リアクション
XX.シャンバラ教導団 あばよ! 今年のよごれ 「では―」 ――キキキキーッ!! 設置されたスピーカーから鋭峰の声がしたかと思えば、それに重なるように、急ブレーキの音がした。 マイクが声意外の音も拾ったのだろう。 すみませんとか、遅れましたとか、宇宙刑事帰還とかの声もする。 一拍の間と大きな咳払いの後、鋭峰の〆の挨拶が始まる。 「これをもって、大掃除を終了とする。ご苦労だった。皆のお陰で、今年も無事に大掃除を終了することができた。 本年もお汁粉を用意した。限りはあるが、大いに食べて疲れを取ってくれ。以上だ」 どこからともなく拍手が起こった。 大掃除本部の片隅にいつの間にかできあがっているのは仮設の救護所だ。 座って、簡単な治療を施しているのは九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)。 「あー。切り傷だな」 傷口を綺麗な布で拭って、溜まった血と汚れを取ってやる。縫うほどでもないが、浅くもない。 「血が止まるには少し時間がかかるかな。ちょっとしみるよ」 ガーゼを当てて、まず消毒。傷口にガーゼを当ててから、少しきつめにテーピングしてやる。 「何かに当たると痛むから、気をつけてね。はい、おしまい」 次の人ーと声をかけると、ずいと紙製のお椀が差し出された。 「え?」 顔上げた先には――長曾禰が立っていた。 「通り掛かったら、姿が見えたからな。こんなところまで、出張治療か?」 「あ……その、気付いたら、いつの間にか……」 何も最初から救護所を開こうと思ってきたわけではない。 お汁粉を手伝いに行った先で、怪我の治療をしただけなのだが――気付けばいつの間にか、こんなことになっていたのだ。 「ははは。なるほど。職業病ってやつか」 「もう一回はじめると駄目ですね。あと……消毒薬臭い手で料理するのもなーって」 空いた手を広げて、じっと見る。自分はすっかりなれてしまったが、この手には薬品の匂いが染み付いている。 その手に長曾禰の大きな手が重なった。大きさも、色も違う手のひらが鏡を挟んだように向かい合う。 「――――!?」 「俺と同じだな。俺の手は油で、お前さんは薬品か。まぁ、いいじゃないか。そういう奴がいても。 ま、無理はしないことだ。じゃ、お疲れさん。――またな」 それだけ言うと長曾禰はどこかに行ってしまった。 後姿を目で追いながら、ジェライザはお汁粉を口に運んだ。 「……甘い……凄く、甘い」 * * * 机を並べた配膳所では歌菜と羽純が並んで給仕に勤しむ。その隣には手伝いにきたルカルカたちの姿も見えた。 「お疲れ様でした。どんどん食べてくださいね」 「お汁粉以外にもいっぱいあるよ! きなこに醤油――あれれ? チョコはないの?」 机上にはゴルガイスの希望で紅鵡とグラキエスがついた昆布餅や豆餅が並ぶ。 「お茶がいれば言ってくれ。甘いものには緑茶が合う」 「中国茶もあるぞ」 「――では、金茶と。そうだな、豆餅をくれ」 「「「「団長!!」」」」 ふらりと現れたのは先刻まで壇上にいた鋭峰だ。 「今年は色々あって賑やかなことだな」 淵は団長室で振舞う予定だった金茶を手渡し、ダリルは自分とは同族で相棒である羽純を紹介する機会を得る。 丈二も兼ねてから気になってきた人物の消息を聞くことができた。 「――都築少佐は任務でここを離れている。戻るのは、まだ先だな。……さて、それでは俺は退散しよう。 茶と餅を馳走になったな。――来年もよろしく、な」 それだけ言うと鋭峰は、人ごみに消えて行った。 「いやー。作ってくれたみんな感謝! 美味しいな!」 ウォーレンはお汁粉に舌鼓をうつ。 寒い日の労働の後の暖かい一杯は至福だ。 「んじゃ、今日のお礼に一曲」 取り出した銀のハーモニカが緩やか曲を奏でだす。 「いい音色を聞きながら、一仕事終えた後の甘いものは格別だねぇ。