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蟲と鼠の饗宴-バイオハザード-

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蟲と鼠の饗宴-バイオハザード-

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1/ 病の熱に浮かされながら

 その爆発は、彼女たちが想定したとおりの時間に、激しい閃光を伴って炸裂をした。
 ただし、威力は最小限──ゆえに別にそれだけで、一網打尽にできるとは思っていない。かつて鼠であった、怪物たちを。蚊の肥大化した、グロテスクな蟲たちによって変異した、それらを。
 施設内にたむろする、無数の異形たちは、元が実験用の鼠などとは思えないほど強靭であり、俊敏であり。狂暴だから。
 建物に損害を極力与えない程度に絞った破壊力で、どうこうできる相手ではない。
 だからあくまでも、布石。機晶爆弾はこちらの攻撃を成功させるための第一手でしかない。
 
「厄介とはいっても、やっぱり頭の中は鼠ねっ!」
 
 機晶爆弾の爆発によって巻き起こった土煙。それが、連中の視界を奪っているうちに。セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)は、敵の真っ只中へと躍り出る。
 羆かと見紛うほどに変異した、巨大な鼠の怪物たちの急所に次々、的確な射撃を二丁拳銃から浴びせかけていく。
 パートナー、セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)とともに。
 背中合わせで、周りの敵を殲滅する。
 急所を外した弾丸は、容易く弾かれる。対怪物用に調整されたふたりの愛銃ですら。ほんとうに、厄介極まりない。
 
 ピンポイントで、急所しか狙いどころがないなんて。
 
「ふたりとも、伏せてっ!」

 立ちはだかる、鼠の怪物。その接近を赦したところで、煙の向こうから跳ぶ声にふたり、身を屈める。
 熱に浮かされたセレンフィリティたちにとっては、その動作自体がずしりと重く鈍く、体幹にのしかかるように響く。

「ありがと! ……次!!」

 彼女たちが身を沈めた直後、その頭があった軌道を通り鼠の異形たちを切り裂いていく斬撃がある。
 銃よりも、残撃のほうが有効か──その光景に、セレンフィリティはそう認識をする。
 回し蹴りに載せた刃。ヴァルキリーの脚刀が、怪物たちの喉元を、切り裂き倒す。
 着地し、振り返ったセルファ・オルドリン(せるふぁ・おるどりん)は間髪入れず、手にしたレイピアを振りかざし、異形たちと切り結ぶ。
 セレンフィリティたちより、機敏に。ひとり前に出て、渡りあう。多勢に無勢を、押し返している。

「……ったく、こっちは青息吐息だっていうのに」

 彼女の見せるその威勢に、思わず苦笑が漏れる。だが笑いとは裏腹に、吐いた吐息には、不快な嘔吐感が混じっていた。
 武器の相性という以上に、そこにあるのはコンディションの部分があまりに大きい。

 単純なことだ。

 彼女は、まだ元気。
 自分たちは、そうではない。それだけのこと。

「セルファ! あまり突っ走らないでください! ひとりでは……っ!」

 そして、病に侵されているのは彼女のパートナー……御凪 真人(みなぎ・まこと)にしても、同じことだ。
 セルファは気付いていなくとも、同じ症状に見舞われているふたりにはわかる。魔杖シアンアンジェロで怪物とやりあう彼の額には、抑えきれぬ苦渋に満ちた脂汗が浮かんでいるのだから。
 この四人の中で、無事なのはセルファだけ。状況を認識するよりはやく、残る三人は蟲に刺され、ウイルスを媒介されてしまっていた。

「セレン」
「……大丈夫。今はまだ、ね」

 そっちは? パートナーに問う。
 なんとか、こっちも。そう長くは持たないだろうけれど。セレアナは、応える。真人にしたって、同じような状況のはずだ。
 怪物たちの犇くこの通路の先には、外部との交信を司る通信室、そしてその配電盤がある。
「動けるうちに、なんとかしないとね」
 悪寒とともに訪れる吐き気を噛み殺しながら、セレンフィリティはぼやき気味に言った。そして、セルファの背後に忍び寄らんとする怪物に、牽制の射撃を放ち注意をこちらへと引きつける。

