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リアクション
7
会長室の抜け穴は既に塞がれていた。
エレインの傍らには、博季・アシュリング(ひろき・あしゅりんぐ)が、さながら騎士の如く直立不動の姿勢で立っていた。博季と面接をしたスタニスタスが、真面目そうだと一目で気に入り、エレインの警護と見張りに抜擢したのである。
自席につくエレインの前に立つのは、東雲 いちる(しののめ・いちる)だ。彼女は裏門から誰も出入りしなかったことを報告した。
「その話は既に聞いています」
フードの下の表情は見えないが、エレインは抑揚のない声で言った。
「なぜ、メイザースさんを捕まえたんでしょう?」
「……どういう意味ですか?」
「その――ただの人質にしてはおかしいと。メイザースさんは『大いなるもの』や『古の大魔法』についても、詳しくはご存知なかったようですし。それに――本物の『鍵』を渡すおつもりは、ないんでしょう?」
エレインは寸の間躊躇ったが、やがて口を開いた。
「メイザースの祖父は、ハイルという名の魔術師でした。私たちより年が上で経験も豊富、人望もあり次期会長と目されていましたが、継いだのは私です」
「……つまり?」
「メイザースが入ってきたとき、誰より喜んだのは私でしょう。彼女は非常に優秀で、瞬く間に“エレメンタル・クイーン”と呼ばれるまでになりました。この名は、非常に優秀な魔女に冠されます。男性の場合は“エレメンタル・ルーラー”です。かつてはイブリスがその名で呼ばれていました。メイザースの前に“クイーン”だったのは私です」
「では……エレインさんにとって、メイザースさんは……」
エレインの口元が、優しく笑んだ。
「私は彼女を次期会長として立派に育て上げたいのです。イブリスはそれを知っているのでしょうね」
「聞こえる?」
分厚いドアに耳を当てるギルベルト・アークウェイ(ぎるべると・あーくうぇい)に、エヴェレット 『多世界解釈』(えう゛ぇれっと・たせかいかいしゃく)が尋ねた。
「立ち聞きとは、あまりいい趣味とは言えませんね」
クー・フーリン(くー・ふーりん)は顔をしかめている。
「駄目だ! ほとんど分からん!」
舌打ちしながらギルベルトは耳を離す。
「まったくあの女、警護など不要などと言いながら饗団に捕まるとは……」
「私も同感です。彼女ほどの方がそう容易く捕まるとは思えません」
「疑うべきところがあるのは、確かよねぇ。いちるも落ち込んでるし、この質問で納得できればいいんだけど」
「どうも、自分から他人を遠ざけているようにも見えたな」
部屋の中が気になって、再び耳を当てようとしゃがみ込んだ瞬間、ドアが開いた。
コンマ何秒かの素早さで、ギルベルトが立ち上がる。
「話は聞けたか?」
「はい」
心配していた素振りすら見せず、いちるもまた気づかず、四人は歩き出した。
「それで、どうするんだ?」
「メイザースさんの救出に行くことになりました」
「協会にとっては大事な人です。無事救出しないといけませんね。荒事については私やギルベルトにお任せください」
「それでいちる、どんな話を聞いたの?」
「なかなか有意義でしたよ」
いちるの表情が心なしか和らいでみるのを見て、ギルベルトはふっと微笑むのだった。
及川 翠(おいかわ・みどり)、ミリア・アンドレッティ(みりあ・あんどれってぃ)、アリス・ウィリス(ありす・うぃりす)の三人は、この世界に来たばかりだった。
第二世界の作りも、状況も、もちろん魔法協会や闇黒饗団のことも、「古の大魔法」や「鍵」についても何も分からないので、取り敢えず勉強することにして書庫にやってきた。
それはいいのだが、翠とアリスはこの世界の文字が読めなかった。仕方がないので翠の【トレジャーセンス】で「価値のある本」を探すことにしたが、本の価値とは人によって変わるため、ミリアの前に置かれたのは、おとぎ話の類から街の観光案内まで様々だった。
「これを……全部読めと……」
「うん!」
にこにこと屈託のない笑顔で頷かれ、ミリアはため息をついた。
まずは表紙から役立ちそうなものを選んでいく。
「大いなるもの」「スプリブルーネへ―トレビナの旅人日記」「美しき街スプリブルーネ」「ギルド一覧」「聡明なる賢者の伝説」「紳士録」「魔法で作る美味しいケーキ」……はいらないか。
「大いなるもの」については、パラミタで聞いた以上のことは分からなかった。
「古の大魔法」については、記述は全くない。
スプリブルーネ以外にトレビナという町があるのは分かった。相当の田舎らしい。スプリブルーネを作ったのは「聡明なる賢者」と呼ばれるアルケーらしいが、トレビナの創始者は誰なのだろう?
「神」という存在がないのには、驚いた。ミリアは機晶姫だが、人が生きていく上でその概念が必要なことは分かっている。
宗教の代わりに魔法が存在し、神の代わりに精霊――“エレメンタル・クイーン”という名が示すように――が信じられている。そして「悪いもの」は全て「大いなるもの」に直結する。
魔法協会はこの世界を統べる。記録はないが、闇黒饗団はそれに反対している組織と見るべきだろう。
――と、ここまで纏めるのに、六時間以上がかかった。その頃、既に遺跡での取引は終わり、街の結界は解けていたが、何がどうなったかミリアたちは知る由もない。
ついでに言えば、翠とアリスは書庫の床で静かな寝息を立ていたのだった。
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