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リアクション
1.
「エメも図書室行っちゃったし、少し案内しようか」
と、早川呼雪(はやかわ・こゆき)はマユ・ティルエス(まゆ・てぃるえす)を見た。
「じゃあ、先に行ってて」
「分かったにゃう」
アレクス・イクス(あれくす・いくす)が瀬島壮太(せじま・そうた)と一緒に購買へ向かっていくのを見送り、呼雪は別方向へ歩き出した。
今日は蒼空学園限定先行発売の『メガ印のいちごオレ』 発売日ということで、他校生の姿もそこかしこに見られる。こんな時でなければ校内をゆっくり見て回ることなど出来ないだろう。
呼雪はとりあえず、御神楽講堂へ向かうことにした。
購買へ着いたアレクスは、棚にきっちり並んでいる『メガ印のいちごオレ』を購入した。
「どの辺がメガなんだよ、パッケージは普通じゃねぇか」
と、文句する壮太にアレクスは言う。
「飲んでみれば、きっと分かるにゃう」
「ふーん」
購入したいちごオレを自分の入っている箱の中へ入れ、待ち合わせの中庭へ足を向ける。
まだ昼休みが始まったばかりのためか、校内も中庭も比較的静かだ。
ベンチに落ち着いたところで、アレクスがアーム状のリボンを使っていちごオレを開ける。
ごくり、一口飲んでアレクスは満足げな表情を浮かべた。
「甘いにゃうー」
「ど、どんな味なんだ? 気になるから一口くれよ」
と、手を伸ばす壮太。アレクスからいちごオレを受け取って口をつけてみると、目の前のアレクスが見る見るうちに子猫化していく。
はっとした時には遅く、壮太もまた身体が小さくなっていた。
「な、なんじゃこれぇーー!?」
いちごオレがぽとり、地面へこぼれた。
「だいたいこんなもんかな。あまり遅くなってもいけないし、そろそろ――」
と、マユを見ていた呼雪の肩をヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)が叩いた。
「いちごオレってあれじゃない?」
「え、ああ……新製品の」
購買には生徒たちが駆け込み始めていた。
「買ってみようか」
と、呼雪は戻る前に立ち寄った。時間を経るごとに増えてくる生徒たちの中からそれを入手するのは少し、労力を必要としたが無事に手に買うことが出来た。
わくわくとマユが見上げてくる。まずは一口、と呼雪がいちごオレを口にした。
「うん、美味しい」
「どれどれ?」
と、横からヘルが首を突っ込んでくる。
「おー、これは確かに……」
と、ヘルは感想を言っている途中で変化に気づいた。隣にいた呼雪が小さくなっている。いや、自分もだ。
「……呼雪さんとヘルさんが」
驚きのあまり呆然としてしまうマユ。
「何か薬が入ってたのかな? 他の人たちも小さくなってるし」
「呼雪、遊ぼうよ!」
「それはいいけど、とりあえず元に戻る方法を――」
「えー、そんなの後でもできるじゃん! それよりも今は普段出来ないことをしたり、遊ぶ方が楽しいよ!」
「あ、あの、ヘルさんっ。元に戻る方法を見つけても、すぐに戻らなきゃいけないわけではないと思います」
「……そっか」
普段は見上げている二人が、今はマユより小さい。年齢で言えば5歳くらいだろうか。
この混乱の最中、謎の女生徒が解毒薬を持って歩いているらしいという情報を耳にした。その情報によると、一人は空色のショートカットで、もう一人は猫の獣人のような姿をした機晶姫ということだ。
「猫の獣人みたいな、って……知り合いにいるよね?」
「うん。しかも女生徒っていうし、たぶん彼女だろうね」
「二人は、その方とお知り合いなのですか?」
マユの問いかけに呼雪とヘルは頷いた。
「うん。見ればすぐに分かるよ」
目撃情報のあったほうへ歩き出す三人。今日は何だかお兄ちゃんのような気分になって、マユが先頭に立って歩いていた。
その背中を見守っていた呼雪だが、ヘルの方はやはり遊びたそうにしていた。
「これは流行るかもね、おいしいし」
と、百合園女学院から来たネージュ・フロゥ(ねーじゅ・ふろう)は言った。その手にあるのは『メガ印のいちごオレ』。
「早く他の学校でも売り出してほしいなー。水穂さんも飲んでみ――あれ?」
ふと、隣を歩く高天原水穂(たかまがはら・みずほ)に目をやってネージュははっとした。
「え、うそ。もしかして……また?」
気がつくと、いつもよりも視線が低い。
