リアクション
12.教導団 イコン基地 ギアーハンズ 大きく重いシャッターを開けば、そこは教導団が誇るイコン基地だ。 鉄鋼で組まれた足場。作業用のクレーン車。鋼竜、焔虎。そして、配備され、今正に調整中のプラヴァー。パワードスーツ。 高い天井の下にそれらがズラリと並んでるのは壮観だ。 さらにその前にはイコン基地の掃除やってきた生徒達がひしめいている。 「あー。長曽禰だ。今日は……まぁ、そのなんだ。適当に頼む」 拡声器から、あまりやる気の感じられない責任者の音頭が響いた。 集まった生徒達がそれぞれに基地内に散らばっていく。 並ぶ――使い方一つで大量殺人や破壊を生み出す無骨な道具。いずれはその使い手になるだろう生徒たち。 (――馬鹿と道具は使いようっていうわけだから……どんな道具も使い方次第よねぇ……) それを交互に見つめるのはニキータ・エリザロフ(にきーた・えりざろふ)だ。 もちろん、使い手には自分も含まれている。 今のところ、イコンやパワードスーツに頼るつもりはない。 だが、道具に限らず、世の中の全てのことは使い方次第。ひいては自分次第だ。 上に向けてラフにだが綺麗にセットされた銀髪の下で蒼氷の瞳が細められ、整った面を不敵に染める。 と、今度はその面が喜色に彩られ、唇がにんまりと孤を描く。 隣でモップを運んでいた男子生徒に声をかける。 「ねぇ。アタシにも二本もらえないかしら?」 「――え? あ。どうぞ」 「ありがと。頑張って綺麗にしなくちゃね?」 にこりと微笑みかけたのも束の間。呆気にとられた生徒をそのままにニキータはいそいそと大掃除に来た目的に進んでいく。 「長曽禰少佐。お掃除するなら道具がなくっちゃ――それで、作業の合間に色々、お話なんか伺いたいわぁ」 とモップを差し出せば、長曽禰は困ったように笑い返した。 「――あぁ。すまん――しかし、お前さん……俺の話なんか面白いのか?」 「えぇ。とても楽しみなのよ」 (――うぅん。やっぱりいい男よねぇ) ニキータの目的。それは目の保養。掃除をしながらいい男を堪能することであった。 * * * 「え? オレも着るの?」 真面目に清掃に臨むパートナーには悪いが、あまり乗り気ではない世 羅儀(せい・らぎ)は顔を顰めた。 視線の先では叶 白竜(よう・ぱいろん)が黙々と自前のパワードスーツを身につけている。 「――重いし、返って動きが制限されると思うけどね」 「――――」 返事はない。始終で無言でいる白竜に促される格好で羅儀もパワードスーツに手を伸ばした。 数分後。 装着を終えた二人はモップやバケツを抱えて、常時であればイコンが並ぶ整備スペースに向う。 整備中のプラヴァー以外のイコンは格納スペースに移動してあった。 「プラヴァーに埃よけのビニールシートをかけてから作業をはじめる」 「そうだね。それがいい」 早速、作業にとりかかる。シートの端を持って、左右の足場にそれぞれ回り、パワードスーツの力を使って機体全体を覆うようにかけた。 (間接の動きが悪い? いや……細かい作業だからか。ふむ) 白竜がパワードスーツを来て清掃に参加しているのにはわけがあった。 人間の力を更に強化するスーツの力を力仕事や高所での作業に生かすというのが一つ。 もう一つは着用状態で様々な作業を行い、動作になれるとともに、その癖を知るため。 思ったような効果が得られそうだ。白竜は一人満足気に頷いた。 一方は羅儀は溜め息をついた。。 いちいち動作を確認しているところから察するに今回の清掃作業には何か訓練的かつ情報収集的なものを兼ねているのだろう。 (まったく……律儀というか、真面目というか……) ようやく納得がいったらしく立ち上がった白竜は次の行動を告げた。 「先に不要な廃材を片付ける」 「りょーかい」 二人が周囲に散らばる廃材を片付けていると隣のエリアでモップをかけている長曽禰と擦れ違った。 気付いた白竜は手を止めると姿勢を正し、敬礼をしてみせた。その敬礼には様々な想いが込められている。 以前――ある作戦で飛空挺をナラカの地表に激突させたことがあった。 長曽禰はその時の上官だ。白竜の立場で何を言えるわけでも、また長曽禰が何を言ったわけでもない。 