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リアクション
第4章 答えと応え 1
たどり着くと、予想通りと言うべきか――そこでビッグベアの群れと戦っていたのは、巣のトップを探すために分かれた仲間たちだった。
そして彼らが戦っている群れの中にいるひときわ体のでかいビッグベアは、その顔に巨大な傷跡を負っている。並のビッグベアなど比にならないオーラを発しているその巨熊が巣全体のトップだと気づくのは、そう時間が必要なことではなかった。
「真人! 手伝うわ!」
「リーズさん!」
獣人娘が剣をかまえて飛び込むと、彼女に気づいた御凪 真人(みなぎ・まこと)がそれに応じた。サンダーブラストと天のいかずちと、雷撃系を主にした魔法攻撃を放っていた知的な雰囲気の若者は、ようやく仲間と合流できたことに顔をほころばせた。
「助かります!」
「ごめんなさい、遅れて」
「リーズ、遅い!」
戦闘に加わった獣人娘に怒声を放ったのは真人のパートナーのセルファ・オルドリン(せるふぁ・おるどりん)だった。つい最近、真人と恋人同士になったというこのヴァルキリーはしかし、別に真人と親しげに話すリーズに嫉妬して怒っているわけではない。
「ご、ごめんってばっ! で、どうしてるの?」
戦いの気で荒ぶっているセルファにフォローの言葉をかけて、リーズは戦況を訊いた。
「真人は後方から魔法攻撃。あたしはそのための隙を作るために相手の動きを止めようとしてるんだけど……うひゃあっ!」
虫にでも這われたような悲鳴をあげたのは、事実そうしたことが起きたからではない。彼女の戦うビッグベアのトップが、巨大な爪を振り回してきたのだ。
「ま、まあ、見てのとおり、あまり上手くいってない」
間一髪でその巨爪を避けたセルファは、冷や汗を流しながら不満げに付け加える。どうやら、やはり巣の長ということもあって、一筋縄ではいかないようだった。
「厳しい戦闘になりそうね……ねえ、ところで……あっちの人は誰?」
苦戦する仲間たちを見ながら眉をひそめた獣人娘は、先に片付けておかなくてはならない懸念事項があるようだった。それは、仲間たちとは反対側で戦っている金髪獣人の一行のことである。
ちらほらと見たことがある人影もあるが、筆頭というか、それを率いる金髪獣人の青年ははじめて見る顔だった。いったい、あれは誰?
「あれは……」
思わず声を洩らしたのは、リーズの横にいたルカルカ・ルー(るかるか・るー)だった。
「知ってるの、ルカ?」
当然、獣人娘の疑問の行く先は彼女へと動く。矛先が向いたことで、いつもは楽観的に笑っていることが多い印象の教導団娘は、慌てふためいた。
「あ、いや……えーと、その……」
「同じ依頼を受諾した冒険者仲間だろう。どうやら真人たちと一緒に戦っているようだし、ここは共闘してるんじゃないか? 冒険者同士は顔を見合わせることも多い。どうせルカも、どっかで見たことがあるんじゃないか?」
しどろもどろになるルカの後ろから付け加えるように台詞を足したのは、彼女のパートナーであるダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)だった。一見、自然な流れで入ってきたように思えるが、どこかごまかすような台詞にも聞こえる。
「そ、そうそう! そんな感じ! だから、特にそんな、知り合いとか、友達ー! とか、そんなわけじゃないのよ!」
だから、天真爛漫娘がそんなことを言ったとて、リーズにはどうも納得いく説明とは思えなかった。
しかし――
「と、とにかく、ダリルの言うとおりいまは共闘! でしょ? いくわよ、リーズ!」
「なーんかごまかされてる気がするなぁ」
ルカの言うとおり、いまはそんなことを気にしている場合ではなかった。
ビッグベアの攻撃は地をえぐるだけではなく、その風圧でリーズたちを吹き飛ばす。一回転して降り立ったそこでリーズは、いまや髪が伸び、顔つきがよりいっそう悪人じみたてきた若者――エヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)と邂逅した。
「随分久々だな。変わりないようでなによりだ」
「そっちは……またえらく厳つく変わったわね」
「ほっとけ。進化だ進化」
なにやら失われた異世界技術で機晶石と融合し、『イヴォルヴァー』なる存在に生まれ変わったらしいが、事情を知らぬリーズからすれば、どう聞いても妄想にしか聞こえなかった。だがそれを指摘する必要もあるまい。実力は戦いで見せてもらえばいいものだ。
