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リアクション
2/蒼の月
からからと、少女の高らかで剛毅な笑いが青空に響き渡る。
「いやー、順調順調! いやはや、順調すぎて休憩などすっかり忘れておったわ! さあ、飲むか!」
ジュースだけどね。
波打ち際から、濡れ鼠の『蒼の月』が浜辺へと上がる。
「にしても、言ってくれて助かったわい! 感謝するぞ、そこの。えーと」
「あ、え、あ、はい。その、その。リース・エンデルフィア(りーす・えんでるふぃあ)といいます」
「そうか、そうか! よーし、ともに飲もうぞ!」
ジュースをね。
引っ込み思案な少女──リースはおずおずと、言葉を出しかけて、引っ込めて。そして、また意を決したように吐き出す。
「あ、あのっ。あんまり無理しちゃうと、足をつったりしちゃいかねませんしっ。だ、だからっ。お、お話を……っ」
「話?」
きょとんと、蒼の月は振り返る。
「お主とか? えーと、リー助?」
「り、リースです。わたしじゃなくって、その」
ちらと、浜辺。立てられたパラソルのほうを見る。
そこでは、ベアトリーチェが。傍らにヴァイオリンケースを置いた五月葉 終夏(さつきば・おりが)が、草原の精 パラサ・パック(そうげんのせい・ぱらさぱっく)が、あがってくる蒼の月たち一行に向かい、手を振っていて。
その後ろで、リースのパートナーが……桐条 隆元(きりじょう・たかもと)がつんとそっぽを向いて、待っている。
「おかえりなさい、どうだった?」
終夏がタオルを差し出し、パラサとベアトリーチェがふたりにジュースの缶を差し出す。蒼の月にはスポーツドリンク、リースには缶のミルクティ。
「おお、もう順調順調この上ない。実にたやすいことよ」
「それはなにより。……となりのもみんなに教えてもらったら?」
パラサに向かい、終夏が意地悪気味に言う。
カナヅチの地祇。その点では、パラサだって蒼の月と同じこと。
いーの。オイラは泳げなくても気にしないから。っていうか、泳がないから。水遊びでいい。
膨れて、パラサは言って返す。
その様子に終夏たちが笑っていると、彩夜に泳ぎを教えていたグループもまた少しずつ、陸に上がってくる。
「美羽さん。おかえりなさい」
「ん、ただいまー」
美羽と、そのうしろに柊 恭也(ひいらぎ・きょうや)。そして、ベルクとフレンディスもあとに続く。
「なかなかうまくいかないもんだなぁ」
タオルで、濡れた髪をわしゃわしゃやりながら恭也がぼやく。
蒼の月とは対照的に、もうひとりの生徒はなかなか苦戦をしているようだ。休憩にあがってきた彼らを尻目に、彩夜ともう何人かはまだ、波の向こうで練習に勤しんでいる。
「多分、彩夜たちももうじきあがってくるだろうし。そしたら休憩して、それからもうひと頑張りだね」
美羽が、缶ジュースのプルトップを開けて、中身を呷る。
そうだな、と。恭也もそれに倣い同じ動作で喉を潤していく。
ぴったりと動きがハモっていて、妙にそれが面白い。
「え……いいんですか? 私たちも、もらっても?」
「はい。たくさんありますから、どうぞ」
氷のたくさん入ったクーラーボックスにはまだまだ何本も、缶やペットボトルが満載だった。ベアトリーチェから勧められ、フレンディスはベルクと顔を見合わせて、そしてそこに屈み込む。
「どれがいいですか? マスター」
「ん、そーだな……?」
フレンディスに問われ、なにげなく彼女とクーラーボックスにベルクは視線を落とす。
「マスター?」
ほんとうに、それは偶然だった。けれど、眼に入ってしまった。
パーカーでは、隠れてはいない。水着一枚しか隔てるもののない……彼女の、胸の谷間。
しゃがみ込んで、前のめりになって強調されているその豊かな双丘が、はっきりと今のベルクの位置からは見下ろされる。
「マスター? どれですか? アイスコーヒーでいいですか?」
「あ、ああ……いや。えっと……うん」
缶コーヒーを渡しながら、知らず知らず彼女はベルクに自己主張する自身の胸を、強調する。
どぎまぎと、ぎこちなくベルクは応対をし、コーヒーを受け取って。
そこでようやく、フレンディスもまたベルクの視線に気付き、それを追う。
「……あっ」
そして理解する。とっさ、両腕で胸を覆うように包み込んで、俯く。その顔は日焼け止めをきちんと塗っているにもかかわらず、真っ赤だった。
み、みました?
う、うん。ちょっとだけ。──そんなやりとりが、周囲にも聞こえてくる。
「……初々しいのう」
微笑ましげに、この島の所有者たる地祇はその光景へと目を細める。
「……少し、いいか?」
「む?」
ずっとそっぽを向いて、無言で突っ立っていた隆元が、ビニールシートに腰かけた蒼の月を見下ろしている。
「なんだ、地祇。ええと……桐条、か? 地祇同士、話か?」
「そうだな、そんなところなのだよ」
ふむ、と蒼の月は耳を傾けるそぶりで抱えていた膝を崩し胡坐をかく。
そして隆元が口を開こうとしたそのとき──おーい、とこちらに向けて投げられた声に、一同は目線を移す。
「む、あれはアルバイトの」
ライフセーバーの帽子に腕章。ライフセーバーのバイトに関しては蒼の月自身が面接をし、採用をしているから見間違えも忘れもするはずはない。
アルバイトの、郁乃だ。違いない。
「あー、いたいた。オーナー、オーナー」
無論オーナーとは雇用主である蒼の月に他ならない。だから彼女はそう呼ぶ。一体なんだ、なんだ。
手を振りながら彼女が駆け寄ってくるのを、蒼の月は待つ。
「どうした、そんなに慌てて。問題か?」
「うん、そーなの。ちょっと、問題」
一同のもとに辿り着いた郁乃は、照りつける太陽に右手を翳し、眉を寄せながら告げる。
「実は、迷子が出ちゃったみたいで。それも、二件」
* * *
「……さて。ここはどこだ」
そして、その迷子。ミア・マハが目覚めたとき、周囲は真っ暗だった。
一瞬、夜になるまで浮き輪に揺られて寝ていたのかとも思ったが、どうもそれも違うらしい。
「くしゅん」
更に言うと、寒い。どこかに流れ着いたようだが──暗くてなにも見えない。寒いのは周囲の気温もさることながら、海水に濡れた肌がそのままというのも大きいようだ。
「携帯もないし……ひとまずは待ちの一手か」
やれやれ、と、手さぐりで見つけた岩の上に腰を下ろす。
自分をここに運んできた浮き輪を抱いて、ミアは救助を待ちひとり、ため息を吐いた。
はやく、見つけてくれるといいのだが。
どこかで、波の音がする。
どこかで──水の滴が、地面を打つ音がする。
土ではない、なにか硬い岩のような。そんな大地を打つ、滴の音が。
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