だが、その時、長曽禰は白竜の行動を認めてくれた――そのことをとても有難いと思っている。 それを込めた敬礼だった。 隣で同じように例をとる羅儀はどんな想いだろうか。きっと同じだ。 「――お前……お前らは……叶と世か」 敬礼に足を止めると長曽禰は破顔した。 「はい。ご無沙汰してます。少佐! 少佐はお変わりありませんか?」 「あぁ。この通りな」 さっさと敬礼を崩した羅儀はきさくな調子で話しだす。白竜は姿勢を保ったままだ。 対照的な二人を見比べて長曽禰は苦笑する。何か言いかけたが、すぐに踵を返した。 「見送りの敬礼はいいぜ。叶。掃除に戻れ」 背中越しに空気が動くのを確かめると長曽禰は口を開いた。 「知ってるか? 俺たちメカニックはな、出てった奴が生きて帰ってくれるのが嬉しい。だから――気にするな」 手をひらひらと振りながら、去っていく背をに向って羅儀は呟く。 「……白竜もクセの強い扱い難いタイプだけど……長曽禰少佐ってそれ以上にクセがありそうだなあ……面白そうな上司だよね」 「――――」 気付けば白竜はまた敬礼の姿勢をとっていた。上官の背が見えなくなるまで、その手は解かれることはなかった。 * * * レリウス・アイゼンヴォルフ(れりうす・あいぜんう゛ぉるふ)の操る【小型飛空挺ヘリファルテ】がゆっくりと天井に向って上昇していく。 ホバリングさせた飛空挺自体を足場代わりに手の届き難い場所の汚れを掃ってしまおうというわけだ。 その後をバケツに雑巾、水切り、へらなどを積んだ台車を押しながら続くのはパートナーのハイラル・ヘイル(はいらる・へいる)。 レリウスの駆る【ヘリファルテ】は生憎と一人用で、二人並んで掃除というわけにはいかない。 その代わりに、落ちてくる埃を拭き取りながら、カビや錆などの細かい汚れを重点的に掃除していた。 周辺の拭き掃除を終えたハイラルは天井を見上げた。照明が少し眩しい。 パートナーは真剣な表情で、ハタキをかけ、雑巾で丹念に汚れを拭きとっていた。 整った美貌の青年がゴム手袋に包んだ両手にハタキと雑巾を握るというのはなかなかお目にかかれない絵柄だ。 (……やっぱ、こういう時と戦闘時のギャップはすげぇなぁ) 幼い頃から戦場にいたレリウスは平穏な日常とは縁遠い。 常に強くあるべきことを考えている。傭兵を辞め、教導団に身を寄せた今でもそれは変わらない。 冷静沈着な佇まいは一度戦場に出れば、冷酷無比なそれに取って代わる。 軍人であると同時に学生なのだ。もう少し、普通の日常を謳歌してもバチは当たらないだろうに。 (……学校の選択からしてアレだけどよ……) 「ハイラル!」 そんなことを考えていると足場から身を乗り出すパートナーが視界に飛び込んできた。 「――っと。どうした? どっかに気になる汚れでもあったか?」 「ええ。【ヘリファルテ】から右1時の方向に錆が」 「おいおい。ここは戦場じゃないぜ? レリウス」 「え? 分かりやすいと思ったのですが――」 いけまんせんか? と首を傾げる様にハイラルはやれやれと肩を竦める。 (レリウスはどこまで行っても、レリウス、か) 「ハイラル?」 「いいや。なんでもねぇ。右1時、だな。任せとけ」 「えぇ。お願いします」 今のこのやりとりはまだ遠い平和な日々への第一歩かもしれない。ここは戦場に近くとも、戦場ではないのだから。 ――シュゴゴゴゴ!! 長身を丸めてカビと格闘する背中の横を大型スチーム洗浄機が進む。 大きな二つのモップが蒸気を上げながら回転し、防腐剤配合の洗剤を溶いてある温水が床についた油汚れを浮かせていく。 舵を取る林田 樹(はやしだ・いつき)の左半歩横では緒方 章(おがた・あきら)が水切りで床の水分を拭き取り、タンクを抱えた新谷 衛(しんたに・まもる)が続く。 まわりでは林田 コタロー(はやしだ・こたろう)がぴょこぴょこ跳ね回って、飛び散った水滴を追いかけている。 今日はパートナー三人と連れ立っての大掃除である。 「んでさぁ――その、こたの助噂のそねっちゃんってどこにいんの?」 「こた、こたのすけじゃないれす!」 「それらしき姿はまだ見えないね。コタ君から色々と聞いてるから、せっかくだから挨拶くらいは」 大掃除ではなく“噂の長曽禰少佐”に会うことらしい。 