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リアクション
3/ さがしにいこう
ふむ、迷子ですか。
聞かされた話に、そう呟いて。真人は泪先生と顔を見合わせる。
先生のやきそばも、真人のかき氷ももう空っぽ。ちょうど、することがなくなったところだった。
「それらしい姿はみてませんねぇ……そちらは?」
「同じく。というか、海にも出てないからなぁ、俺。ずっとここにいたし」
イチゴのかき氷を崩して食べながら、紫月 唯斗(しづき・ゆいと)が返す。
のんびり、ここで涼んでいただけ。生憎と、この海の家に出入りする以上の人とものについては唯斗も、相棒のプラチナム・アイゼンシルト(ぷらちなむ・あいぜんしると)も真人たち同様、あまりたくさん見ているとは言い難い。
「あ。でも、ウチのふたりなら」
「ああ、そうですね」
ちょうどあとふたり、今泳ぎに行っているんです。帰ってきたら訊いてみましょう。
レキとシズル、立ち並んだふたりにプラチナムが言う。
残るふたりのパートナー、エクス・シュペルティア(えくす・しゅぺるてぃあ)と紫月 睡蓮(しづき・すいれん)だったらなにか、見聞きしているかもしれないし、知っているかもしれない。
「今、ライフセーバーの人が島のオーナーさんに相談に行ってくれているし。きっと、大丈夫よ」
シズルが、レキを元気づけようと肩を叩く。
そうだね、とレキも彼女に微笑を向けた。
「ただいまであるー……んお?」
そこに、である。まさに、エクスと睡蓮が戻ってきたのは。
「どうか、したんですか?」
「あー。実はちょっと、な」
かくかく、しかじか。
「迷子、ですか」
そういうこと。なにか、心当たりとか、ない?
並んでいるレキとシズルを見比べつつ、エクスも睡蓮も考え込む。
「わらわは、特に気付いたことはないが……?」
「私も、別に」
ね。ふたり、頷きあい確認する。そして。
「あ」
同時、なにかに思い至ったように互いを指差しあう。
「な、なになに? なにか思い出したのっ?」
食いつくのは無論、レキである。なにか、手がかりとなるようなものがあったのだろうか?
「いや。その迷子にはまったく無関係なのかもなのだが」
ちょいちょいと、濡れた身体のままエクスが皆を手招きする。
なんだ、なんだ。唯斗から、泪先生から。真人にいたるまで、そのいざないに乗って、ついつい表に引き寄せられる。
「……なにかしら?」
「いえ、ほら。あれなんですけど」
木戸を押しあけて、出た外は直射日光が眩しかった。
熱気で遠くの風景が歪んで見える。行き交う、人の波。
「アンナさーん、どこなのー?」
その中で、呼びかける三人組がいた。
「あれも……迷子だと思うのだが?」
ひとりは、メイド服。かんかん照りに照りつける太陽の下、それは見ていてものすごく暑そうな。そんな、三人組。
相棒のアンナ・プレンティス(あんな・ぷれんてぃす)を探す、及川 翠(おいかわ・みどり)とその一行の姿が、そこにあった。
* * *
ふうむ、迷子か。
郁乃から聞かされた状況に、蒼の月の見せた反応は早かった。
そこは、海千山千の経営者でありオーナーというべきか。じきじきに携帯──と呼ぶには明らかに大きく、明らかに頑丈そうで、明らかに多機能で。明らかに値の張りそうな通信端末を出して、各所にあれこれと連絡をしている。
きっと、最新式。絶対に、特注品。一体それ一台でどれほどの予算をつぎこんだのだろう? と、エヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)は見ていて思う。
「……にしても、すげー金持ってるのな。一体、どんだけ稼いでるんだよ?」
「む?」
肩の上に、彼女と同じ地祇である相棒、白姫岳の精 白姫(しろひめだけのせい・しろひめ)を載せ、話しかける。
「なにか、使う目的でもあるのか?」
「んー、そうさな。あるといえばあるが、ないといえばない……ということになるのかのう?」
「なんだ、そりゃあ」
簡潔に、言うとだ。エヴァルトを見上げ、小学生くらいの身長をした地祇は言葉を重ねる。
「金というのは天下の回りもの、ということだ」
この時勢、俗世に絡まぬものは数少ない。そして俗世に絡む以上は、そこに金も当然に絡んでくる。
金とは、天下に生きていくうえで必須のもの。
孤島の地祇たる身とはいえ、その軛からはそうそう抜け出せるものではない。
「私には、この島と。この島に生きる者たちを守り育んでいく義務があるのだからな」
エヴァルトとともに、隆元が真剣にその言葉へと耳を傾けていた。
「それで、観光業者と手を結んだわけか?」
「うむ。己の恥を晒すようだが、生憎この島には資源と呼ぶべきものが乏しい。ゆえ、てっとり早く外貨を得るためにはそれが最良と判断した次第だよ」
壊されて困るものや、失いたくないものについてはこちらがコントロールできるかたちをとっておるしの。
「コントロール、ね。それで、この季節だけ……か?」
「そのとおり。さすがにシーズン外にまで島外からの流入者を多数抱えこんで、もてなし養っていくだけの体力が、この小さな島の生産力にはないからのう」
クジラたちにも、子育てや出産のために穏やかな時間が必要だ。それに島民たちも自分たちだけのくつろげる期間は当然、あってしかるべきだろう?