 自分たちに与えられている時間は、残り少ない。

 だからやれることは、限られている。
 元気であるうち、動ける間にだれかひとりでも通信室へと辿り着く。外へと、状況を伝えなくては。
 あるいはそのために、元気な動ける者を通信室へと向かわせる。つまりこの場合にはセルファを。三人の総力で彼女の道を切り拓き、立ちはだかる障害を力の限りに排除する。たとえ、捨て石となったとしても、だ。
 救助が必要なこと。蟲たちを外界へけっして出してはならないこと。告げなくてはならないのだから。
 ちらと視線を向ければ、やはりこちらに向いていた真人の眼差しと交差する。──考えは、同じ。一致している。
 ならばあとは、根くらべだ。

 セルファを通信室まで送り届けるのが先か。
 病原菌が、残る三人を戦闘不能に追い込み、残る彼女までもをむしばむのが先か。

 勝つべきは、その戦い。時が進めば進むほど、不利へと追い込まれていくばかりのウイルスとのデスマッチだ。
 果たしてどこまで、気力だけでやれるだろうか。



 一瞬、意識を失っていた。
 自覚なく気絶しかかっていて、気付けば我に返って、思考を手放そうとしていた自身の危うさに、ハッとする。
 嘔吐感。頭痛。寒気。……ぼんやりと、浮かび上がったまままとまらない思考。発熱。どれも刻一刻と、身体を深く蝕んでいくその度合いを増していくのが実感できる。
 あの、蟲。蚊に刺されただけなのに、ここまで即効性を発揮するなんて。
 自分の、両腕を抱く。いったいあとどのくらい、この状況で耐えていけるだろうか。
 
「──ダメ。私がしっかりしなくちゃ」
 
 杜守 柚(ともり・ゆず)は、側頭を軽く叩いて自分自身を呼び戻しながら、彼女たちの籠るこの医務室を見回す。
 そこには、蟲たちの運んだウイルスによって苦しむ者たちが、溢れ返っている。研究員。関係者。それだけでない、見学に訪れていた一般人や、子どもたちまで。柚も、その中のひとりだった。
 だがまだ、動ける。彼女はここに残った者たちの中では、それでも元気でいられる体力を残している部類であるといえる。

「私がみんなを、守らなきゃ」
 
 ふらつきながらも、立ち上がる。向かう先には、不安げに俯き膝を抱えた子どもたちがいる。
 柚の、大切なふたりは柚のことを信じたからこそ、病身の身体を押して戦いに赴いていったのだ。
 この場を、柚へと任せて。

「大丈夫。みんな、きっと大丈夫だから、ね?」

 寒気と吐き気に引き攣っているのを自覚しつつ、笑顔をつくる。顔を上げた子どもたちから、少しでも不安を取り除いてやれるよう。
 大丈夫だ。きっと、なんとかなる。
 なんとかするために皆、頑張っている。頑張って、くれている。

 高円寺 海(こうえんじ・かい)と、杜守 三月(ともり・みつき)が今もこの施設のどこかで、状況を打開するために。
 だから、私もやらなくちゃ。皆を、護らなきゃ。元気づけなくっちゃ。

「大丈夫、だから」

 いつしか、言葉は自分に言い聞かせるような調子を帯びていた。
 柚同様に、ウイルスへと感染し朦朧とした状態でなお、危険の中に飛び込んでいく選択肢を選んだふたりを、信じなくてはならない。
 信じて、頑張らなくては。──彼らと、同じように。
 今この瞬間も、子どもたちを守るため。怪物たちをおびき寄せ、引きつけて。この医務室から離れていったふたりが施設内のどこかで頑張っている、そう信じられるから、柚も等しく頑張れるのだ。
 柚にとって、大切なふたり。彼らの顔を脳裏に描き、くしゃりと子どもたちの頭を撫でていく。少しでも幼い少年少女たちが、安心を覚えることができるよう。
 海たちの気持ちに応えるためにも、ここは絶対に守り抜かねばならない。
 助けがくるまで。ここにふたりが、戻ってくるまで。どんなに消耗したとして、ウイルスなんかに負けてなどいられないのだ。
 だから、ふたりとも。どうか、無事でいて。
 油断すればまた遠のいていきそうになる意識を奮い立たせ、柚は窓の外を見上げた。広がる空は、結界によって外界と遮断されている。

 絶対に、護るから。決意を、胸にして。

「信じてます──……待って、ます」

 子どもたちを、その身に抱き寄せた。