リアクション
▼△▼△▼△▼ 出航間際となった、とある大型飛空挺と並んで停泊する、機動要塞の甲板にて。 ある男性の声が、青空の下へと響き渡っていた。 「キロスの旦那あー、ここから降ろして下さいよお」 「ぁあ? 楽しい楽しい遊覧飛行は、これからが後半戦じゃねーか」 「あっしはただの、しがない小型飛空挺乗りですよお。飛空挺が墜落した今、何のお役に立つって言うんです」 訴えるのは、とある小型飛空挺の主操縦士である。 「てめえも鈍いヤツだなあ。このオレが、その詫びとして、さっき手名付けたデーモン様に、代わりに乗せてやってるんじゃねえか。どうだ乗り心地は、この世のモノのは思えないゴージャスな感じだろ?」 「いえあのう……もう、あっしはいいんですよ。家に帰らせて下さい」 「ったくよおう、テメエはホントに男かっての。人の恩は有り難く受けるのが筋ってモンだぜ。つーか、よく聞こえねえよ、もっと声張ってくれ」 「無茶です。助けて下さーい」 発艦準備を整えつつある中型イコンの並びに、漆黒の生物が鎮座しているではないか。 体高5メートルの巨大デーモンである。 ヌメッとした黒灰色の表皮に1対の触角を額に持ち、腕の先には鋭い3本のかぎ爪。長大な尻尾にはくびれがいくつも連なっていて、その外観はカマキリの腹を思わせる。 両方の手首と思われる部分から腕の付け根にかけて、コウモリのような翼膜が広がっている。 ドラゴンライダー(龍の乗り手)であるキロス・コンモドゥス(きろす・こんもどぅす)が手なずけたものだが、事情が少々ややこしい。 雲海の渦は、キロスが小型飛行艇をとっ捕まえて遊覧飛行を楽しんでいる最中に発見したものである。 その時に彼らの小型飛空挺を襲って見事に撃墜したのが、目の前にそびえ立つ巨大デーモンなのだ。 こいつへ上手いこと乗り移ってキロスが手懐けでもしなければ、小型飛行艇の残骸と一緒に、雲海の下へ真っ逆さまに落ちていくほかなかったのである。 「要塞が発進する前に、あっしは妻と子の待つ自宅へ帰りたいんですよお。ですから、ここから今すぐ降ろして下さいっ」 「ぐっ……ひとりで充実させて堪るかあっ! 今日はとことん付き合わせてやる――」 澄み渡った青空を見上げたキロスが、何かを捉えた。 全身が黒ずくめの容姿に、パイレーツキャップからこぼれるブロンドの後ろ髪と前髪から垂れた2本の長い跳ねっ毛が、強烈な印象を放っている。 「――いむ……しんかー…………とぅ……とぅー――」 ちょっと舌足らずで、甘くとろけるような女性のささやきを耳にした乗組員たちは、動揺のあまり作業の手を止めざるを得なかった。 禍々しい気配を振りまくその存在は、まっすぐ渦の方へと飛び去っていく。 「グズグズしてたら、リア充をかっさらわれちまう。渦の主を突き止めるのは、このオレだっ。出発するぞおっ!」 キロスは巨大デーモンの各部位を足場にして魔獣の背中へ飛び移ると、そこに置き去りにした男と肩を並べた。 「ホントに勘弁してくださいお、トホホっ」 「やれやれ、ようやく覚悟を決めたか。なら、手加減はしねえ。いくぜ、デーモン。てめぇの故郷までひとっ飛びだ!」 「うああああっ、でもまだ心の準備がーっ!」 魔獣は鋭いカギ爪を持った腕を一杯に広げると、風を受けた飛膜が大きく膨らんだ。 叫声をあげたデーモンはひとはばたきで空高く舞い上がり、巨大な影を甲板の上へ引きずっていった。 ▼△▼△▼△▼ 程なくして。 ひとりの少女が黄金色のイコンに飛び乗った。 起動シーケンスが大幅にバイパスされた結果、リアクターが急速に稼働状態となる。 発進準備が整った事を告げるサインがモニターに表示されて間もなく、自己診断に問題が無いことを示すレポートが追加された。 イコンの後方に迫り上がったディフレクターへ整備員が慌てて退避すると、スクランブルを告げる警笛が高らかに鳴り響く。 「バーカー、キーロースゥウウウウウウウウー!!」 「……待ってください……さん。す、すみませんっ……さんが、ご迷惑をおかけしまして……」 整備員へ頭をペコペコと下げた少女も、イコンのコックピットへと上り詰めた。 キロスを追わんとするイコンが発艦するのを見送った機動要塞は、それ自身も雲海の渦へと発進するのだった。 |
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