リアクション
08.教導団 家庭科準備室 薔薇からの物体B 軍事校とは言えども教導団も学校だ。 メインとなる各課の教室や実技・実習に使われる施設ほどではないが、一般教養のための特別教室もちゃんとある。 特別教室ばかりが並ぶ校舎の一角がそうだ。 理科室、調理室、家庭科室とその教室で使う道具や資料が収められた準備室が交互続いている。 数も広さもそうないため掃除はとうの昔に終わり、参加していた生徒たちは他の場所の応援に向かった後だ。 ゴミと道具の回収をしていた最後の数人は特別教室棟の入口で一人の男子生徒と擦れ違った。 首の後ろで一纏めにした黒髪と細い柔和な眼差しが印象的だ。 「――こっちの掃除なら終わりましたよ?」 「あぁ。うん。知っとるけど、備品の数の確認頼まれてん。他にもすることあるのにかなわんわー」 声をかけると、男子生徒は細い目を更に細め、手にした紙の束をひらひらさせて見せた。 そこには「備品管理表」という文字が躍っている。 「なるほど。掃除は終わりましたから、数は数えやすと思いますよ」 「汚さないでくださいねー。先輩」 納得した生徒達は頭を下げると去っていく。 「おおきに。そっちも気張りやー」 その背を見送って、男子生徒は「先輩?」と首を傾げて視線を落とした。 次いで、この春に教導団をはじめパラミタの各校で制服が一新されたことを思い出す。 「……なんでいちいち制服あるねん……自由でええやないか。なぁ?」 古い制服に身を包んだ男子生徒――薔薇学の大久保 泰輔(おおくぼ・たいすけ)は誰にともなく呟く。 この制服も手にした書類も購買部からちょっと拝借してきたものだ。 「さぁて、準備はどないやろうか」 泰輔は勝手知ったる他校の校舎を歩き出した。 * * * 掃除も終わって、誰もいないはずの家庭科準備室に人の気配があった。 廊下から丁度死角となる位置で三人の男女が頭をつき合わせている。 その衣服はどれも教導団のものではない。 人気のない教室で部外者が隠れて成そうとすることはたいてい物騒でろくでもない。 だが――今回は少し違った。 携帯用のLEDライトに照らされるのは鋏に針山、チャコペンシル、へらといった裁縫道具の数々に布地やボタンやらの材料。 そして、青いリボンを結んだキャラメル色の小さなクマ――いわゆるテディベアだ。 暖かなファーは薄いキャラメル色。 目にするボタンは虹を溶かし込んだ黒色。光の角度できらきらと色が浮かぶ。 耳につけるボタンダグは金具が銀でリボンは明るいオレンジ色。 中に入るのはふかふかのパンヤ綿――そして、このベアをあなたに贈る、わたしの気持ち。 「あの怖い大尉にプレゼントとはねぇ」 裁断の終わった布を合わせて、印どおりにまち針を打しながらフランツ・シューベルト(ふらんつ・しゅーべると)は肩を竦める。 「不本意とはいえ、酷い方法で前線へのお出ましを願いましたから。お詫びはしなければなりません」 慣れた手つきで針を運びながら答えるのはレイチェル・ロートランド(れいちぇる・ろーとらんと)だ。 「――あれはお出ましというよりも――最前線に放り投げた、が正解であろ?」 一人寝そべった格好でデティベアを小突いて讃岐院 顕仁(さぬきいん・あきひと)は喉の奥で笑った。 「それ故に。あの方の好きなものを贈るという泰輔さんの考え、よいと思います」 「そうよな。気に入ってくれことを切に願うぞ」 大尉――シャンバラ教導団第一師団大尉メルヴィア・聆珈と三人とその契約者である泰輔にはちょっとした経緯がある。 いずれ詫びをと考えていた泰輔の発案で、クリスマスプレゼントとして巨大なテディベアを届けることに決まった。 「――それを大掃除のドサクサに紛れてって言うのがね……」 フランツの脳裏に怜悧な美貌が浮かんだ。 綺麗な華には棘があるを体現するあの大尉は棘の代わりに斬糸を飛ばす。 大掃除の開始を告げた台詞――「サボったら指導するからな」との声が蘇り、ぶんぶんと首を横に振った。 今の自分達はどうみたってサボりである。 作業に入る前に全員でここ準備室と隣にある家庭科室。表の廊下と窓は掃除している。 だが、この現場を見咎められでもすれば――待っているのは指導に違いない。 もっと他にスマートかつ安全な方法があるはずだと思う。だが―― 「……あー泰輔だなぁ……」 「ん? 僕がどうかしたん?」 フランツが溜息を吐くと同時に準備室のドアから泰輔が顔を出した。 「なんでもないよ。それより、早く中に」 誤魔化すように促される。 「で、そなたの成果は上々といったところか?」 顕仁の問いに泰輔は手を横に振った。 「上手いこといったんは制服だけや。学生寮はあかん。無理やわ。大尉もおるし」 当初の予定では変装した泰輔とフランツでメルヴィアの部屋に忍び込み、そこにラッピングしたぬいぐるみを持った顕仁を 《召喚》する予定だったのだ。 が、学生寮の掃除は教導団生徒に限定されている上に、メルヴィア自身が清掃監督として見回りを行っている。 教導団の制服を身に着けたところで泰輔は泰輔だ。顔を見られれば、そこで終わりだ。 「では、このベアはどうしますか?」 薄いキャラメル色の巨大なテディベアを抱えたレイチェルが尋ねた。 虹を溶かした黒いつぶらな瞳が泰輔を見つめる。 いつの間にかぬいぐるみは粗方出来上がっていた。 あとは綿をつめるために開けておいた部分を縫い合わせ、耳にダグボタンをつけるだけだ。 「あ。レイチェル。足の裏に“I’ll be with You”って刺繍いれてくれたかい?」 「はい。抜かりはありません」 ほらと見せる足の裏。身体より少し濃い色のフェルトが丁寧に縫われ、そこにダグと同じ色で文字が入っていた。 泰輔のバイト代がつぎ込まれた小さなテディベアに遜色ない見事な出来上がりである。 「おぉ。凄いやんか」 「――生地は扱いや易さを考えて丸洗い可能なファーに。色はあの方の髪と同じ銀も考えたのですが。 そばに置くのなら温もりがある色が良いかと――」 型紙を作り、手ずから材料を選んできたパートナーの言葉に泰輔はうんうんと頷く。 「――なんとしてでも届けたる。……よっしゃ。みんな作戦変更や!」 「どうするのだ? サンタクロースの孫娘とやらに頼んでみるか?」 「ちゃうちゃう。お汁粉の振る舞いを狙うんや――大尉が戻ってきたら、寮の入口でご対面や」 それでは、とレイチェルは最後の仕上げに戻り、泰輔は転がる材料からラッピングに使えそうなものを探し始める。 「それは――どんな顔で相対してくれるものか……楽しみなことだ」 「――お詫びの前に、僕は次に大尉に会う時が怖いよ」 さも面白いそうに笑う顕仁と対照的にフランツは今日三度目の溜息を吐く。 何も知らない二匹のクマがライトに照らされてちょこんと座っていた。 |
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