百合園女学院へ

薔薇の学舎

校長室

波羅蜜多実業高等学校へ

デート、デート、デート。

リアクション公開中!

デート、デート、デート。
デート、デート、デート。 デート、デート、デート。 デート、デート、デート。 デート、デート、デート。 デート、デート、デート。

リアクション


●Here I am

 黒之衣 音穏(くろのい・ねおん)は腕を組んで、
 リゼッタ・エーレンベルグ(りぜった・えーれんべるぐ)は溜息をついて、
 イトリティ・オメガクロンズ(いとりてぃ・おめがくろんず)はグルルルと唸って足元の地面を掘ってみたりして、
 それぞれ三人、一同に会して七刀 切(しちとう・きり)のことを案じていた。
 花火が遠くに聞こえる。この場所からでも、それほど大きくはないが見える。
「切から連絡があった、今日は帰ってこれるか分からんそうだ」
 まずは音穏が情報を伝えた。
「あらあら、見つかったのかしら」
 『見つかった』ということが、すなわち良い報せとは限らないが、それでも見つからないよりはいいはずです、というような意味のことをリゼッタは述べる。
「……」
 イトリティは無言だ。ざっ、ざっ、と犬らしくまた前足で地面を掘った。
「見つかったとして、うまくいくといいがな……」
 うーむ、と音穏は唸ってしまった。
「切がベソをかきながら帰ってくる可能性もあるからなぁ」
 その辺、いまいち切を信用していない音穏なのである。
「うまくいくにせよいかないにせよ、きっと頑張ってるはずです。……うふふ、どんな恥ずかしいこと言ってるのかしら。私も聞きたかったわぁ」
 リゼッタはどちらかというと切の恋愛力(?)に期待しているようで、そんな含み笑いをもらすのである。
「グルルゥ」
 イトリティは言葉を話さないので唸るだけだが、なんとなく「ひでぇなおい」と女子二人にツッコミを入れているようにも聞こえた。
 どちらにせよ、だ。
 三人の視線の方向に、きっと七刀切はいることだろう……クランジ パイ(くらんじ・ぱい)と一緒に。

 少し前。
「やっと見つけた」
 切はパイ、すなわちパトリシア・ブラウアヒメルのテク首をつかんでいた。
「え……あんた、切!?」
 パティの服装は前回会ったときより随分変わっている。まだ冬服しか持っていないので、彼女は自分で服の丈を乱暴に切って短くしていた。裁縫の知識も技術もまるでないのだろう。袖は千切っただけ、パンツの長さだって左右均一ではない。川や池で定期的に洗っているのだろうが、それでも黒ずみ、ボロボロになっている。
「探したぞ」
「そりゃ……探したでしょうよ」
 パティはぷいと横を向いた。
 どうやって彼は彼女を見つけだせたか。
 それはもうかなりの部分が、切の地道な努力に負うものだったが、しかしまったくの当てずっぽうというわけでもなかった。
 パティは寺院に追われてて、なおかつ教導団にも追われてる身なので、目につきやすい空の移動は多分ない……これが推理その一。
 機晶姫ゆえ最低限の整備は必要なことから整備の出来る拠点は貴重、よって拠点の変更はあんまりできない……推理その二。
 だから、春の拠点と同じ地域で、待ち合わせした場所からそんなに離れてないのではないか、この結論に従って、とにかく切は毎日のように、生活費まで切り詰めて彼女を捜したのだった。
 結果から言えばパティもそれなりに移動していたのだが、捜索範囲を広げながらつづけた切の熱意が、この日ついに彼女に追いついたというわけである。
 パティの腕を握ったまま、ぺたりと切は座り込んでしまった。
 ――疲れた。
 花火大会を一緒に見たくて、この日はとくに念入りに彼女を捜したのだ。文字通り野山を駆け回った。まるでその熱意が天に通じたかのようである。
 早口で切が、どうやって見つけたかと語ると、パティは呆れたような声を出した。
「あんたもうほとんどストーカーよね! そんなに一生懸命になっちゃって、バッカみたい!」
「……いいんだ、ストーカーでも馬鹿でも」
 下を向いたまま切は言う。胸が詰まって、声もまた詰まった。
「俺は、パティが生きていると知っただけで嬉しい。……何度悪夢に見たことか。ようやく見つけたパティが、砕け散った残骸になっているところを。死体しか見つけられないところを……だから俺は……」
 切の肩が震えているのがパティにも判った。
「……泣いてるの?」
 こわごわパティが声をかけるも、切は顔を見られたくないのか、手を握ったまま背を向けた。
 開いたほうの手で頬をかきながら、パイは明後日のほうこうを見つつ言う。
「…………一応、謝っとく。ごめん、ストーカーだなんて言って。それに私、『馬鹿』ってそんなに、嫌いでもないよ……」
 パティはここで意表を突かれることになった。切がすっくと立ち上がって、黙って歩き出したからだ。パイの手を握ったままで、だ。
「え?」
 クランジは突飛な行動に弱いというが、その性質は変わっていないようだ。抵抗しようとすればいくらでも抵抗できたろうに、なんとなく彼女は、薄暗い木立を、切にどんどん連れられ歩くことになった。
「どこ行くのよ! 国軍にでも突き出そう、ってんなら、私アンタを許さないからね!」
「そんなことしないよ。少なくとも、パティの承諾がない限りは」
 切が足をとめたのは一気の飛空艇の前だった。
「花火、観に行かないか? もうすぐ始まるんだ。デートの誘いだよ」

