、もう……そんなに力いっぱい握らなくても大丈夫だって。離したりなんかしないから」 「ほ、ほんとだろうなっ!? う、嘘は駄目なんだぞ! べべ、別に怖くはないけど……で、でも、離したりなんかしたら駄目なんだぞ!」 「分かってるってぇ」 明らかに強がりと分かるロレッタの言葉に、ミレイユはくすくすと笑った。 彼女は一応は禁忌の書である魔道書なのだが、その幼い姿からそれを想像することはできない。漂う雰囲気はどことなくそれらしい大人びたものだが、お化けを怖がる様子は人の女の子のそれと変わりないように思えた。 (そう言えば、シェイドはどうしたのかな?) ミレイユは心のなかでもう一人のパートナーのことを思った。 肝試しに行こうと提案したとき、シェイド・クレイン(しぇいど・くれいん)は反対していた。なんでも不穏な輩のうわさがあるからという話だったが、今のところはそんな影は見当たらない。 彼の杞憂だったろうか。 最後まで心配していた彼のことをミレイユは『お母さん』と称した。。ロレッタいわく、それはミレイユが鈍くてうっかり者なのも理由の一つらしい。だが、あながち間違ってはいなかった。 彼女たちの背後から、気づかれないように木陰を渡る一人の男がいたからだ。 「へっへっへ……ありゃいいターゲット……んぐ……!」 「静かにしてください」 茂みに隠れてミレイユたちを狙っていた不穏なお化けは、すっと暗闇から現れた手によって口をふさがれ、茂みの奥に引きずり込まれた。 お化けが慌てて相手を見上げると、そこにあったのは夜の星明かりに煌めく銀髪。 シェイド・クレインが、お化けを睨み据えていた。 「何をされていたんですか?」 「い、いや、それは……その……」 瞳は怒りを孕んでいるというのに、声は妙に冷静だった。だが、それが余計にお化けに恐怖心を与える。 はぎれの悪いお化けを見て業を煮やしたか、彼はお化けに徐々に関節技を繰りだしてきた。 「いだいだいいだいいだいっ!? わかった、わかったはなすうううぅ!」 「はい、どうぞ」 お化けに扮した男子生徒の計画を聞いて、ミレイユは眉をしかめた。 一通り聞いた後で男子生徒の持っていたカメラのデータをチェックする。そこに映っていたのはほとんどが女生徒のチラリズム写真で、ミレイユの表情はさらに歪んだ。 消去ボタンを躊躇なく押す。 「ああああああああああああぁぁぁ!」 「うるさいです」 ゴスッと喉元を突かれて、男子生徒は嗚咽を漏らす。 「いいですか? 二度とこのようなことはしないでくださいね」 「ええ〜……それは……」 男子生徒は渋る。 「いいですか?」 シェイドは笑顔を浮かべた。 メキメキメキ……と音を立てて、彼の手のなかのカメラが握りつぶされてゆく。 「わ、わかった! わかりました!」 慌てて男子生徒は返事を返した。こくこくこくっと頷く様子を見て、シェイドがようやくカメラを返す。もはや使い物にならなくなったカメラを抱いて、男子生徒は涙を流していた。 落ち込んだ男子生徒をその場に残して、シェイドはさらに先へ向かう。 楽しそうにコースを歩くミレイユとロレッタに追いつき、彼は彼女たちを見やった。 二人が歩く先々で、シェイドはこうして障害を排除していっているのだ。しかし、そんなことも露知らず、彼女たちは何事もないかのように笑いあっている(もっとも、ロレッタはお化けを見るごとに震えあがって固まっていたが)。 「……手間のかかる肝試しですね」 シェイドは微笑を浮かべて、そんなことをつぶやいた。 その笑みは、どこか嬉しそうにも見える、そんな笑みだった。 ● |
||