はーあったまるー」 「あー幸せー」 今日のご褒美。明日の活力。幸せを堪能する瑠樹とマティエ。 「いやー。可愛い子とお汁粉食べれて俺、幸せだなー」 「……羽目は外さないでくれよ? 今日家の前で騒ぎ起こしたら、締め出すからね」 ほんわかオーラの隣にはアルフとエールヴァント。 特に購買部を一緒に清掃した仲と、女生徒たちに囲まれたアルフは労働が報われたとご満悦だ。 当然、そこにカオルと梅琳の姿はない。 お汁粉を食べ終えた護たちは帰路につく。 北斗と聖は食べれないので一足早く引き上げだ。勿論、レオンも一緒だ。 「結局、掃除に掛かりきりで聖と北斗のメンテナンスはできなかったね。 帰ったら、ピカピカにしてあげるね」 護の言葉に聖は破願する。一年の終わりに整備をしてもらうのは密かな楽しみだ。 その隣では、お汁粉を食べ終えたレオンが北斗の顔をまじまじと見ていた。 「どうしたんだ? レオン?」 「汚れてるぞ――ここ」 言い様、レオンは北斗の額に顔を寄せると息を吹きかけた。掃除でついたのだろうレンズの汚れを指で拭う。 護と聖を顔を合わせて見ない振り。 次の瞬間、ボンっと音が出そうなくらい北斗の顔が赤くなった。 グラウンド――賑やかな声の中心に垂はいた。 誰かを探して、視線が動かす。 けれど、探し人――任務でコンロンに留まっている騎凛セイカ――の姿はどこにもなかった。 (……やっぱり、戻ってきてないか……まぁ、仕方ないか) 「よし! 俺も汁粉食べるぞー!!」 気持ちを切り替えると、垂は友人達の元へ駆けて行った。 * * * 「回っていただきたい孤児院のリストはこちらです」 クレアが纏めた書類はフレデリカに渡す。 「あ。うん――去年と大体一緒だね」 その横では、プレゼント配達に協力をもし出た和輝と正悟、リュースが地図を見ながらルートと手分けする場所を検討している。 「このエリアが一番家が多いんです」 「それなら、このポイントまで全員行って、それから手分けするのがいいんじゃないですか?」 「あぁ。そうだな。配置も碁盤の目みたいだしな。番地を間違えないようにしないとな」 そこにお盆を持って美羽とコハクが顔をだす。未沙も一緒だ。 「や。久しぶり。フレデリカさん」 意味ありげに人差し指を唇に当てて見せれば、フレデリカは慌てふためく。 気付いたコハクがフォローするようにお汁粉を差し出せば、未沙は残念と悪戯っぽく舌を出して受け取った。 「じゃ、お先にお汁粉を頂きますか」 「美沙さん!!」 そうこうしている間に全員にお汁粉が行き渡る。 「いっただきーまーす!!」 「あ。フレデリカさん、大地、熱いですからね。火傷しないように、ふーふーして食べるんですよ」 「さー。腹拵えだよ! 今年のプレゼント配りも頑張ろうね。サンタちゃん!」 「はい!。食べ終わったら、出発しましょう!」 * * * 「あーいたいた! そねっちゃん!!」 イコン基地で、話をすることが出来なかった衛が人ごみの中に長曾禰を認めて飛んできた。 「お。林田んとこの?」 「衛だ! んで、そねっちゃん!! パワードスーツなんだけどさ――」 「それなら、俺も同席させていただいていいか?」 「私もご一緒させていただいてよろしいですか?」 近くでお汁粉を食べていたレリウス、そして、テレジアが声をかけてきた。 「あぁ。俺は構わんが――」 「んん? いや、オレ様、そねっちゃんの話が聞けるなら、なんでも」 「――だ、そうだ」 長曾禰を囲んで、突発的なパワードスーツ談義が始まった。 「どうやったら、体にしっくり馴染むもんかねぇ? なんかいい方法ない? そねっちゃん」 「そうですね。自分用にカスタマイズできれば、一番です」 「――悪いな。カスタマイズについては、今考えてる真っ最中だ。オレが教えて欲しいくらいだよ。 まぁ、今言えるのは、まめにメンテナスしてやること。