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されど略奪者は罪を重ねる

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されど略奪者は罪を重ねる

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 マルクスとの話し合いが終わり、ウィルコは携帯のスイッチを切った。
 目もくれず、持ち主である皐月に投げ返す。空中でキャッチした皐月はそれをポケットの中に戻した。

「で、どうするんだよ?」
「……ちっ。聞かなくても分かっているだろうが。嫌味な奴だ」

 ついてこい、とウィルコは指示を出し、迷いのない動作で身を翻した。
 向かうは市街地。まずはターゲットの殺害だ。
 自らで行動を起こすのはそれが終わってから。今はシエロの命を延ばすことを最優先するしかない。

(それにしても教導団の少尉か。たしかに厄介な大物だな)

 ターゲットの情報を思い返し、ウィルコは心中で呻く。
 教導団といえばパラミタでも幅を利かせている学校の一つだ。しかも、この都市は奴らのいわばホームグラウンド。一人では暗殺が不可能だと感じたから、ダオレンも他の傭兵を雇ったのだろうが……。
 ウィルコはそこまで考えて、ふと一つの疑問が湧き上がり、皐月に声をかけた。

「おい、協力者」
「日比谷皐月だ。苗字でも名前でも好きに呼んでくれ」
「どうでもいいだろうがそんなこと。
 お前はダオレンに雇われた他の傭兵を知っているか?」
「いいや、知らねーな」
「そうか」

 ……ダオレンの野郎、なにを考えていやがる。
 自分にも他の傭兵の情報は回ってきていない。しかも、ダオレンはかなりの人数を雇ったと言っていた。
 薬という安い報酬で釣られて動く自分と違い、傭兵の雇用費は例外を除き依頼の危険度に比例する。かなりの大金をはたいたはずだ。

(そこまでして、なぜあいつはその教導団の少尉とやらを殺したいんだ?)

 たった二ヶ月程度しか付き合っていないが、ダオレンの背後に何らかの組織があるわけでもないことは知っている。
 そして、当のダオレンも「ただの個人的な目的だよ」と言っていた。
 勘に過ぎないが、その言葉は本心だったのではないかと思っている。

(教導団に何か恨みでもあるのか?
 けれど、今までのターゲットは全員教導団とは何ら関係のない人物だったはずだが……)

 ウィルコが頭を働かせていると、不意に思考を打ち破るような大きな声が響いた。

「フハハハ! ちょーっと待ってもらおうか!」

 とう、という掛け声と共にそいつはどこかから飛び降りてきて、ウィルコの前に立ち塞がった。
 シルクで作られた白衣をはためかせて見事に着地したその男は、黒縁眼鏡を指で押し上げて大声で自己紹介。

「フハハハ! 我が名は世界征服を企む悪の秘密結社オリュンポスの大幹部、天才科学者ドクター・ハデス(どくたー・はです)!」

 ウィルコはハデスを一目見て、嫌そうな表情を浮かべる。

「また変な奴が来やがった……」

 わざと聞こえるように言ったはずなのに、当の本人は微塵も動じた様子がない。
 ハデスは相変わらずのテンションで両腕を広げ、片目を細めてウィルコを見つめる。まさに悪の表情だ。

「ククク、略奪者のウィルコよ!
 お前のその力は、我らオリュンポスの世界征服にとって有用だ! 我らの仲間になるがいい!」
「お断りだ、馬鹿野郎」
「ククク、ウィルコの能力があれば、我らオリュンポスの世界征服も容易というものだ!」
「聞けよ、オイ」

 あまりにも一方的な勧誘に、ウィルコは呆れて今日何度目かのため息を洩らした。
 そのまま無視しようと歩き出すが、ハデスの次の言葉によって足を止める。

「ククク、あのような廃ビルでこそこそ暮らすよりも、我らオリュンポスのアジトの方が快適に過ごすことができるぞ! 姉のシエロの面倒も、我らがみてやると約束しよう!」

 それは、願ってもない申し出だった。
 治療費のためにほとんどのお金を使い果たしたせいで、シエロに申し訳ないと思いながらもあんなところに住むしかなかったからだ。

(今よりいい環境が手に入る。しかも、姉さんに寂しい思いをさせなくてすむ)

 ウィルコは見定めるためにハデスを見た。
 少し変わり者だが、信用に足る人物のように思える。
 しかも、自分の能力を有益だと評価しているのなら、約束を破るようなことはしないだろう。

「……それ、本当か?」
「ククク、もちろんだとも!
 しかも、我らオリュンポスが、お前の姉のシエロの護衛についていてやろう!
 教導団や契約者たちの迎撃は任せておけ。お前は心置きなく任務を遂行してくるがいい!」

 願ったり叶ったりだ。
 ウィルコはしばらく逡巡すると、僅かに顎を引いた。

「分かった。頼む」
「ククク、契約成立だな! では、さらばだ!」

 ハデスはもう一度とう、と掛け声をしてどこかに消える。
 ……まるで嵐みたいな奴だな。
 ウィルコは思わず苦笑いを浮かべた。

「おいおい、オレのときはあんなにしぶったのにいいのかよ?」

 皐月が明らかな不満を隠さずにウィルコに問いかけた。

「ああいう目的が分かりやすい奴はいいんだよ。
 それにビルにはダオレンもいるしな。変なことは出来ないだろう」
「……えらく信用してるじゃねーか」
「初対面のお前らよりかはな」
 
 ウィルコは腕時計に目を落とす。
 時計の針は午後四時を指し示そうとしていた。そろそろ行かないと時間に遅れてしまう。

「急ぐぞ、日比谷」

 短く言い、ウィルコは駆け出した。
 カチ、カチ、と腕時計の秒針が時を刻む。
 そして、短針が午後四時を刺した小さな音が――開幕の合図となった。