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第2章 そんなこんなでも肝試し 8

 ガサッと物音が鳴っただけで、ルカルカ・ルー(るかるか・るー)はビクッと震えあがり、体を硬直させた。
「だ……大丈夫よ、全部仕掛けが……あるのよ」
 そう自分に言い聞かせるものの、膝がガクガクと震えるのはなかなか止められそうもない。
(……た、たぶんね)
 心も弱気になって、彼女はそんなことをつぶやいていた。
 だが、彼女よりもアルメリア・アーミテージ(あるめりあ・あーみてーじ)のほうが重症なようだ。
「メ、メリー?」
 ルカがアルメリアを愛称で呼ぶと、傍にいる彼女空の返事はなかった。
 振り向いてよく目を凝らすと、アルメリアはブルブルと震えてまったく動かない。膝を震わせているのはもちろんのこと、ルカの服の袖をぎゅっと握っていた。
 そこに突然、お化けが襲来する。
「ひっ――――いやあああああああぁぁぁ!」
 アルメリアは可愛らしい悲鳴をあげて、お化けを右ストレートでぶん殴った。
 ふき飛ぶお化けは、大木にぶつかって嗚咽を吐いた。だが、今は彼の心配をする者は誰もいなかった。
「大丈夫!? メリー!」
「いやあああぁぁ、もうやだよおぉぉ、帰りたいよぉぉ…………」
 普段の彼女からは想像できないほどに、アルメリアは子供のように泣いてわめいた。
 彼女があまりにも怖がるおかげだろう。ルカは震える膝をなんとか抑えこむことが出来た。
 アルメリアの手を握り返す。
「だだ、大丈夫よ、メリー。ルカがついてるんだもの! 二人一緒ならきっと怖くない!」
「そ、そうかな……?」
 弱気なアルメリアに、ルカはこくこくと頷いてみせた。
 ただ、二人とも怖がりであることに違いはない。なんとか気を取り直した二人はコースを進んでいくが、お化けが出るたびにパニック状態である。
 しかも、アルメリアの恐怖にルカがつられてしまうときもある。
「いやああぁぁ、こないでええぇぇ!」
「くるなっ! くるなっ! くるにゃあああぁぁ!」
 コースの終盤に差しかかる頃には、どちらも子猫のように泣きわめいていた。
「ニケー! ニケー! たすけ……たすけにゃああぁぁ!」
「来ないでにゃあ。あっち行ってにゃあ!」
「あらあら、まあまあ」
 実はルカたちから数歩、離れて歩いていたニケ・グラウコーピス(にけ・ぐらうこーぴす)が、ここにきてようやく彼女たちのもとにやって来た。
 恐怖を克服するために二人で進む、という決意だったのだが、それは途中で断念されたようだ。
 金髪の長い髪を靡かせた淑女が現れると、二人は一斉に彼女に抱きついた。
「こわいぃ……肝試しこわい……もうやあぁ」
「ニケー! ニケー!」
 涙目になった二人の子猫が、胸元に顔をこすりつけて鳴く。
「よしよし怖かったねー。……安心して。私はここにいますよ」
 二人の頭を撫でてやって、ニケは慈母のほほ笑みを浮かべた。
(こうしてると、“兵器”だとか“可愛いのは私のもの”とか言ってる契約者には見えないわね)
 心のなかで、そんなことを思う。
 まるで二人の幼子を育てている、母親のような気分になって、ニケは楽しそうにクスッと笑った。



