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SPB2022シーズン 二年目の実りの秋

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SPB2022シーズン 二年目の実りの秋

リアクション


【八 シーズンの大勢と関係なのないところで】

 ここ数試合、ワイヴァーンズは手痛い逆転負けが続いている。
 試合の序盤でこそ主導権を握るものの、どうしても七回以降に中継ぎ投手陣が息切れしてしまい、リードを守り切れないという展開が何度も繰り広げられている。
 守備は、外野のリカイン、ソルラン、シルフィスティがしっかり守り、内野もイングリットとオリヴィアがセンターラインを締めつつ、ミネルバと菊が一塁線と三塁線を必死に抑えるというシーンが何度も続いているにも関わらず、先発の後を受ける中継ぎ陣が、外野の頭上を越える打球を何本も打たれ、あゆみの好リードも空しいまま、面白いように失点を続けていた。
 唯一の勝ちパターンは、先発が何とか七回を投げ抜き、八回を巡が抑え、九回を優斗が締めるというケースにほぼ限定されてしまっていた。
 或いは、巡が早めに登板して、優斗が八回から抑えにかかるというパターンも無くは無かったが、それでは残りの全試合を戦い抜いたとしても、来季に勤続疲労が出てしまう恐れがあった。
 矢張りオットー、光一郎、ジェイコブら主力のレンタル移籍が、大きく響いているのは間違いない。
「今年の途中から出てきたあたしがいうのも何だけど……余所さんに、随分と分析されてるんじゃないかって思うよねぇ」
 五連敗目を喫した日の試合後、クラブハウスで菊が、沈んだ雰囲気の中で敢えて声を上げた。
 普通の弱小チームなら、ここで更に雰囲気が悪くなるところであったが、ワイヴァーンズはある意味、選手間の繋がりは完成されたチームである。
 菊の指摘は寧ろ、良い分析だとして、あゆみや葵、或いは優斗や隼人といった面々には、好意的に受け入れられた。
「ぶっちゃけ、先発とリリーフエースと、それ以外の力量差ってのが大きいよな」
 隼人が菊の言葉を受けて、低く唸った。
 簡単に分析されてしまうというのはつまり、実力が無いことの証明でもある。
 だが実際のところは、リリーフだけではない。先発投手の中でも五、六番手の辺りは、序盤から簡単に打ち込まれるケースが目立っており、投手陣全体のレベルの低下は喫緊の課題となりつつあった。
 これはもう、あゆみのリードやインサイドワーク云々の話ではない。
 投手があゆみの要求したところに投げてくれない、或いは投げても球にキレが無く、簡単に弾き返されているのが現状である。
 流石にこうなってくると、あゆみひとりの力ではどうにもならなかった。
「一度、肉まんパーティーでも開いて、皆の心をひとつにするしか……」
「いやおっかさん、それは流石にちょっと」
 あゆみは真剣に提案したつもりだが、優斗には冗談と受け止められたようだ。
 ところが意外にも、葵とリカインは肉まんパーティー案に食いついてきた。
「あら、面白そうじゃない。外野も混ぜてくれたら、顔出すわよ」
「あゆみちゃんが持ってくる肉まん、美味しいもんね〜」
 そんなふたりの声が、天に届いたのかどうか。
 いきなりクラブハウスのドアが勢い良く開き、理沙とセレスティアが試合後の差し入れだと、蒸し上がったばかりの肉まんを大量に抱えて、暗い雰囲気を吹き飛ばすかの如き明るい笑顔で雪崩れ込んできた。
「ほ〜らほら、暗い顔してないで、皆でお腹一杯になって元気になりまっしょ〜」
「もう、理沙ったら……でも、お腹が空いていると気分が滅入るのは間違いありませんし、ね」
 ワイヴァーンドールズとしての知名度も上がってきた理沙とセレスティアだが、こういう雑用にも進んで手を貸してくれる為、球団としては大いに助かっている。
「食べるモン食べて、元気になって、んで明日からまた優勝に向けて頑張れば良いってことよ〜」
 理沙のいうことにも、一理ある。
 プロである以上、敗戦の原因を分析して反省するのは重要だが、気持ちを切り替えて次の試合に臨むのも、プロに求められる要件である。
 そんな訳で、優斗と隼人が早速肉まんに手を伸ばそうとすると、ロッカールームから匂いを嗅ぎつけてきたのか、ミネルバとイングリットが物凄い勢いで走り込んできた。
「わーい、美味しそーう! 頂きま〜す!」
「こっそり食べようだなんて、そうはさせないにゃ!」
 後からロッカールームから出てきたオリヴィアは、ミネルバの嗅覚の鋭さに、感心すると同時に呆れ、ただただ苦笑を漏らすしかなかった。
「ま……その元気があれば、明日もしっかり出来そうね」