「去年の今頃、どこぞの武闘大会で活躍したそうだが……バレンタインじゃなきゃ俺も出れたものを。残念だな」
「どゆこと?」
「いや、こっちの話だ。それより、ついてこれるか?」
「誰に言ってるのよ誰に。そっちこそ、遅れないでよ」
軽口を飛ばすように尋ねてきた超進化人類に対して、リーズは不敵に笑ってみせる。
「よし……どれくらい強くなったか、見せてもらおうか!」
瞬間、二人は地を蹴って同じビッグベアに切り込んでいた。
むろん、巨熊もその動きに反応しないわけではない。反射的に振りかぶられ、エヴァルトの肉体に沈む一撃――ランスの厚みと二つの盾、さらに龍鱗化した肉体は、そう簡単に破られはしなかった。
間髪入れず、顎を貫くエヴァルトの掌。体勢を入れ替えた彼が続けざまに叩きこんだのは、眉間を陥没させる膝の一撃だった。
自称『超進化人類』の実力はあの時に劣らぬどころか、進歩している。あながち『イヴォルヴァー』なる存在も眉唾ではないかもしれないかもしれない。
「って、なにやってるのよ、サオリ!」
巨熊の体躯を斬りつけながらエヴァルトを見やっていたリーズの視界に映ったのは、崩れてくる瓦礫から逃げ惑うサオリ・ナガオ(さおり・ながお)だった。
とっさにリーズは、慌てふためく箱入り娘を脇に抱えて飛び退く。最前までサオリがいた場所に、瓦礫がズンと落ちてきた。
「はうう……や、やっぱり巨大熊は怖いですぅ」
「だったら袖で隠れてなさいよ!」
思わず強めに言い放つリーズ。だが、いかにも人形めいた繊細な少女は、予想に反して気丈な瞳で獣人娘を見上げた。
「で、でも、リーズだって頑張ってるんだから、わたくしも頑張らないと……」
「別にそこで張り合わなくたって……」
「張り合ってるつもりじゃないですけど……でも、わたくしだって、一緒に戦いたいんです。みんなと、一緒に……みんなの役に……」
サオリはぎゅっと、装備している小型列車砲を抱きしめた。
どう考えてもサオリが戦うのはムリがありそうだったが、その瞳に宿る意思を遮るほど、獣人娘は冷たくもなれなかった。いろいろ思うところはあるが、ごちゃまぜになってきた頭の中をかきむしる。
「ああ、もう! 分かった! じゃあ、バックアップをお願いね! でも、絶対に最前線に出てきちゃだめよ!」
「は、はい!」
後方には真人たちもいる。恐らくそこなら、まだ安全だろう。
それにしても、まるで集落で魔獣に挑んだときの自分みたいだ。
獣人娘は輝く顔で武器をかまえるサオリを後方に案内して、自分は再び最前線へ飛び込んでいった。
巨熊たちの頂点と戦うのは他に任せておくとして、周りを囲むビッグベアたちが邪魔で仕方なかった。
どこかやる気なさげにも見える痩身の青年は、あくびを噛み締めるような雰囲気で魔装たるマフラーと脚甲の具合を確かめる。どこも異常はないと知り、氷蒼白蓮――雪だるま王国秘蔵の盾を精錬し直した、浮遊する三櫃の棺を目の前にかまえた。
彼らにしても、おそらくここに移住してきたのには何らかの理由があるのだろう。だが、だからといって、それを容認するつもりはない。悪いが、あくまで自分は人間なのだ。だから、ヒトを護る為に、ヒト以外を殺すことを躊躇わない。手段を間違えてでも、成し遂げなくちゃならないことはある――
「ま、いっちょ盛大に間違うとしますか」
「全く、何をシリアスめいた事を言ってるのやら」
決意にも似たことをつぶやいた日比谷 皐月(ひびや・さつき)に対して、小馬鹿にするように応じたのは彼のパートナーである雨宮 七日(あめみや・なのか)だった。
呆れた視線を投じる守護天使は、溜息をひとつついた。
「知性の欠片も見当たらないような動物たちです、別段気にかける必要など無いでしょうに……それよりも、きっちり殲滅出来るよう努めてくださいよ」
「わぁってるって」
軽い返事を返すも、その動きは俊敏だった。
ビッグベアの攻撃を浮遊する氷蒼白蓮で見事に受け流すと、その勢いを消さぬまま魔装カランコエ――失われた腕の代わりに自由に動く紅いマフラーで敵をぶん殴る。次々と叩き飛ばされたビッグベアは、やがて一カ所に固められてきた。
刹那――そこに飛び込んできたのは破砕の光だった。随意操作可能な8つの天輪型魔法陣から放射される光条が、ビッグベアたちを貫いていく。頭上に天輪、背部に疑似光翼を背負った守護天使の姿は、まさしく天使と呼ぶにふさわしかった。
ただし、“破壊”の――であるが。
殲滅が終わりを告げるまで、皐月はそのまぶしさから顔を覆いつつ、七日の姿を見ないようにしていた。
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