それくらいだ」 矢継ぎ早の質問に長曾禰は肩を竦める。天才、第一人者と言われる男も、まだ道の途中らしい。 「そっかー。あっきーのお古だけと大事にすっかー。いや、オレ様、ちゃんと大事にしてんよ」 「武器や自分の技と同じですね。――心します」 衛とレリウスがそれぞれにパートナーの元に返るのを見送るとテレジアは敬一と長曾禰に向き直る。 二人の顔を交互に見つめて、万感の思いをこめて敬礼した。 「長曾禰少佐。三船少尉――いえ、敬一先輩。二ヶ月間御世話になりました。此処で培ったことを胸に天御柱学院に戻っても、 向上心を忘れずに頑張っていきたいと思います」 「…テレジア…」 「短い間でしたが、ご指導、ありがとうございました」 「あぁ。お前はいい、研修生だったよ」 「テレジア――あぁ。お前のような後輩を持てて、礼を言うのは俺の方だ。一生の別れじゃないんだ」 長曾禰と敬一は去り行く後輩を贈る言葉に添えて見事な敬礼を返した。 「また、会う日を楽しみにしてるぜ」 「はい。敬一先輩」 * * * 「あ。いたいた! なななさん」 紅鵡は探していたなななの姿を見つけると駆け寄った。手にはお汁粉のお椀がある。 教導団の生徒たちにお汁粉を配って回っていたのだ。なななたちが最後だ。 「お帰りなさい。小学校のお掃除お疲れ様でした――お汁粉作って待ってたんだけど……お餅が」 なくなったのだとしょげると、なななは風呂敷包みを差し出す。 そこにはレティシア謹製の丸餅がどっさり入っていた。 ようやく、時間――もとい落ち着いて話ができる状態に巡り会えた。 お汁粉をすすっている今なら、きっとどこかに駆け出していくことはないだろう。 「――ななな」 意を決して名前を呼べば、あんこを口の端につけたなななが顔を上げた。 口の端に手を伸ばそうとしたシャウラだが、手の代わりに口を出す。 背後の視線――ユーシスが「セクハラ禁止」と訴えたのもあるが、なんとなく、なんとなく手は出せなかった。 「あんこ、ついてるぞ? 口んトコ」 「え? あ、ホント? ところで呼んだよね? 何かな?」 「あ……いや。できたらさー、そのなななの携帯に俺も加えてくれないか。友達として、さ」 「なーに言ってるの。ゼーさん。なななとぜーさんはもう友達じゃない」 告げられた言葉に、シャウラは思わず心の中でガッツポーズをとった。 * * * グラウンドの一角が何やら騒がしい。 「ちょ、悪いけど、のいてやー」 脱兎の勢いで人波を縫うように走るのは泰輔とパートナー達だ。 「だから、早く着替えなよって言ったんだよ!! 僕は」 「そんなん、今更や〜。あかん!! もう来よった」 「泰輔さん、フランツ! こちらです!!」 その後ろから鬼の形相で迫るのは――メイド服姿のメルヴィアである。その度、スカートのフリルがひらひら揺れる。 「待て!! そこの糸目!! 貴様、いつからうちの生徒になった!? 何の企みだ!?」 「大掃除や――但し、心や。てゆか、メルヴィアさん、そのカッコよう似合うとるで」 「黙れ!!」 賑やかな追いかけごっこは――結局、泰輔の逃げ切りで幕を閉じた。 この騒ぎの裏で学生寮前に顕仁が《召喚》されたことを、メルヴィアは知らない。 * * * 入口に立つガードロボには、誰がつけたのか小さなお飾りが飾られていた。 掃除の終わった教室はどこも、整然として、空気もいつもり澄んでいるような気さえする。 作業を終えた者達は、一人、二人と岐路につく。 日が落ちて、今年がゆっくりと暮れていく。 人で溢れ返っていたグラウンドは今は静かだ。 廃棄物集積所の前では、沙と鉄心が残ったゴミを仕分けしている。 そこには小次郎が運んできた没収品もあった。 綺麗にダンボールに詰め込まれたそれを、古本屋にでも送れば、ちょっとした小遣いにはなるだろう。 