 シーズンも大詰めを迎えようとしているところで、各球団の広報部が集まって、今後の各球場での広報活動の在り方について話し合うコマーシャルミーティングが開催された。
 本来であれば、各球団とも自チームの成績云々は抜きにして、単純にビジネスとしての広報について話し合いを持つのがこのミーティングの趣旨ではあったのだが、矢張り負けが込んでいると、愚痴のひとつも出てくるらしい。
「何だか最近、チームがちょっと暗いんだよねぇ」
 球団広報の売れ行きは好調なのだが、肝心のチームの方がこんな有様では、少しやりにくい――ワイヴァーンズの広報代表としてミーティングに参加している円は、歩が珍しいと顔を覗き込む程に、困り切った表情を浮かべていた。
「そんなに大変なの?」
「うん……まぁ、ね」
 歩の問いかけに対し、円の応えはやや歯切れが悪い。
 ところが歩はというと、円の反応についてはあまり気に留めた様子は無く、逆に不思議な程、生き生きとした表情を見せていた。
 これには円も内心で引っかかったのか、幾分沈みがちな表情ではあったが、理由を聞いてみたくなったのは人情というものであろう。
「何か、良いことでもあった?」
「う〜ん、別に何がって訳でもないんだけど……」
 曰く、今の自分が随分と存在感に満ちているように思われて仕方が無く、それが嬉しいのだという。
「実はこないだ、ネイチャーボーイズの新しい理事さんに御挨拶してきてから、そのぅ、妙に自分の存在そのものが否定されたような気がして、ならなかったんだよね」
 これには流石に、円も目を丸くした。
 歩がこういう意味不明の感覚に囚われるなど、あまり聞いたことが無かったからである。
「それなら、実はうちでも同じような現象が幾つか発生しているという話を聞いています」
 ブルトレインズの広報としてミーティングに参加していたフィリシアが、渋い表情で歩の言葉を肯定する内容のことを口にした。
 すると、フィリシアの言葉が発端になった形で、次々に同様の現象を体感したとの声が相次いだ。
「私もそれ、体験しました……」
「あら、奇遇ですわね……実は私のパートナーも、同じような目に遭ったそうですの」
 ベアトリーチェと亜璃珠の告白に、会議室内には一種異様な空気が漂い始めた。
「傍から見ててもね、怖いぐらい存在感が無かったんだよね。何ていうか、空気になっちゃってるっていうか……」
 美羽がベアトリーチェの身に起きていた事象を、つたない表現ではあるが、必死になって説明した。
 もうこうなってくると、場はコマーシャルミーティングなどではなく、ネイチャーボーイズの新理事を巡る怪談コーナーの如き様相を呈してきている。
 特に、レンタル移籍制度を利用してネイチャーボーイズの球団職員として働いている美羽やベアトリーチェなどは、その被害が最も顕著であった。
「気持ちの悪い話なんですけど……あの理事さんの近くに居ると、自分が凄く希薄な存在に思えてならないんです」
 ベアトリーチェの独白に近いひと言に、場の空気は更に恐怖感を増す。
 本当に、怪談みたいな話であった。
 と、その時である。
「ちょっとその話、詳しく聞かせてくれないカシラ?」
 不意に会議室の入り口付近で、思いがけない人物がやや緊張を孕んだ声で一堂に呼びかけた。
 見ると、SPB公認審判員であるキャンディスが、いつになく渋い表情でそこに佇んでいた。
「実はミーも、あれこれとあの新理事に働きかけてみてるんだけど、一向に効果が上がらないのよネ」
「審判員なのに、そんなことをしてたんですか?」
 亜璃珠と一緒にガルガンチュア広報代表として参加していた舞が、呆れたような声を上げた。
「選手だけじゃなく、各球団に対していつも目を光らせるのが審判のお仕事ネ」
「いや、それってどう考えても越権行為なんですけど」
 舞の指摘など、キャンディスの耳には届いていないようである。
 一方、恐怖にも似た場の空気にすっかり馴染んでしまっていた亜璃珠が、ベアトリーチェや歩といった面々と一緒になって立ち上がり、キャンディスのもとへとそっと歩を寄せた。
「そういうことなら、是非あの新理事さんの脅威から各球団を守ってください」
「本当に、ただ一緒に居るだけで何だか凄く怖い雰囲気があるので、どうか気を付けてください」
 こうまでいわれると、キャンディスも悪い気はしない。
 任せておけといわんばかりに、ぷにぷにの柔らかい胸板をどんと叩いて、力強く請け合った。
「ミーに任せるね。全ての不正は、全部潰してあげるネー」
 だが、しかし。
 後日になってキャンディスもまた、ネイチャーボーイズの新理事ラインキルドの餌食に遭ったことは、ここで改めて付記しておかなければならない。

