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    ★    ★    ★
 
「まったくなんだか外が騒がしいわね。ラブもどこに行ってしまったのか分からないままだし……」
 イルミンスールくんだりまでやってきたのに、はた迷惑なことだと高天原 鈿女(たかまがはら・うずめ)が軽く眼鏡をあげながら言った。
「いいんじゃないのかな。今日は、世界樹で夢が叶う日だと聞いていたし。誰かが、何かを夢見ているのだろう」
 それが悪夢だとは欠片も思わないコア・ハーティオン(こあ・はーてぃおん)が、高天原鈿女に言った。
「夢を叶えるって……。そんなことのために、イルミンくんだりまでやってきたというの。いったい、あなたは何を叶えるつもりだったのよ」
 ちょっと呆れながら、高天原鈿女がコア・ハーティオンに訊ねた。実際、コア・ハーティオンは思いっきり鷽のことを勘違いしているわけではあるが……。
「いや、何……。私は、今まで鈿女を始めとする開発者や研究者たちに、自分がロボットであると説明されてきたのだが、本当にそうなのであろうかと思ったのだ。考えてもみたまえ、機晶姫ならばいざ知らず、地球人であるはずの私が、なぜロボットであるのだ。地球の遺跡から発見されたロストテクノロジーの産物だと説明されていたが、無茶設定ではないのか? まだ、実は機晶姫でしたと言われた方が納得もできるのだが。とにかく、私には自分がロボットであるという記憶がないのだ。実は、私は人間で、ロボットだと錯覚しているだけではないのだろうか。いや、そうに違いない」
「それはないわね」
 あっさりと、高天原鈿女がそれを否定した。
「だが、私は水中に長時間沈んでいると、活動停止してしまうではないか。これは、溺れているのではないのか?」
「それは、防水加工してないからよ」
「ならば、熱に弱い。熱ければ、活動停止してしまう、これは、火傷ではないのか?」
「熱暴走に決まっているじゃない」
「ならば、雪の上に立つと、自分の重さで埋まってしまう。機晶姫なら浮かびもするだろうが、沈むと言うことは人間であると言うことなのであろう」
「限度という物があるわよ。あなたの自重は、遙かに人間より重いんだから、より深く沈んだって不思議じゃないわ」
「ならば、私は物を覚え、データベースに記憶することができる。これこそ、人間である証しであろう」
「人間は脳に記憶するの。データベースとはちょっとだけ違うわね」
「ならば、関節はどうだ。ロボットに、わざわざ人間と同じ位置の関節を作ることはありえないだろう」
「地球の、特に日本のロボットは、最終的には完全な人形になると決まっているの。それこそ、関節一つとっても、同じ位置にないと技術屋は納得しないものなのよ」
「この胸のハートクリスタルも実はただのアクセサリーで、外してもなんともないと言えるのではないだろうか」
「外せば分かると思うけれど、外してみる?」
 高天原鈿女が、一つ一つコア・ハーティオンの希望をことごとく握り潰していった。
「まったく、なんなら、ハーティオン大百科の内部透視図とか見せてあげましょうか? あなたは、誰がなんと言っても完全なロボットなのよ。いい? そうね、なんでそんなことを考え始めたか、ネジの一本まで分解して調べてみましょう。さあ、ちょっとこっちにきなさい」
「ネジの一本……。いや、ちょっと待って……。きっと私にだって中の人が……!!」
「ゆる族じゃないんだから、中の人などいない!」
 ほとんど禅問答のような、それでいて意味のない不毛な会話を終えると、高天原鈿女がコア・ハーティオンを引きずっていった。
 それを、物陰から鷽がじっと見送っていた。
 はたして、コア・ハーティオンは本当に人間なのか。それとも100%ロボットなのか。はたまた、ユビキタスの産物なのか。ヒューマノイド? アンドロイド? まさかの中の人がいるのか。実は祖先が機晶姫なのか。あるいは、この世界そのものが、コア・ハーティオンの見ている夢なのか……。
 
    ★    ★    ★
 
 そして、ここに自分の存在を模索する男がもう一人……。
 こちらも、日本海の底にあった遺跡から発掘されたロボットの、マグナ・ジ・アース(まぐな・じあーす)である。
 彼もまた悩んでいた。
 彼はまた、イコンでもあるのだ。
 ちゃんと巨大化してパワード・マグナになることができる。もっとも、その巨大化する瞬間の記憶はいつも途切れていて、気がつくと自らの身体の中のコックピットに座っているのだが。多分、これはイメージ映像なのだろう。
「まあ、それはいいとして……」
 華麗に問題点をスルーして、マグナ・ジ・アースが考え込んだ。
「俺自身は二人乗りのはずなのだが、そうすると、もう一人のサブパイロットはどこに乗っているのだろうか……」
「何を悩んでいるのよ?」
 悩む男、マグナ・ジ・アースの様子を見て、リーシャ・メテオホルン(りーしゃ・めておほるん)が訊ねた。
「いや、イコン化した私のどこに、もう一人のパイロットが乗っているのだろうかと考えたら、夜も眠れなくなってしまって……」
 イコンなのに夜も眠れないというのもまた不思議な話である。
「それは……。ふふ、教えてあげない。自分で見つけるのが一番でしょうね」
 リーシャ・メテオホルンは、マグナ・ジ・アースの胸のクリスタルから現れたと言うことになっている。剣の花嫁なので、無から作りだされたというのだが……。本来の剣の花嫁は、ちゃんとした血肉を持った人工生命体だ。さすがに、鉱物結晶体に自由に出入りするなどと言うことはできないはずだ。
「それで……、おや、リーシャ、どこに行ったんですか?」
 突然姿の消えたリーシャ・メテオホルンを探して、マグナ・ジ・アースが周囲を見回した。
『――ふふふ。やっぱり、マグナは、まったく気づいていないのね。イコンのときは私があなたの中に乗っていると言うことに』
 マグナ・ジ・アースの胸の真っ赤なクリスタルの中で、リーシャ・メテオホルンが笑った。
『――ちょっと、悪戯してみようかな』
 悪戯っぽく、リーシャ・メテオホルンが軽く右腕をあげた。
「ああ、なぜか急に右手を挙げたくなって……。いったい、どうしたというのだろうか」
 なんだか無意識に身体が動き始めて、マグナ・ジ・アースが戸惑った。
「ああ、なんで急に踊りたくなって……」
 あっ、ほいほいと、マグナ・ジ・アースが奇妙な踊りを踊りだす。
「はいはい、もうちょっとだからね。きっちりと分解できますからね」
 そのそばを、高天原鈿女がコア・ハーティオンを引きずって通りすぎる。
 何か、言いようのない親近感をいだきつつも、踊りをやめられないマグナ・ジ・アースが、うっかりとコア・ハーティオンたちの後をついてきていた鷽を踏みつぶしてしまった。
「うそですぅ!」
 いきなり潰されてしまった仲間の姿に驚いて、マグナ・ジ・アースのクリスタルの中に隠れていた鷽が、あわてて逃げだしていった。マグナ・ジ・アースの胸のクリスタルの色が、元のクリアブルーに戻る。
「きゃあ!」
 そのとたん、中に入っていたリーシャ・メテオホルンが勢いよく吐き出されて、通路の壁に頭から激突した。反動で、マグナ・ジ・アースも後ろへと吹っ飛んで気を失った。