「お願いですぅぅ」 「後生ですからぁぁ」 「それないと、俺、俺っ」 「「「返してください〜」」」 泣いて縋る生徒達を前に小次郎は「どうしましょうかねぇ」と意地悪く顎をさする。 年末時代劇でお馴染みの悪代官と農民の図のようだ。 「――ま。捨てたり、売ったりはしませんよ――卒業する時まで保管しておきます」 「「「「そんなぁぁぁぁ!! 鬼! 悪魔!」」」」 「なんとでも。そんなに大事なら、こうやって肌身離さず持っていればいいんですよ」 と、小次郎は懐から一枚のディスクを取り出して会心の笑みを浮かべた――の束の間。 横合いから伸びてきた細い指が、小次郎の手からディスクを奪った。 「――メ、メルヴィア大尉!?」 「――これは、何だ? 戦部」 奪われたそれのパッケージでは銀髪のグラマスな女性が悩ましげな視線を送っている。 「没収だ!!」 「そ、それだけはっ!! それだけはご勘弁を!!」 「えぇい! うるさい!!」 立場が一変した。生徒に混じって、小次郎はメルヴィアに縋りつく。 ひっしとしがみ付く小次郎を引き剥がそうとメルヴィアが暴れる。しまいには手ではなく足で蹴り飛ばす。 これではお代官さまではなく、貫一・お宮だ。 上げる憐れっぽい声音とは裏腹に小次郎はどこか幸せそうだった。 * * * 「使い捨ての容器で良かったね。一から洗うのは大変だし」 「あぁ。効率的でいい。鍋は焦げ付きが酷いから、一晩水につけておいた方がいいとのことだ」 「了解」 振る舞い、お汁粉の片付けをしているのはクローラとセリオスだ。 食に関わる後始末は食堂の清掃に含まれるということらしい。 その隣では、小暮と永谷が余った餅を片付けている。その殆どはヒラニプラ第三小学校から届けられたものだ。 「……永谷殿の実家の雑煮はどうでした? 自分の家はすまし仕立てで鶏が入るのですが」 「俺の家もすまし仕立てだ。焼いたブリと藻貝を入れる……懐かしいな」 「えぇ。よければ、年始はこの餅を拝借して雑煮を食べませんか? 食堂掃除のメンバーで」 突然の思いがけない申し出に永谷は笑顔で答えた。 * * * 巨大なシャッターの閉まる大きな音がした。 イコン基地の扉の前には白竜と羅儀の姿がある。二人で残って最後の片付けをしていたのだ。 「あー。肩凝った! 白竜は涼しい顔だよねぇ」 パワードスーツをつけての作業で固まっていた体を解すように羅儀が伸びをした。 すっとその目の前に煙草が差し出される。 誘われるように口でそれを受け取ると、羅儀も懐から同じものを取り出し、白竜に差し出した。 ――カチ 小さな灯が点り、紫煙がゆっくりと立ち昇る。 「――俺たちの口には甘いものより、こっちか」 「―あぁ。そうだな」 * * * 小次郎を振り切ったメルヴィアは学生寮の入口で運命的な出会いを果たしていた。 目の前にはあるのは、一抱えもあろうかというクマのぬいぐるみ。 封筒の表書きには「FOR メルヴィア」の文字。 中にはリボンと簡単な手紙―― この子に素敵な名前をつけて、リボンを結んであげてください。 それがこの子の生まれた日になります。 お詫びを兼ねて―― 脳裏に蘇るのは糸目のしまりのない、緩んだ笑顔だ。 「――あいつっ――」 ぐしゃりと手紙を握りつぶしたメルヴィアは少し悩んだ末にクマに手を伸ばした。 何も知らないつぶらな瞳に自分が映りこむ。 「……掃除は終わった。これは――来年まで持ち越しだ……」 シャンシャンシャン どこかで鈴の音がする。 星空を横切るあれはサンタクロースの孫娘とその友人たちだろうか。 この後に聞こえるのは、きっと色々あった今年を送る鐘の音。 新しい年はもうそこまで―― 担当マスターより▼担当マスター 竜田大輔 ▼マスターコメント
大変お待たせしました。 |
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