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リアクション
一
ぶるりっ。
北門 平太(ほくもん・へいた)は両肩を抱えて思わず震えた。
「どうしたの? 風邪?」
レキ・フォートアウフが平太の額に手を当てる。「少し熱ある?」
平太は顔を赤らめながら一歩下がると、
「い、いえ、ずっと歩きっぱなしですから、それで熱いんだと……」
と、しどろもどろに答えた。
「そりゃそうか」
真田 佐保や丹羽 匡壱から先んずること半日。平太たち一行は、ひたすら頂上を目指して登っていた。
麓の村で登山マップのような物を手に入れていたが、頂上への道のりは記されておらず、ほとんど役には立たない。吾作によれば、村人で頂上に辿り着いた者はおらず、運よく「神さま」に会った人々も、そこに至る道を皆覚えていないらしかった。
やむなく、セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)とセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)が斥候役として先を進み、安全を確認してから先に進むという形を取っていた。
「そろそろ休憩する?」
ルカルカ・ルーが平太の顔を覗き込んで尋ねた。
「い、いえ、さっきも休んだばかりですし」
「無理しない無理しない。まずはちゃんと頂上に着くことが大事なんだから」
「それもそうだね。別に競争しているわけじゃないし、じゃ、あたしも休憩に賛成」
シャノン・エルクストン(しゃのん・えるくすとん)が軽く手を上げその意を示すと、ルカルカは背嚢からOD色のシートを出し、なるべく平坦な場所を選んで広げた。
更にチョコレートやクッキー、紅茶の入った水筒をいそいそと取り出し、手際よく並べていく。つい先程は、豪華な弁当を朝食として提供してくれていた。ひょっとすると、ルカルカは遠足気分でいるのかもしれないが、まともな食事を用意している者は少なかったため、一行は大いに助かったのだった。
最後にルカルカは、コンパスを出した。針は一定の方角を示さず、くるくると忙しく動いている。
「磁場の影響かの」
ミア・マハ(みあ・まは)が覗き込んで言った。
「どうかな、ひょっとすると神さまのせい?」
「どちらにせよ、地図もコンパスも役に立たんとなれば、この目で確かめる他ないの」
ミアは埴輪を【●式神の術】で動かし、自分たちに先行させることにした。埴輪が動かなくなれば、そこから術の類は使えないというわけだ。
平太がクッキーを齧っていると、とことこ小さな犬が近づいてきた。忍野 ポチの助(おしの・ぽちのすけ)だ。
「こら鈍くさ!」
「ポ、ポチさん……!」
クッキーの欠片が喉に引っ掛かり、平太は慌ててそれを紅茶で流し込んだ。
「まったくおまえは、あの機晶姫がピンチなのにいつまで経っても戦えないやら何だのと言い訳並べて結局武蔵さんやチャラ忍をアテにしてばかりどうせ今回も契約者の皆が動いて助けてくれるからって一向に本気になろうとしないのが腹立ちます!」
立て板に水とはこのことだ。まくし立てるポチの助に、平太もフレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)やベルク・ウェルナート(べるく・うぇるなーと)も口を挟めない。
機晶姫というのは、ベルナデット・オッド(べるなでっと・おっど)のことだろう。武蔵さん――何でさん付けなんだ?――は、宮本 武蔵(みやもと・むさし)。どちらも平太のパートナーだ。この犬は、平太自身よりなぜかパートナーの方を気に入っているらしいんだよな、とベルクは脳内補完しながら考えた。ちなみにチャラ忍は仁科 耀助(にしな・ようすけ)に違いない。
「腕力に自信がないのならこの僕のように頭を使えばいいのです!……僕は鈍くさの技術力を認めて一番弟子にしてやったのですよ?」
「……僕、ポチさんの弟子でしたっけ?」
「そうです!!」
「……あ、そうなんですか?」
いやそこで納得しちゃ駄目だろう、平太!
ベルクはこめかみを押さえながら、言った。
「犬の戯言は気にすんな……と言いたいところだが、この件は俺も同意する部分があるんだよな。他人を頼るのは構わないが、平太の場合頼りすぎだ」
獅子は我が子を千尋の谷に突き落とすというが、耀助もそのつもりで今回同行しなかったのかもしれない、とベルクは考えた。あの男の性格からして、友人をあっさり見捨てることはないだろう。……多分。陰からこっそり見守る――は、さすがに過保護すぎるか。他の仲間に任せて、自分はナンパとかそういうことはないはずだ――きっと。
「そ、そうでしょうか。でも、無理なものは無理ですし、僕は僕なりに頑張ってるつもりなんですけど……」
「あのな、このままだとベルナデット……お前の姫は他の王子のキスで目覚めちまうぜ? それでもいいのなら構わねぇが――」
平太の顔が真っ赤になった。
「キ、キスキ、キスなんて、そ、そそんなことするわけないじゃないですかっ!!」
「……そこに反応するか」
「そ、そそそれにベルは別に僕の姫でも何でもないですすすす!」
「でもベルナデットさんは、貴方をお慕いしておりますよ?」
フレンディスの言葉に、平太の顎がかくんと外れた。ベルクもうんうんと頷く。他人のことなら、フレンディスもその辺は鋭いらしい。その辺少し、自分の方にも向けてくれないかな、とベルクは思う。
平太は――自覚がないのか、それとも本当にそう思っていないか定かではないが、フレンディスやベルクに言われたことで、パニックを起こしていた。
「え? え? ええ?」
「だからベルナデットさんは、決して負けぬと思いますよ。きっとご無事です」
にっこり笑ったフレンディスの励ましも、理解できていないようだ。目がきょろきょろと動き、何か言おうとするがあーとかうーとか言葉になっていない。
「ま、とにかく上に着くまで今一度お前にしか出来ないことが何かを考えておくこったな。神さまだって、何の代償もなしにはいどうぞと願いを叶えてくれるとは思えねえしな」
「だ、代償?」
その単語は頭にすんなり届いたらしい。平太はびくっと反応した。
「な、何かやらなきゃ駄目ですかね? 僕に出来ることならいいんですけど……」
「願いに到底払えない代償をつけ、人の思いを踏み躙り嘲笑おうというならば、神を騙る傲岸不遜なりし者よ。我が討ち倒してくれよう」
グレゴワール・ド・ギーが極めて冷静な声音で言い放つ。彼にとって神とは唯一である。ましてや邪神であるなら、滅ぼすに十分な理由となる。
「そこまでしなくていいと思うけど……でも本当に、願い事なんて叶えてくれるのかな?」
グレゴワールには怒られるかもしれないが、もし本当に願いが叶うなら、メイリンバーガーの更なる発展を望もうか、などとシャノンは考えていた。
「僕なら勿論エロ吸血鬼抹殺と犬の頂点に立つことですね」
「それは俺のことか?」
とベルク。ポチの助は無論、無視をした。
「しかし僕はあらゆる才能に恵まれた超犬! 下等な神に頼らずとも実現してみせますよ」
その瞬間、グレゴワールの全身から激しい殺気が立ち昇る。ポチの助は毛を逆立てフレンディスの後ろに隠れると、
「な、なので、ど、どうしてもと言うなら兄貴分として鈍くさに譲ってやってもい、いいのですよ!?」
と続けた。
口が過ぎるといつか痛い目に遭うぞと思いながら、ベルクはそれを教えてやるほど親切でもない。
それにしても、と思考はまた平太の方へ向く。
平太のピンチでベルナデットが元に戻る――というオチはまさかないよな? と思いながら。
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