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リアクション
1. 出撃前奏曲 〜 野盗を誘き出す簡単なお仕事 〜
「これでいいわ。あとは――」
小型飛空艇オイレで馬車の荷台に乗り入れた雅羅はそのまま、御者台に滑り込んだ。
隣には既に厳めしい顔のゴルガイス・アラバンディット(ごるがいす・あらばんでぃっと)が座っている。
つい先刻まで何事か言葉を交わしていた赤毛のパートナーの姿はすでにない。
「あら? ゴルガイス。グラキエスは一緒じゃないの?」
てっきり一緒に作戦に参加するものとばかり思っていた雅羅は首を傾げる。
「…………」
「ゴルガイス?」
返事はない。
以前、ドラゴニュートは険しい表情のまま――そもそも元々が強面に近い種族なのだが。
その表情が自分たちと同じように豊かなのを知ってはいるが、黙って遠くを見つめる横顔には雅羅の知る感情は見出せない。
困ったように雅羅はもう一度、その名を呼んだ。
「ゴルガイスってば」
「――っ、あぁ。雅羅殿だったか。すまん――準備が整ったのか?」
先ほどの問いかけは耳に入っていなかったらしい。
聞いたつもりが聞き返されて雅羅は曖昧に笑って答える。
「私はね。和輝の仕上げがもう少しで終わるかな」
「そうか――他の者はもう配置についたか……」
「うん。セイニィたちはちょっと前に出たし、ルカルカたちも――ほら、今……あれ?」
指さす先には金剛石の名の如く強く美しい体を持つレッサーダイヤモンドドラゴンが今、正に上空に向かって飛び立とうとしているところだった。
そして、それよりも先に遥か空へと昇っていく漆黒の翼があった。
ダークブレードドラゴンだ。その背には当然、主人である赤毛の青年の姿がある。
「――グラキエス? 今回は別行動なの?」
「――あぁ。グラキエスの――希望でな。上空からボスを警戒するそうだ」
驚いたと言わんばかりに目を瞬かせれば、隣から小さく返事が返ってきた。
「我は貴公に同行し、地上の敵に備える。存分に囮として働かれよ」
何か押し殺したかのような動かない竜人の表情から、雅羅は結局何も見出すことはできなかった。
* * *
一方――隣の荷馬車では佐野 和輝(さの・かずき)が通信端末を弄っていた。
作戦に参加する者全ての通信端末を繋ぐ――曰く“データリンクシステム”の構築作業中だ。
今回の作戦は連携が要。
そう考えて、レティーシアに頼んで必要な数の端末を用意してもらったのである。
かなりの数になったが、それを短時間で用意できるのは、さすがクロスカ家。ひいてはツァンダ家といったところか。
「全端末リンク完了、全回線オープン――こちら、陽動部隊の佐野だ」
ホログラムのエンターキーを叩き、和輝は全員に向かって口を開けば、オープンにした回線から次々に返答が返ってくる。
「通信テストオールクリア――いつでも、出発してくれ」
その言葉を受けて、雅羅が出発の声を上げる。
「わかったわ。それじゃあ、出発よ!」
鞭がしなり、馬が嘶く。
一台、また一台と滑るにように走り出す。いよいよ作戦開始だ。
「――次は僕の番だね。通信にちょっと細工させてもらうよ」
走り出した雅羅の操る馬車。
その荷車にオイレと共に乗り込んだ志方 綾乃(しかた・あやの)とマール・レギンレイヴ(まーる・れぎんれいぶ)だ。
幌が日の光を遮る荷台に通信端末のディスプレイの薄い緑色が揺らめく。
マールがキーを操ると高速でプログラムが読み込まれていく。
「……ロード……セットアップ……こちらのチャンネルと回線を確保……」
ぶつぶつと何事かを呟きながら、まるで別の生き物のように両の指が動く。
綾乃はただ成り行きを見守るだけ。盾となり剣となる綾乃の出番はまだ少し先だ。
と、画面を走る文字が止まり、“COMPLETE”の文字が明滅する。
「……できた……これで、野盗の通信だけ妨害できる、はず」
ふーと息を吐きながら、マールは肩の力を抜く。
「大丈夫です。荷馬車もあなたの努力も守ってみせます」
綾乃は祈るように、念じるように胸の前で指を組む。
――キィィン
清んだ音が響き、綾乃を中心に周囲の空気が変わった。《絶対領域》が展開れされたのだ。
「今できることはしました。――万に一つ破れられれば――その時はその時です」
志方ありません――そう、いつもの言葉を呟くと綾乃は愛剣を抱え直した。
* * *
――陽動に加わると? いかん、危険だ!! 今のお前はッ……
脳裏に浮かぶ険しい顔と怒声。
彼――ゴルガイスはあの後、自分に何と言うつもりだったのだろう。
ダークブレードドラゴンに身を預け、荷馬車のはるか上空を行くグラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)は堪らず目を伏せた。
自分の知る竜人のそれはいつも、どこか不機嫌でぎこちない。
いや、まるで避けるように、真っ直ぐに自分を見ようとしないあの視線が、たまらなく辛い。
(……怒っていた……俺は信用されてないのか……)
契約を交わし、パートナーとして、共にパラミタに在るはずなのに。
どうして、上手くいかないのだろう。
(……俺が……以前の俺とは違うから……)
今のグラキエスには記憶がない。肝心なことが、ぽかりと抜けて落ちてしまった。
だから、かつて自分がどうやって魔力を操っていたのか。
どんな風にパートナーと過ごしていたのか。
それがわからない。
確かに自分が持っていたはずのものなのに。
それは曖昧で手を伸ばすたびに幻のように消えてしまって――思い出せない。
――キュイ
鼻先に暖かいものが触れた。
「あ……」
自分を乗せたドラゴンが慰めるように顔を寄せてきていた。
「……大丈夫だ、ガディ。俺は平気だ……」
長い首に額を寄せて、そのまま視線を落とす。
足元には雅羅と彼女に同行することを決めたパートナーがいる。
「さ。行こう――野盗を仕留めるんだ」
(そうだ――そうすれば、きっと……)
空を行くグラキエスと地を歩むグラキエスまるで天と地だ。
それは同じ道を進むことは叶うのに、交わることは決してない。
縮まることも、近づくこともないその距離は、今のグラキエスとゴルガイスのようだった。
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