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リアクション
機晶都市ヒラニプラ。六件目の殺害現場。
そこは、人通りの多い大通りから横に入った場所にある薄暗い路地裏だった。
地面にはこびり付いてとれないのか、被害者の血液と思しき血痕が残っている。
(「サイコメトリで辺りの物を調べた結果だがな……」)
羽純は壁に背を預け、六件の殺害現場に対する調査結果を報告していた。
(「結果として、ウィルコのほかに怪しい人物を発見できたぞ」)
(「本当ですか!?」)
脳内に響く勇の大きな声に、羽純は思わず目を瞑る。
(「そう大きな声を出すな。
五件目まではなにも手がかりは出なかったが、六件目の現場でやっと尻尾をつかめた」)
(「それで、その人物とは誰ですか?」)
羽純はサイコメトリの情報を簡潔に書いたメモに目を落とす。
(「東洋系の顔立ちをした右目の下の刺青が特徴的な男だ。
六件目の犯行を終えた時点でそいつはウィルコに報酬と言って、なにやら薬を手渡していた」)
(「薬ですか……? ちょっと、待っていてください!」)
勇は何か思い当たりがあるのか、羽純とのテレパシーを切る。
と、大通りのほうから多足を器用に動かし、スワファルが彼女の傍にやって来た。
「勇殿への報告は終わったか?」
「いいや、まだだ。そなたのほうはどうだった?」
スワファルはパックに詰められたカプセルを掲げる。
「これが羽純殿が見たという薬で間違いないか?」
「ああ、そうだ。間違いない」
スワファルは羽純とは別に、殺害現場の辺りを見渡せる高所でサイコメトリを使い情報を集めていた。
現場を見下ろせるような位置にある物ならば、俯瞰で見た記憶が手に入るかもしれない、と判断したからだ。
そして、ダオレンが現場から離れていくところを見つけることができ、彼の足取りを追っていると、羽純が見たという薬を手に入れることが出来た。
「しかし、六件目まで証拠など全く残していなかったのに……」
「そうだな。少し不可解だ。今まで現場には近づかなかったくせに、六件目に関しては現場を訪れている」
スワファルは薬に目を移し、言葉を続けた。
「しかも、ご丁寧に証拠品まで落としていってな」
「……どうも上手くいきすぎておるな」
「我もそう思う」
スワファルが頷くのとほぼ同時に、羽純の頭に勇の声が響く。
(「お待たせしました。
その薬は、ウィルコの姉であるシエロの薬の可能性が高いですね。
彼女は不知の病にかかっており、どこの病院にいっても薬すら出されなかったようですから」)
(「ふむ。ならば、これがウィルコの動機かもしれんのか」)
(「これ……?」)
(「ああ。スワファルがその薬を入手出来た」)
(「はぁ!?」)
再び頭に反響する大きな声に、羽純が目くじらを立てる。
(「だから、大きな声を出すなと言っておるだろうが!」)
(「す、すいません。あまりの事実に混乱してしまいました」)
(「……まぁ、無理もないがな」)
羽純がメモをポケットに戻し、とにかくと切り出した。
(「この証拠品を教導団に持っていく。詳しい話はそれからだ」)
(「お願いします」)
羽純はテレパシーを切ると、スワファルと視線を合わせ、互いに無言で頷いた。
――――――――――
再び、機晶都市ヒラニプラの雑居ビルの一室。
御前はセリス・ファーランド(せりす・ふぁーらんど)の携帯を借りて、勇と連絡をとっていた。
「……ふむ、そうか。ウィルコに薬をのぅ」
『ええ。それで、その刺青の男はダオレンという名前なんですね?』
「ああ、その名前で間違いないぞ」
『ご協力感謝します、依頼者さん』
「よい」
短く言い、御前は通話を切る。
そして、甚五郎たちが調べ上げた情報を話し出した。
「ダオレンの情報が手に入ったぞ。
姉の病の薬を餌にウィルコに殺人を依頼していた可能性が高く、またその薬を押収できたようじゃ」