 飛空艇は浮き上がり、空を滑るようにして進んだ。
 やがて花火の大輪が見えてくる。
 自動操縦に設定して、切は彼女の隣に座った。
「花火も飛空艇に乗ったまま見よう、空から見る花火ってのも乙なもんだろ?」
「ふん、アンタにしては凝った趣向じゃない」
 憎まれ口こそ叩いているがそれは言葉だけ、笑顔で、眼を輝かせながらパティは花火を見ていた。ときどき小さく拍手したりしている。
 やがて花火が終わると、頃合いを見て切はおもむろに言った。
「パティ、連絡を絶った理由はわかってる。あれは俺が悪かった」
 謝る、と手をつきそうになる彼を、パティは手で止めた。
「馬鹿ね。悪いのはアンタじゃないわ。アンタが悪いはずないじゃない……」
「けど……」
「いい加減察しなさいよ! 私は、私のことを『好き』だって言ってくれた初めての男性(ひと)を、殺したくないだけなんだから!
 手持ち無沙汰なのかガンガンと、床を蹴りながらパティは言った。
「言っとくけどうぬぼれないでよね! 私の回答はまだ保留なんだから……でも、『大切に想ってる』まで言ってくれたのは、アンタが初めて、それは本当……だから……だからアンタに死なれたら……」
 切はパティの肩を抱いた。
 彼女は抵抗しなかった。そして彼の右手は、彼女の頭を撫でたのである。
「パティを失うのは怖いけど、言ったよな、俺はパティのためなら死んでもいいって。この気持ちは変わらない、その位の覚悟はあるつもりだ。俺はそのぐらいパティのことが好きなんだ」
「優しくしないでよユーリ……そんなに優しくされると、心が折れちゃうじゃない……」
 ユーリ、と本名で呼ばれたことに、切は表情を和らげた。
「だから、パティがこのままだなんて俺が嫌だ。だから俺が助ける」
「手術するの……? ユプシロン(※ユマ・ユウヅキ)みたいに晒しものにしたりしない」
「聞いてくれ。パティには自爆装置がついていないかもしれない。狡知に長けたクランジΘ(シータ)が、催眠術でそう思い込ませた可能性があるんだ。もちろん可能性の域をでないしすぐ信じられることでもない」
「!」パティが身を強張らせるのがわかった。その背を撫でながら切は続けた。
「これをはっきりさせるためにも自爆装置が付いているかどうかだけでも調べないか? もし自爆装置があったとしても、自爆装置を外したって実績を持ってる知り合いもいる。すぐじゃなくてもきっとなんとかなる……なんとかする! 俺が」
「でも、ローが差別されて酷い目にあった、って聞いたわ……本当はそれも……」
 もうそれほど風当たりは強くなっていない、と切は現状について述べてからさらに告げた。
「パティが負い目を感じるなら俺も一緒に背負う。差別の中で生きられないってんなら俺が護る。パティのために、俺のために、ここで出すのは卑怯かもしんねぇけどローのためにも、まずは一歩踏み出そうぜ」
 パティは顔を上げた。そしてユーリの顔を、じっと見つめた。
 そして、
「キスするって期待した? 残念でしたー!」
 べーっと舌を出したのである。
 パティは、あの不敵な笑みを浮かべていた。目こそ潤んでいるがそれ以外は、はじめて対面したときの表情が戻ってきたように彼には思えた。
「……今日のユーリって、ストーカーに誘拐と重犯罪のオンパレードね! このうえ詐欺罪まで手を染めたらどうしてやろうかしら?」
「そうなったら、今度はパティが俺に同じことするってのは、どうかな?」
「アホ……。でも、本当にそうしてやろうかしら?」
 今日のところは一緒に行ってあげる、とパティは答えたのである。

 これはこの場面より少し未来のことになるので、結論だけ書く。
 パティの自爆装置の存在は、クランジΘ(シータ)による催眠術が与えた幻想だった。