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春を寿ぐ宴と祭 ~葦原城の夜は更け行く~

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春を寿ぐ宴と祭 ~葦原城の夜は更け行く~

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 続けて舞台に上がった柳玄 氷藍(りゅうげん・ひょうらん)須佐之男 命(すさのをの・みこと)は、舞台に膝を突くと、静かに頭を下げた。

「「新たなる年の節目を祝いて」」

 氷藍と須佐之男の声に、未だ興奮冷めやらなかった群衆たちが、潮が引く用に静かになる。

「我、柳玄氷藍。鳴弦の儀にて、魔を払い参らせたく――」
「我、須佐之男。我が猛き威(たか)き名持ちて、災いを除き参らせたく――」

「「葦原の國魂(くにたま)、國民(くにたみ)、共に幸多からん事を願いて」」

 氷藍の凛とした高い声が響き、そこに須佐之男の地を揺るがすような低い声が重なる。
 氷藍の【幸せの歌】と須佐之男の【驚きの歌】が一つとなって、幽玄にして荘厳な旋律が生まれた。

 ゆっくりと、歌い続ける2人。
 同じ主題を、微妙に調子を変えながら、幾度も歌い重ねる。

 須佐之男は、不意に誰かの視線を感じ、目だけでそちらを見た。
 見覚えのある女性が、自分たちに合わせるように、歌を口ずさんでいる。
 天禰 薫(あまね・かおる)だ。

 薫は、初めの内こそじっと耳を傾けていただけだったが、いつしか2人に合わせるように、歌を口ずさんでいた。
 自分の声が2人の歌と重なるにつれて、胸の痛みが和らいでいくのに気づき、薫の顔に自然と笑みが浮かんだ。
 その薫の様子に須佐之男は、ふっと目を細める。

 やがて2人は、ゆっくりと立ち上がった。

 氷藍は、手にした【鬼払いの弓】を高く構えると、弓の弦を高く打ち鳴らし、目に見えぬ魔を撃つ。
 須佐之男は、【天叢雲・翔破】を振り、未だ形を為さぬ災いの元を断つ。


(あう……。母上、綺麗だなぁ……)

 不測の事態に備えて、《ディテクトエビル》で周囲を警戒していたはずの真田 大助(さなだ・たいすけ)も、ついつい氷藍に見蕩れてがちになる。

(ハッ!い、いけないいけない!警備警備――と)

 はたと我に返り、気を引き締める大助。
 その視界の端に、腕を組んだまま微動だにしない徳川 家康(とくがわ・いえやす)が見えた。
 氷藍たちの舞に目を向けたまま、厳しい顔をしている。



 家康は、奉納舞に目をやりながら、昨日五十鈴宮 円華(いすずのみや・まどか)と交わした会話を、思い出していた。

「――円華、と言ったな。『二つのモノを結ぶ力』を持つという、御主に問いたいことがある」

 静かな口調とは裏腹に、家康の瞳には厳しい光が宿っている。

「葦原と四州。この2つの結びつきは、一体どうなると考える?儂も少なからずその手の心得はあるが、一つ、御主の考えを聞いてみたい」
「葦原島と、四州島……ですか?そうですね――」

 ひとしきり考えた後、円華は口を開く。

「わかりません」
「――わからない?」

 呆気に取られる家康に、円華はそう明快に言った。

「ハイ。私は予言者ではありませんし、2つの島の関係を予想するには、わからないコトが多過ぎます。ただ――」
「ただ?」
「四州の方々は、ご自分たちから進んで、葦原との繋がりを求めていらっしゃいました。であれば、私はその『想い』を信じます」
「『想い』を信じる――?」
「はい。四州の方々の想いが、一人でも多くの人に幸せをもたらしてくれる――。私はそう信じていますし、またそうなるように、出来る限りの事をするつもりです。これじゃ、答えにならないでしょうか?」

 家康の視線を真正面から受け止める円華。
 ややあって、家康の口元に笑みが浮かぶ。

「いや――充分だ。つまらぬ事を聞いたな」
「いえ、そんな――」
「良いのだ。どうも、年を取ると結論を急ぎすぎていかん。確かに、御主の言う通りだ。わしに出来る事があれば言ってくれ。力になろう」
「は、ハイ!有難うございます!」

 円華は、花が咲いたような笑顔を浮かべた。


 歌と舞、声と音とが絡み合い、氷藍と須佐之男の魂が、共鳴を始める。
 やがて、極限まで高まった2人の霊力は、渦を成し竜巻となって、高く天へと昇っていく。

(現状では穏やかな関係は見込めぬ。そういうつもりであったが……。せめてこの舞が、幾許かでも幸いをもたらしてくれればのう――)

 高い空を見上げながら、家康はそう願わずにはいられなかった。


「二人共、スゴイ舞だったね!」
「須佐之男さん。カッコよかったのだ」

 舞台から降りて来た氷藍と須佐之男を、大助と薫が出迎える。

「須佐之男が、しっかり務めてくれたからな」
「――やると決まったからには全力を尽くす。それだけだ」

 ぶっきらぼうに答える須佐之男。

「須佐之男さん、照れくさそうにしているの、我、わかったのだ」
「なっ――!」

 突然の薫の言葉に、動揺する須佐之男。

「我も、歌っているのを見られて、照れくさかった」
「これで結構シャイなのだよ、須佐之男は」
「だ、誰が――」
「須佐之男さん、氷藍さん」

 今にも言い争いになりそうな2人の手を、薫がスッと握る。

「二人共、ありがとう」

「あ、あぁ……」
「礼には及ばん」

 空に残っていた力の渦の、最後の切れ端が、風に吹かれて消えた。