 なにやら騒ぎが起きているな、とシェイド・ヴェルダ(しぇいど・るだ)は思っていた。
 どうやら肝試しに不穏な影が動いているらしい。
 スタッフとして見回りをしていた彼は、神楽坂 紫翠(かぐらざか・しすい)に視線を送った。着物姿の紫翠が、彼を見返した。
「レラージュと……瑠架が……心配……ですね」
 そうつぶやいて、紫翠は騒がしい発信源のもとに向かった。シェイドがそれについてくる。
 茂みを越えていった場所で、紫翠は騒ぎのもとを見つけた。
 肝試しの参加者たちへ、お化けに扮した男子生徒たちが悪戯を仕掛けているのだ。
 半ば呆れた目のシェイドが、男子生徒たちを見定める。するとその視線が、一点で止まった。
「レラージュ……っ」
 仲間のレラージュ・サルタガナス(れら・るなす)が、お化けたちに悪戯されていた。彼女たちはお化けが男子生徒だと気づいていないのか、なすがままにされている。
 浴衣が乱れて、大きめの豊かな胸がチラチラとのぞき、それをお化けに撮影されていた。
「瑠架も……います……ね」
 レラージュとコンビを組んで肝試しに参加していた橘 瑠架(たちばな・るか)も、お化けに悪戯を仕掛けられていた。
 レラージュほどの大きさはないものの、形の良い胸が撮影されている。さらに、裾からのぞく脚線も、お化けたちの興奮を誘っているようだった。
「まったく、こいつらは何してるんだ……」
 シェイドは呆れ果てて溜息をつく。
 そこに、お化けたちが参加者だと勘違いしたのか、紫翠を襲ってきた。思わず紫翠は、距離をとろうとする。
「あら……?」
 彼は枝に着物の裾をひっかけて、間の抜けた声を発した。
 破れた着物の隙間からのぞくのは、彼の美しい白い肌だった。一見すれば彼は女性のようにしか見えないため、お化けたちのターゲットになっている。
「大丈夫か、紫翠」
 すぐにシェイドが屈みこみ、紫翠の乱れた姿をコートで隠した。
 こいつの色っぽさはオレだけのものだ。見られてたまるか。と、いうような視線が、お化けたちを貫く。
「何をしてたのかしら? 覚悟できてますよね」
 お化けたちが紫翠とシェイドに気を取られている間に、レラージュが彼らの背後にゆらりと立っていた。くすくすと、彼女は底冷えするような笑みを浮かべている。
 お化けたちの悪戯は参加者にバレてしまったようだ。
「やっぱりお仕置きなら、これよね」
 瑠架が、どこから取り出したものか、荒縄を見せて言った。
 お化けたちは当然のように、目配せあってその場から逃げ出す。レラージュたちはそれを追って森の奥へと去っていった。
「やれやれ……」
 残されたシェイドは頭を振る。
 腕のなかにいる紫翠がこちらを見上げているのに気づいて、彼は優しげに笑みを返しておいた。



 葉月 ショウ(はづき・しょう)はのぞき部だ。
 しかるに、彼はのぞきは推奨しているものの、盗撮は良しとしていない。
 ブラックコートで気配を消して、ダークビジョンで視界を確保。夢安京太郎の仲間である男子生徒たちが、お化けに扮して機を窺っているのを、彼は背後の木の上から監視していた。
(のぞき部の掟……一つ、自分の目で見るべし)
 ショウは自分にも言い聞かせるように、そう唱えた。
 手のなかにあるのは石コロである。それを空中に投げては、キャッチを繰り返す。
 茂みにいる男子生徒たちに動きが見られた。
(いまだ)
 その瞬間、ショウは懐から取り出したパチンコで、石コロを放った。
 石コロは男子生徒たちのカメラを破壊した。何事だ! と、口には出さずとも顔をあげた男子生徒たちより先に、ショウは飛び降りている。
「ぐっ」
 ショウは男子生徒たちの首に次々と手刀を打ちおろして、彼らを気絶させた。
(これで心おきなくのぞけるなー)
 自然と顔はにやけてくる。
 退治したのは撮影担当のお化けだけだ。悪戯担当のお化けは反対側の茂みにいる。きっと、これから良い悪戯を仕掛けてくれるに違いない。
 ショウはウキウキしながらそれを心待ちにした。
「何してんの?」
「いやー、のぞき部だからさ。やっぱり盗撮はいけないだろ? 女の子へ迫った魔の手を退治して、これで心おきなくのぞこうと思ってね」
 頭上から聞こえてきた声に、ショウは何気なく答えた。
 だが。
 隠密に事を運んでいた自分に話しかけてくる者など、いるはずがない。嫌な予感がしつつも、彼は頭の上を見あげた。
「へー」
 肝試しに参加していた女生徒が彼を見おろしている。
 その後ろでは、悪戯担当のお化け役が、ピクピクと痙攣しつつ倒れていた。
「えーと…………」
「お前も同じじゃあ!」
 女生徒の右ストレートがショウの顔面にめり込む。
 倒れゆくショウの頭のなかでは、これまでののぞきが走馬灯のように蘇っていた。