水穂は困惑しながらも、可愛らしい幼女へ変身したパートナーを眺めている。
「あらあら、ねじゅちゃんがもっと小さくなっちゃいましたね」
「ようじか……!」
はっとするネージュは、すぐに嫌な予感を覚えた。
「もしかして、またすぐにトイレにいきたくなるたいしつが、ふっかつするのかな……?」
と、苦い顔を浮かべる。
「あら、小さくなるとお手洗いが近くなっちゃうんですか?」
「うん……おおきくなってこくふくしたはずなんだけど、このすがたになっちゃったからには……」
体質まで幼児化する恐れがある。
「それは大変。はやく元に戻る方法を探しましょう」
と、水穂は周囲を見回した。
「さあ、ねじゅちゃん。私の背に乗ってください」
と、獣姿になる水穂。ネージュはすぐその背中へまたがった。
「お手洗いに行きたくなったら、すぐに教えてくださいね」
「うん。ありがとう、水穂さん」
そして狐に乗った少女は、校内を駆け回り始めた――。
図書室で用事を済ませたエメ・シェンノート(えめ・しぇんのーと)は、集合場所へ来るなり驚いた。
「あ、エメにゃう」
と、こちらを見るのは白い子猫。その近くに見覚えのある箱があったため、エメはすぐに気がついた。
「まさか……そこにいるのは、アル君ですか?」
「そうにゃう」
そんなアレクスを取り囲むのは、どこかで見覚えのあるような気がしないでもない子どもたち三人だ。
「えーっと、それでその子どもたちは……?」
白い毛並みをもふもふしていた小さな少年がエメを睨んだ。
「なんだよ、アレクスはわかるのにオレのことはわからねぇのかよ」
「え?」
困惑するエメ。三人とも同じ年ぐらいの様子だが、エメにはそんな知り合いなど……。
「あなたの子よ?」
くりっと首をかしげながら、褐色の肌の子どもが告げた。
「!!」
――ということは、まさか6、7年前!?
その頃に何があったかと頭をめぐらせるエメ。ただでさえ白い顔がさらに白くなっている。
「そ、そんな……か、隠し子だなんて」
「ちげーよ! なにかんがえてんだよ!」
「エメ、よくみてよ。ほら、おれたちとかわかりやすいだろ?」
と、前へ出てくる二人の少年。そういえば、こんな二人組みが身近にいたような……?
「呼雪君にヘル君!? ということは、この子は壮太君ですか?」
「そうだよ、きづくのがおせぇよ!」
と、壮太は叫んだ。エメはほっとした様子で彼へ笑いかける。
「そうでしたか、安心しました。それにしても、何故こんな姿に?」
「いちごオレのせいだ」
「そうそう。いちごオレをのんだらあっというまにからだがちぢんで」
「みんなかわいらしくなりましたとさ」
「でも、解毒薬を持っている生徒がどこかにいるらしいにゃう。しかもそれはマヤーちゃんだっていう話にゃう」
「そうなんですか? では、見かけたら声をおかけしましょう」
小さな壮太を抱き上げ、頭を撫でるエメ。壮太は抵抗することなく、されるがまま受け入れている。
「いま、マユがさがしてくれているはずなんだ。っていうか、ただはぐれちゃっただけなんだけど」
と、呼雪はヘルを見る。マユとはぐれたのは彼のせいだった。
「とりあえず、しんじてまつしか……」
「そうですか。では、折角ですし子どもらしい遊びでもして待ちませんか?」
「なにすんだよ?」
「うーん、追いかけっこはどうです? 今日はよく晴れていますし」
子どもたちは頷くと、ベンチを降りた。
並んでみると、みんな背丈がさほど変わらないことに気がついた。
「ガキになったら、おまえもオレとたいしてかわんねぇじゃん」
と、ヘルに向けて言う壮太。
「えー、壮太、僕の背丈うらやましかったの?」
にやにやと言い返すヘルに壮太がわめく。
「べつに、ただいってみただけだよ。なぁ、早川? おまえもそうおもうだろ?」
「うーん……たしかに、ヘルはおおきいよね」
そう言いながら呼雪はヘルの横へ立つ。
「ふーん? じゃあ、おおきくなったらせがたかくなりますようにー」
と、壮太の頭を撫でるヘルをじっと見て、呼雪は唐突にキスをした。
「やっぱり、このしんちょうならキスしやすいな」
「呼雪!?」
驚きのあまり頬を赤くするヘル。先ほどまでのいじめっ子はどこかへと消えていた。
「……ったく、ちいさくなってもいちゃいちゃしやがって」
と、口を曲げる壮太。
エメはそんな彼らを微笑ましく見守っていた。
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