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リアクション
「ありがとう」
パラミタに来てから、二年という月日が経過した。
ヴァイシャリーの街を歩きながら、稲場 繭(いなば・まゆ)は今までのことを思い出す。
あっという間だった。
だけど、密度の濃い二年だった。
友達が出来た。
大切な人が出来た。
みんなと一緒に、たくさん笑った。
楽しいことばかりじゃない。
自分に出来ることが少なくて、悩むこともあった。
泣いたことだって、覚えていられないくらい。
だけど。
「こうして私の世界は広がったんですよね」
それは、ひとつだけ確かなこと。
日本に居た頃の繭は、自分の家から外に出ることはほとんどなくて、家の中が自分の世界の全てだった。
意識したことはなかったけれど、寂しいものだったのだと、思う。
ちらり、前を歩くエミリア・レンコート(えみりあ・れんこーと)を見た。
繭を外の世界に連れ出した張本人。
「エミリア」
呼びかけると、エミリアが立ち止まらないまま「ん?」と声を上げた。
「ありがとう」
「……何よ、いきなり」
立ち止まり、面食らったような顔のエミリアが言う。
「あの狭い世界から私を連れ出してくれたこと。本当に、感謝してるんですよ?」
繭に礼を言われて、エミリアはそんなことない、と咄嗟に思った。
感謝してると言うけれど。
――私が繭を外に連れ出した理由は、穢れのない繭に外の汚い部分を見せたかったから。
綺麗なことしか知らない彼女が、世界の汚いところを見たときにどう変わってしまうのか。
真っ白な心がどう穢れていくのかを、見てみたかったからだ。
そしてエミリアの思い通り、繭はたくさんの暗い部分を見てきた。
辛そうにだって、していた。
けれど、彼女の心が汚れることは、ついぞなかった。
「あんなにたくさんのものを見たのにね」
ぽそり、繭に聞こえないくらいの小さな声で呟く。
そう。
彼女はたくさんのものを見てきた。
だけど彼女の心は、穢れるどころかますます輝きを増している。
――不思議よね。
自分の心境も含めて、そう思う。
いつまでも綺麗な繭を見ていて、最初は確かに面白くないと思ったはずなのに。
――いまでは、悪くないなんて。
「エミリア? 私、本当に本当に本当に、感謝してるんですよ?」
黙ったままのエミリアに、繭が再び声をかけてきた。小さくエミリアは笑った。
「わかってるわよ、繭の気持ち。
だけどね、私に感謝するのは少し違うわ。私はただ、あなたを外に出しただけ。そこから頑張ったのは繭、あなた自身なのよ」
壊れていくことだって、たぶんできた。
諦めて投げ捨てることだって。
でも、繭は、泣いて悩んで、先に進んで。
だから今、笑っている。
「……ありがとう」
はにかむように微笑んで、繭が言った。
「ふふ。これからもよろしく頼むわ」
エミリアの興味の対象は、いつだって繭である。
この先どうなるか? 考えては、楽しくて笑っている。
「どうして笑っているんですか?」
「秘密♪」
悪戯笑いで誤魔化して、隣に並んだ繭の手を取った。
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