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【猫の日】猫の影踏み――消えたお菓子と契約者――

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【猫の日】猫の影踏み――消えたお菓子と契約者――

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 アピシニアの広場では、あちこちで催し物が行われていた。中央には町のシンボルである『ねこねこ像』が、お祭りを楽しむ者たちを見守っている。

「……約束、果たせなかったな」
 キャンディーを手に、羽純がぽつり、と呟く。レイラが既に故人であるのなら、普通の方法ではもう会うことは出来ない。会う方法が無いわけではないが、それをするには相応のリスクがあるし、そう何度も手段を取るわけにもいかない。
「うん……寂しいし、悲しいけど……でも、いつまでも泣いていたらレイラちゃんを悲しませちゃうから。
 だから今は、元気いっぱい、歌いたい。あの子にまで歌が届くように」
 隣の歌菜も、顔を見れば悲しんでいるのが分かった。それでもそう口にする様に、羽純も表情を明るくして頷く。
「美羽さんと魔穂香さんも、一緒にどう?」
「もちろん! そのつもりでここまで来たんだからね!
 魔穂香、私たちの息の合ったところ、見せちゃおう!」
「そうね、美羽。あの子にも楽しんでもらいたから……行きましょう」
 歌菜の誘いに、美羽と魔穂香が頷き合って、魔法少女へ“変身”を果たす。
「魔法少女マジカル美羽!」
「魔法少女リリカル魔穂香!」

 きっちり名乗りとポーズを決めた二人に続いて、歌菜も“変身”する。
「魔法少女アイドル マジカル☆カナ! 猫の日のお祭りを、歌で盛り上げちゃうから!」
「俺も及ばずながら、皆のステージを彩らせてもらおう」
 羽純も愛用のギターを携え、そして一行は用意されたステージへ上がる――。

「魔穂香さんがあんなハキハキとしてるなんて、昔から考えたら想像出来ないッスねぇ」
 ステージで明るく歌い、踊る魔穂香を見つつ、六兵衛がコハクと屋台で買った焼きそばを頬張る。
「うーん、懐かしい味ッス。よく魔穂香のお父さんには焼きそばをご馳走になったッス」
「そういえば、魔穂香の家族構成って聞いたことなかったな。良かったら教えてくれないかな」
 コハクの問いに、咀嚼し終えた六兵衛が口にする。
「魔穂香のお父さんは『燦鶏会』っていう、まあ、ほら、アレな感じの団の会長さんッス」
 随分と濁した発言ながら、その意図する所がなんとなく分かったコハクは、苦笑した顔を浮かべつつ意外という感想を抱く。
「団はアレッスけど、お父さんはいい人柄だったッスね。魔穂香に友達が出来た、って喜んでたッス。
 そういえばもうしばらく帰ってないッスね。どうしてるッスかね」
 ぼんやりと呟く六兵衛の視線の向こうで、ステージを終えた魔穂香が汗を浮かべ、観客に手を振っていた。

「二組の次は、あすにゃんのステージだよっ♪
 リリカルソング、スイッチオン♪」
 歌菜・羽純、美羽、魔穂香のステージの後に続いたアスカが、ステージを演出して観客を盛り上げる。
「同志アスカのステージ、盛り上がっていますね。
 どうぞ、同志エリス。食べ物と飲み物を調達してきました」
「ん、ありがと。いっぱい動いたからお腹空いちゃったわー。
 ……んー、焼きそば美味しー♪ こういう場で食べる焼きそばってどうして美味しいのかしらね」
 アスカのステージを見物しながら、『共産党宣言』の買ってきた食べ物をエリスが口にする。
「……うわ、何これ。猫をかたどったお菓子?
 うーん、美味しそうだけどちょっとパス。しばらく猫は見たくないわ……」
「では、それは私が。……あっ、美味しいですよ、同志エリス」
「……ちょっとだけ、もらっていい?」
「ええ、どうぞ」
「みんな、聞いてくれてありがとー!」
 大声援を送る観客へ、アスカが笑顔で手を振って答えていた。


「これとこれとこれと……あ、あとあれもくださいな♪」
 ルカルカが出店の前で、猫をかたどったお菓子を大量に選んで買っていた。既に他の住民と同様、猫耳+猫しっぽの黒猫執事な服装に仮装しており、それがなかなかお似合いであった。
「いや、そんなに買っても食べきれないだろ?」
「これはね、ロノウェやパイモン達へのお土産なの♪」
「ああ、そういうことか。それなら納得だ」
「でしょ? 喜んでくれるといいな〜」
 懇意にしている魔族達の喜ぶ様を思い浮かべながら、ルカルカが出店を渡り歩く。
「……ええ、そちらの品を、4つ。
 環菜様と陽太様、エリシア様とノーン様にお土産を買っていきましょう」
 別の出店では、舞花御神楽 陽太(みかぐら・ようた)御神楽 環菜(みかぐら・かんな)、パートナー達へのお土産を選んでいた。
「それと……ええ、そちらの品を。ささやかですが、祈らせてもらいます」
 もう1つ、舞花は小さな猫の置物を購入し、それを大事に胸に抱える。