「――お前達一体何をしにきたんだ!?」 眉間に皺を寄せる樹に二人はけろりと答えた。 「「掃除?」」 「どうして、そこで疑問系なんだ!?」 ここは教育的指導が必要だと無言で銃をリロードしようとした瞬間。 背後からのんびりとした声がした。 「今日はえらく大所帯だな。林田」 跳ねていたコタローが、そのままの勢いで声の主――長曽禰 広明(ながそね・ひろあき)に飛びついた。 「ながそにぇしゃ~ん!」 「――親爺殿!」 「大モテね。少佐」 「よせよ。そんなんじゃない」 「あら? 参加者が多いのは少佐の人柄の賜物だわ。うふふ」 (少佐以外にもイイ男が多いじゃない? ご馳走さまだわ) 小さな体を受け止めながら、よっと気さくに手を上げて応じる長曽禰の隣でニキータが楽しそうに笑った。 その視線は長曽禰から、章へと移り、また長曽禰へと戻る。満足そうだ。いろんな意味で。 何ともいえない――わかる者にしかわからない、ピンクのような紫のような熱を孕んだ空気を元気な声が切り裂いた。 「てくにょくりゃーとの、こーはいの、こた、おそーじにきたお!」 コタローだ。にじにじと“せんぱい”の腕から下りると愛用の鞄から一枚のディスクを取り出す。 「このぷろぐりゃむれ、めんてのむだ、はぶけるお。こた、やくにたってう?」 メンテナンスシステムのクリーンディスクを作ってきたらしい。 えへんと胸を張った後、かくんと小首を傾げたコタローの頭を大きな手が撫でた。 「ありがとな。後で試させてもらうよ」 えへへと嬉しそうに笑うコタローの後ろから、待ってましたと衛と章が顔を出した。 「へぇ――この人が剣とパワードスーツの専門家のそねっちゃん! いよぉろしくぅ!」 「初めてお目にかかります。長曽禰少佐。お噂はコタ君から――僕としては初めてという気がしないのですが」 「あ。こら!! お前達。掃除はどうした?! 親爺殿に迷惑をかけるなと――」 樹が銃に手をかける間さえ与えず、二人は我先にと話しかける。 結果――リーチに勝る章が先手を取った。 「あぁ!? こら!? あっきー、ずりぃぞ!?」 「刀剣類の話では右に出る方は居ないと伺いました。――家令向けの扱いやすい刀なんてものはありませんか?」 「家令向け?」 「えぇ。できれば長いものと脇差しで一揃え……」 章は言葉を止め、視線を動かす。長曽禰もつられる様にそれを追う。 その先には樹がいた。 ついでに長曽禰と話し込む気満々だった衛もいる。樹に耳を引っ張り上げられて見ているだけでも痛い。 「いっちー、ダメ。も、もげるから! わーかったからっ。大人しくタンク持つから、はーなーしーてー!!」 章の背筋を冷たいものが伝う。ゆっくり話をする時間は残されていないようだ。 「自分の身の丈に合ったものを選ぶのが一番だな。名刀である必要はない。 ……家令なら隠し持てる護身用のものなんかどうだ? お勧めだぞ」 簡潔に答えると長曽禰は章を促せば、樹が怒鳴り声を上げた。 「こらっ! アキラ! いつまで話をしているんだ! さっさと手伝え!」 「あ、い、樹ちゃん! やるやるすぐやる。すぐにやりますって!!」 頭を下げると章は駆け出しす。と、その後に続こうとしたコタローが、何かを思い出したのかピタと足を止めた。 「あとあと、おそーじおわったら、こたに、いろいろみせてほしーれす! うっとねー、ながそにぇしゃんのおへやとか――らってねーたんもあきも、ながそにぇしゃんとおないど……」 無邪気に投じられるのは爆弾だ。 主に樹のとっての。案の定、光の速さで話題の主が飛んできた。 「俺と林田が?」 「――コタロー! いい加減にしないか! 親爺殿が困っているだろう!」 「う?」 「まだ水を拭き取る箇所はあるぞ。“おにぎりしぼり”じゃなくて“ねじりしぼり”。出来るか?」 「あい! こた、いちにぇんせーらもん、ねじじしもり、れきるお! たかいとこの、ふきふき、まかせうれす!」 「親爺殿、失礼した」 「……あ。あぁ……じゃあ、また」 それは実に見事な軌道修正だったと、長曽禰は後に語った――か、どうかは定かではない。 |
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