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リアクション
9
午後十時。
闇黒饗団との戦いで傷を負ったレキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)とミア・マハ(みあ・まは)は、治療を負え、閉架式書庫へやってきていた。傷はほぼ良くなっていたが、足手まといになってはいけないと、遺跡へ行くのは諦めた。
万一敵が襲ってきたときは、本を傷めないよう、「闇の輝石」で戦うつもりだったが、
「ここまで来ないんじゃないかなー」
噴水で汲んできた水をぐびぐび飲んでいるのは、如月 玲奈(きさらぎ・れいな)だ。
「一日中、誰もここまで来なかったらしいし、敵は考えてないと思うけど」
「ずっとここにいたの?」
「正確には表の書庫に。途中、饗団が襲ってきたときは避難したけど、戻ってきたら何ともなかったみたいだし、スルーされたっぽいわね」
「何を調べていたのじゃ?」
「片っ端から」
答えたのはレーヴェ・アストレイ(れーう゛ぇ・あすとれい)だ。レーヴェ著 インフィニティー(れーう゛ぇちょ・いんふぃにてぃー)が傍らにいる。
「全部?」
「レナが全く、何も、一切合財考えていなかったものですから」
既に怒りを通り越したレーヴェは、悟りを開いたかのような顔をしている。
「今度は大丈夫! 『古の大魔法』と『大いなるもの』について、更に調べよう!」
玲奈があっけらかんと親指を立てたので、レーヴェのこめかみがぴくりと動いた。
「それなら、目的は一緒だね」
しかしながらレキも玲奈も、この世界の文字を読むことが出来なかった。
ああは言われたものの、レキは念のため【不寝番】でドアの前に陣取った。玲奈はすることもないのでゴロゴロしている。文字通り床をゴロゴロしていたが、誰も何も言わなかった。
残った三人がせっせとそれらしき本を探すが、これといった記述が見つからない。表の書庫と違い、ここの本にはタイトルがないため、文字通り片っ端から探す羽目になった。
しかし、しばらくして黙々と文章を写していたインフィニティーが呟いた。
「この世界に、科学の概念はないのですね」
レーヴェのページを捲る手が止まった。
「どうした?」
とミア。
「言われてみれば、科学だけじゃなく、物理もなければ医療もない。全てを魔法ですませているようですね。それでいて、『道具』はある。不思議な世界です」
どの本を読んでも、科学者は存在しなかった。もしかしたら、過去にはいたのかもしれないが、地球上における魔法使いと同じく、架空の存在として抹殺されている可能性もある。
雷はあるが、それを電気として活用することは誰も考えなかった。
ガスや鉱石は存在するが、それを燃料として使うことは誰も考えなかった。ただし、蝋燭や松明は存在する。
医療は必要なく、薬もない。
そこかしこに、魔法が存在する。否、魔法しかないと言っても構わないだろう。
「これだけ魔法が存在するのに、『古の大魔法』については記述がありません。これは意図的に隠しているとしか思えない」
「可能性は口伝か。そうなると、知っているのは会長だけだろうが、それではなぜ、イブリスが知っていたのかということになる」
「世の中に完全に隠しきれる情報など、そうはありません。『大いなるもの』についても、同様です」
「違うのは、片やおとぎ話で皆に知られているということだな」
「考えてみれば、そのおとぎ話を研究する人間がいてもいいはずです」
「人払いの術式みたいだね」
【不寝番】を使っても疲れが溜まっているのか、とろんとした目でレキが言った。ちなみに玲奈は寝ている。
「誰も調べる気にならない、ってことでしょ?」
ミアとレーヴェは息を飲んだ。
「おとぎばなし自体にその効果があるとしたら、――『古の大魔法』と『大いなるもの』には密接な関係があるというのはどうじゃ?」
レーヴェは頷いた。
「あくまで可能性の問題ですが――となると、もし、『古の大魔法』が解放されれば……」
インフィニティーは、手元のノートに次々二人の言葉を書き留めていった。
「あのう」
二人の会話に割って入ったのは、姫宮 みこと(ひめみや・みこと)と本能寺 揚羽(ほんのうじ・あげは)だ。五人より先に閉架式書庫にいた二人は、黙々と本を読み続けていた。あまりに熱中しているので、声をかけるのも憚れるほどだった。
「そなたも同じことを調べていたのか?」
「いえ、ボクたちはアルケーについて調べていました」
「ああ、聡明なる賢者の……」
揚羽は肩をごきごき鳴らした。
「まったく、くたびれてかなわん。戦の方がマシじゃ」
「この人のこと、あまり書いてある本はないというか、あっても同じなんですが、一つちょっと気になったことがあって」
「何ですか?」
とレーヴェ。
「彼はこの街の創始者の一人です。何もなかったこの街に水を湧き出させ、あの噴水を作りました。荒野を畑にしたのも彼の力なんですが、その時に『古より伝わる大いなる力を用いて』とあるんです」
「それはつまり」
「『古の大魔法』じゃろ」
欠伸混じりに揚羽が言う。
「しかも『この世界を今の姿にした』と続きます。変な言い方ですよね? 書いた人に文才がないのかもしれませんけど」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
レーヴェは額を押さえた。とんでもないことを聞いた気がする。
「それは、つまり」
「この世界を作ったということかの――?」
ミアの、問いとも確認ともつかぬ言葉に、誰かがごくりと喉を鳴らした。
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