「実は私、皆さんの分も用意していたんです! 私準備いいですね!
 というわけで皆さんで一緒に、猫になりきっちゃいましょう!」
 どこからか猫の衣装を取り出した姫星に半ば強引に勧められる形で、馬宿、リカイン、姫子がそれぞれ猫に変じる。
「くっ、機会あらばと言ったは言ったが、まさかこれほど早くその機会が訪れるとは……」
「あはは。ほら、私もお揃いにしてるから。なんというか、おあいこってことで」
「何かおあいこなのか分からんが……まあ、いいか」
 リカインと馬宿が並び、出店が並ぶ中を歩く。二人は恋人同士ではあるが、いわゆる学生カップルのような初々しさとはやや無縁であった。
「何か食べたいものある?」
「特にはないな。リカインは?」
「うーん、折角来たんだからって思うんだけど、聞かれるとパッと思い浮かばないのよね。
 馬宿君、候補を言ってくれない? そこから決めるから」
「そうか。では……焼きそば」
「定番だけど、アリね。じゃあまずそれから行きましょ」
 頷き、リカインが先に歩き出し、馬宿が後に続く。実に二人らしい会話と行動であった。
「姫子さん姫子さん、こっちですこっちです!」
「姫星、そんなに慌てなくてもお店は逃げないわ」
 一方姫星と姫子は、姫星がきゃいきゃいとはしゃぐのを姫子が諌める、という光景がしょっちゅう見られた。もちろん、姫子が術をかけているので姫星もちゃんと猫の仮装をした普通の女の子に見える。
「これなんかどうですか?」
 姫星が、猫のしっぽをあしらったのだろうか、ふさふさの毛がかわいらしいネックレスを手に取る。
「まあ、可愛いのではないか?」
「ですよね! すみませーんこれください!」
 同意が得られて嬉しそうに、姫星が会計を済ませ姫子の元へ帰ってくると、先程購入したそれを姫子に差し出す。
「これ、姫子さんにプレゼントです!」
「……わ、私にか? いや、気持ちは嬉しいが私に似合うはずが――」
「着けてみてください!」
 まっすぐに見つめられ、姫子はう、とたじろぐ。姫子は姫星のこういう態度にはめっぽう弱い。
「…………し、仕方ないな、まったく」
 今回も結局負けて、姫子は姫星の選んだネックレスを身に付ける。
「姫子さん、かわいいです! ぴったりです!」
「そ、そうか? 私には可愛すぎる気がするのだが……」
「そんなことないです!」
「むぅ……そこまで言うなら、そういうことにしておいてやろう」
「えへへ〜♪」
「な、何がおかしい。ほれ、もう行くぞ」
「はーい♪」
 ぷい、と背を向ける姫子を、姫星が満足気な様子で追いかける。


「おーおー、こりゃ見事に皆が皆、猫になっちまってるなぁ。
 祭りの場ってのは賑やかでいいねぇ。ついこう身体が動いちまう」
「あら、それほど運動したいのでしたら、どうぞ行ってきて構いませんよ?
 私はお嬢様とお祭りをゆっくり楽しんでいますので、どうぞお気になさらず」
「って、駄メイドとレイナを二人きりにでもしたら、色んな意味で心配だっての。
 大人しくしてろよな、この駄メイド」
「だ、誰が駄メイドですって、この駄猫!」
「おっ、いいのかそんなこと言って。今じゃ町の人の殆どにケンカ売ってるようなもんだぜ?」
「くきーっ!!」

 ウルフィオナ・ガルム(うるふぃおな・がるむ)リリ・ケーラメリス(りり・けーらめりす)の言い争いを、レイナ・ミルトリア(れいな・みるとりあ)がげんなりした様子で見守る。町に来るまでにもう何度も繰り広げられた光景に、最初こそ頑張ってはみたもののほとほと疲れてしまったのであった。
(なぜあれほどまでにウマが合わないのでしょう……ふぅ……)
 ため息を吐くレイナ、するとリリが駆け寄り、心配そうな表情を浮かべる。
「どうされましたお嬢様、お加減が優れませんか? すぐにお薬をお出しします」
「いや、場所を変えて新鮮な空気を入れた方がいい。あたしに任せとけって」
「いいえここは私が」
「だからあたしが」
 そしてまた睨み合いが始まる。つまりこの二人、レイナのことをとても心配に思っている点では共通しているのだが、方針というか方向性が異なるがために、事あるごとにぶつかり合っていたのである。
(はぁ……また始まってしまいました……)
 そして、当の原因? であるレイナは、そのことに気付いていない。罪な女(違う)である。
「いらっしゃい、祭りの記念に写真を撮っていかないかい? 猫の衣装も貸し出してますよ」
 ちょうどそこに、写真屋だろうか、感じの良さげな男性が3人を呼び止める。
「特にそこのお嬢さん、あなたならきっとお似合いですよ」
「え……わ、私、ですか?」
 名指しされ、レイナは戸惑う。そんなことないと言おうとして、リリがスッ、と前に出て言う。
「いいところに目をつけられましたわ。お嬢様に猫の衣装を着ていただいて記念撮影、素晴らしい案ですわ。
 さあお嬢様、ぜひお召しになってくださいませ」
「え、えっと、私は――」
 助けを求めるようにウルフィオナの方を見る、しかし瞳に宿っていた面白がるような感情を見て、あ、これはダメかも、と思い至る。
「面白そうじゃねぇか。よしレイナ、お前も猫に変身だ」
「……やっぱりそうなりますよね……がっくり」
 うなだれつつ、しかしレイナはリリとウルフィオナが嬉々として楽しんでいる様子を見ると、まあ、これはこれでいいか、と思うのであった。

「うーん、素晴らしい。これは是非とも最高の一枚を撮らなくては。
 ではお三方、参りますよ」
 そして、リリとウルフィオナの手で猫に変身させられたレイナを中心に、脇をついでに猫に仮想したリリとウルフィオナが身を寄せる。
「駄猫は近付かないでくださいまし。しっしっ」
「はいはい、駄メイドがどう言おうがあたしは好きにするぜ」

「では……はい!」

 ……結局、お祭りという場であってもリリとウルフィオナ、二人の仲の悪さは相変わらずだった。
 しかし写真に写っている二人は、レイナを挟んでいる事もあって、とてもいい笑顔を浮かべていた。