「ありがとうございます」
十六凪がお礼を言うと、御前は顔の前で手を振った。
「気にするな。それで、その情報はおぬしらの役に立ったか?」
「ええ、もちろん。そこまで分かれば十分です」
最新式のタブレット型端末をテーブルの上に置き、十六凪は操作し出す。
(さて、この情報は教導団のあの人にリークしておきましょうか。
そのほうが、シエロさんの病気の治療に役立ちそうですし……)
物凄い指捌きでメールを作成する十六凪を見て、御前は優雅に腰を上げる。
「では、わらわは失礼させてもらうぞ」
「……君は、今回の事件にはもう関わらないおつもりで?」
「ああ。元々、依頼を出した時点で関わる気はなかったのでな」
ではな、と扇を振って、御前はその部屋を後にする。
セリスは二人に小さく頭を下げて、彼女の後をついていき部屋を出て行った。
カランカランとドアベルが鳴り、雑居ビルの外に出たセリスは、先を行く御前に声をかけた。
「……俺もそろそろ行く」
「まさか、今から廃ビルに向かう気か?」
セリスが顎を引く。
御前は呆れたようにため息を吐いた。
「止めておけ。今から向かったところで間に合わん」
「……人手は、多いに越したことはない……遅れたなら遅れたなりにする事はある……」
静止を振り切るセリスに対して、御前はもう一度ため息を吐いた。
――――――――――
シャンバラ教導団、機甲科の教室。
ルカルカ・ルー(るかるか・るー)は机の上に突っ伏し、ダオレンに関する情報がないかと目を皿のようにして資料を読み漁っていた。
教導団のデータベースや警察の捜査記録、交通課の速度違反検出カメラの記録や目撃情報などを一通り当たってみたが、しかしダオレンの情報は全く出てこない。出たのは、彼の顔写真と指紋ぐらいだった。
「ダオレンとやらが怪しいことは分かったが……ここまで情報がないとはな」
隣の席に座るダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)は頭を抱える。
ダリルもノートパソコンを活用して検索していたが、全くと言っていいほど成果はない。
(ここまで情報がないと、むしろ異常だな……)
ダリルは心中で呻く。
そうして二人の捜査が行き詰っていた時、パソコンに一通のメールが届いた。
「……ん、誰からだ?」
ダリルはメールサイトを開き、送られてきたメールを確認する。
その件名は『匿名の秘密結社オリュンポス参謀より』というものだった。
「なにが匿名だ。誰から送られてきたかすぐに分かるじゃないか」
ダリルは苦笑いを浮かべ、送られてきたメールを開く。
その内容を目にして、ダリルは目を僅かに見開いた後――小さく笑みをこぼした。
「感謝するぞ、十六凪」
ノートパソコンを閉じ、ダリルは椅子から立ち上がる。
ルカルカはその行動を不思議に思い、首をかしげた。
「ほえ? どうしたの?」
「ダオレンが首謀者である情報と証拠品を押収できた」
ルカルカは目を輝かせ、机を両手で叩き勢い良く立ち上がる。
「ほ、ほんとに!?」
「ああ。その証拠は資料室にいる甚五郎のもとにあるらしい」
ルカルカはグッと拳を握りガッツポーズをとった。
嬉しいのも仕方ない。やっと、本当の意味で事件を解決できる光明が差したのだから。
「やったっ。すぐ行こうよ!」
「分かっている」
ルカルカは資料を素早く片付け、パソコンを脇に抱えるダリルと共に教室を出て行った。
「これで、ダオレンが黒幕だと証明できるね!」
「ああ。逮捕状がとれそうだ」
足取りが軽いルカルカの後をついていきながら、ダリルは頭の中でメールの情報を反芻した。
証拠品は薬。
不幸中の幸いだ、とダリルは思う。
(逮捕状を取ったあとすぐに薬の成分を調べよう。
もしかしたら、シエロの病気を判断できるかもしれないし、薬も複製できるだろう)
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