「色々と、考えてらっしゃるんですね」
「無論だ」
リースが呟き、返ってきた言葉と、高元やエヴァルトから向けられた視線に真っ赤になって、小さくなる。
やれやれと隆元が肩を竦め、理解した、と短く言う。
それは、エヴァルトも同じ。肩に乗り、頭にしがみついている白姫を一緒に揺らして、蒼の月に頷いてみせる。
「……に、しても。なかなかよく似合ってるではないか。そこの、肩の上の」
真剣な面持ちだった地祇は、やがて彼の肩にいる白姫ににやりと笑って、その身体の輪郭をなぞるよう、指先を向ける。
白姫の、起伏の少ない身体を包んでいる布地。それは、いわゆるスクール水着で。
「む、わらわを馬鹿にしておるのか?」
「いやいや。ほんとうによく似合っていると」
「おぬし、客に向かってそういう態度は許せんぞ。大体、カナヅチのおぬしと違ってわらわはこんな海、すいすいと泳げ──……」
「泳げないだろうが」
「ぬおおおぉ!?」
高説をぶちあげようとしていた白姫の身体が、天高くぶちあげられる。
エヴァルトに、海へと向かい放り投げられた、やはり泳げないその小柄な体は綺麗な放物線を描いていく。
「え、いいんですか!?」
「いーんだよ別に。あのくらいなら波打ち際に落ちるし、足、つくだろ」
いいのか、ほんとうに。郁乃が困惑している。その間にも白姫の落ちていくその先は、まさに波間の上。
きっと──受け止められていなかったら、ぼちゃんと大きな音を立ててその中に顔からダイブしていたことだろう。
「……え?」
いや。それすら、たまたまだったのだけれど。
ちょうど、水から上がってこようとしていた彩夜の両腕の中に。すっぽりと、白姫は収まっていた。
「おー。うまい」
「別に狙ったわけじゃないが、な。そういえば……なんでまた、泳ぎを習おうと? 金儲けと同じような理由か?」
「そう、だな」
少し羞恥するように。蒼の月は苦笑する。
「いざというとき。この島を守るなら……島の主が泳げんでは、話にならんからのう。様にもならんし──富を得て、様々なものが手に入るようになるにつれて、そう強く思うようになった」
クルーザーだとか。別荘だとか、な。
それで、知り合いから紹介されて。
「で、結果連れてきた先生もまたカナヅチだった、と」
エヴァルトと隆元のジト目。
ふたりから遠目にそうやって見られて、きまり悪そうに彩夜は視線を下に向ける。──白姫を抱いたまま。
「明らかに人選ミス……ん? どうした?」
「クルーザー……ふむ、そうするか」
「は?」
一方で、蒼の月はなにやら考え込んでいた。
あがってきた彩夜たちが、近付いてくる。
「おや、皆さんお揃いで」
また、気付けば真人たちもこちらにやってきていた。
「『蒼の月』さん。この子たちも、迷子を捜しているみたいなんです」
泪先生のうしろに、スノゥ・ホワイトノート(すのぅ・ほわいとのーと)。そして、椿 更紗(つばき・さらさ)。更に、翠がそれに続く。
さきほど、浜辺でパートナーを探していた三人組だった。
「そうか。……ならなおのこと、ちょうどよかろう」
「?」
このへんの海流や、迷いそうなところは一応熟知しておるでな。島の主だから、これでも。
「私のクルーザーを出そう。海と、陸と。両方から、迷子になった連中を探そうではないか」
言って、彼女は向こうに見える桟橋のほうを指し示した。
皆が、そちらに振り返る。
たしかに、そこには。白亜に輝く大きな船体のクルーザーが、太陽の光を浴びて──静かに、出航の時を待っていた。
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