 ラインキルドの牙城に挑んだ勇者、という意味では、SPB専属ドクターである九条先生も、そのひとりに数えられて良い。
 この日、SPB主催のスタッフヘルスチェックに検診担当として参加していた九条先生は、ラインキルドの魔空間に接して以後、何故か疲労が倍増しているような気がしてならないのである。
 彼の被害に遭った者は、記憶が曖昧になるのだから疲れも忘れてしまいそうなものであったが、実際はその逆で、記憶がすっ飛んでしまう事実と反比例して、肉体と精神の疲労が半端無い程に酷かった。
 九条先生などは、医者であるにも関わらず、自分が病気で倒れてしまうのではないかとさえ思えた程であったから、これはもう余程のレベルなのであろう。
「そんなに、凄まじいのか?」
 同じく検診担当としてワルキューレの球団ドクターという立場から参加していたダリルが、すっかり青ざめた表情の九条先生に不思議そうな面持ちを向けた。
 ダリルの問いかけに対し、九条先生は自分でもよく分からないといった面持ちで、う〜んと唸る。
「いや……仕事している充実感は確かにあるんだけどね……何というか、凄く大事なものを自ら捨て去ってしまったような気がして」
「あの……本当に、大丈夫なんでしょうか?」
 丁度、九条先生の検診を受けている最中の優希が、心底不安そうに問いかけた。
 ここのところ、SPB公認マスコットとして各球場を走り回っている優希は、それまで感じたことのない程の激しい疲労を全身に感じ、この日のスタッフヘルスチェックにも自ら志願して受診しにきていた。
 ところが、検診してくれる筈のドクター九条がこの有様である。
 不安になるな、という方が土台無理な話であろう。
 逆にアレクセイは、ダリルが診てくれているせいか、安心感のような感情を面に昇らせている。
「何っつーか、ひとりの新しい理事がちょいと変わり者だからって、ここまで色々変な影響が出るもんなのかねぇ?」
「さぁな。そんな危なっかしい存在に、自分から触れようとは思わんが」
 ダリルの応えは素っ気無い。
 対するアレクセイも、それ以上はこの話題に接する腹積もりはなかった。
 ところが。
「SPB公認マスコットも、忙しいんだろうね……ところで、馬場正子選手、かわいいね。うん、しょうこ、かわいいよ」
 突然、熱病にうなされたが如く、九条先生が意味不明の台詞を口走り始めた。
 これはいよいよ、やばいのではないか――優希は思わず反射的に、上体を仰け反らせようとした。
 そして更に、ここで話をややこしい方向に持っていこうとする顔ぶれが現れた。
 天音とブルーズを連れて、サニーさんを探し回っている千歳であった。
 ラインキルドと会いたいという輩もそうそう居ないだろうが、サニーさんと会いたいという者も、相当頭の中身が変わっている奇人扱いされるようになってきている。
 本当に大丈夫か、敏腕GMサニーさん。
 それはともかくとして、千歳は新たに分析を終えたデータを手渡す為にサニーさんを探していたのだが、天音とブルーズは単純に、サニーさんと知己を得たいとの理由だけで、千歳の手伝いをするようになっていた。
「ここにもヅラーGMは居ないか……本当に神出鬼没というか、居ない時は徹底して、どこにも居ないひとなんだね」
「いや、正直いって、あまり会いたいとは思わないが」
 天音と違って、ブルーズは正直にサニーさんを避けたいという意志を露わにした。
 否、正直というか、それが普通なのかも知れないが。
「サニーさんなら、例の新理事と一緒に遊びに出掛けたらしいぞ」
 ダリルからの情報に、千歳は表情を曇らせた。
 また厄介な相手と――というのが、本音であろう。
「居ないんなら仕方が無いか……なぁ、本当に面会するつもりなのか?」
「それはもう、勿論」
 千歳の問いに対し、天音の応えには一点の曇りも無い。
 ここまでくるともう、意地である。
 天音は何が何でも、サニーさんのクイズ地獄やすんませんでした師匠攻勢に挑んでみたい、と本気で考えるようになっていた。