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リアクション
奥山 沙夢(おくやま・さゆめ) 雲入 弥狐(くもいり・みこ) 長曽禰 ジェライザ・ローズ(ながそね・じぇらいざろーず) シン・クーリッジ(しん・くーりっじ) 茅野瀬 衿栖(ちのせ・えりす)
また場違いなところにきてしまったのかもね。
思わずだしてしまいそうになった舌を奥山沙夢は、ひっこめた。
ここはマジェスティック内のスコットランドヤードの応接室だ。
沙夢はパートナーの雲入弥狐と一緒に特別調査官として、ヤードに呼ばれてきた。
そもそもは、なんの間違いか、アンベール男爵の真実の館に招待されたのだが、そこで特になにも思い浮かばないまま、ぼんやりと珈琲を楽しんでいたら、同じく手持無沙汰そうな招待客から人生相談を受けて、実はその人物はヤードが館に送り込んだ潜入捜査官で、彼に能力を認められた沙夢は、真実の館を期限前に退去してヤードの捜査の手伝いをすることになったのである。
すくなくとも珈琲の味に関しては、ヤードよりも真実の館のほうが上ね。
茶飲み話のついでに、恋愛と転職の相談にのっていたつもりだったのに、まさかこんなふうになるなんて。
沙夢には珈琲、弥狐にはカスタード・プディングが用意され、2人はそれぞれに飲み、食べしながら、調査の開始を待った。
ここでするのかしら、それとも、別の部屋で。
やがて、ドアが開き、やってきた制服警官が、テーブルにファイルを置く。
「奥山さん。あなたに尋問をおこなって欲しい相手は、この2人です。
長曽禰 ジェライザ・ローズと茅野瀬衿栖」
「2人とも、契約者よね。名前をきいた記憶があるわ。弥狐はどう」
「あたしもあるよー。衿栖ちゃんはアイドルだよね」
「ええ。そういった活動をしているのも確認されていますが、いま、彼女にかかっている容疑は、犯罪組織の一員、わかりやすくいえば、マジェで破壊活動を行うテロリストです」
「えー。アイドルをやめてテロリストになったんだー。ねぇ、テロリストもコンサートするの?」
「しないわ。握手会もサイン会もね」
「ふうん。つまんないね」
弥狐はほんとうにつまらなそうに、頬をふくらませる。
「2人の被疑者の共通点は、きわめて疑わしい状況で身柄を確保されながらも、本人たちに自分がなにをしたかの自覚、認識がまったくない、という点です。
両者とも都合の悪い部分ななると、自分は記憶喪失だと訴えるのです」
私は記憶喪失です、か。
なるほど。
ヤードに疑われてもしたかのない主張ではあるわね。
「ローズの取り調べをする特別調査官の探偵がいるってのは、ここか」
ケンカ腰の鋭い声とともに入ってきたのは、執事服を着た金髪の少年だった。
「オレは、シン・クーリッジ。
長曽禰 ジェライザ・ローズのパートナーだ。
ローズはいま、ひどく不安定な精神状態にある。
どこのどいつだからわからねぇ探偵様と話せる余裕なんざ、かけらもねぇ。
ききたいことがあるなら、代わりにオレがこたる。
頼むから、しばらくローズをそっとしておいてやってくれ」
「クーリッジさん。これは、捜査の妨害ですよ。我々のやりかたに口を挟まないでいただきたい」
制服警官は、シンを部屋からだそうと彼の体を押そうとした。
シンは警官の手をかわし、沙夢の目を見据える。
「オレに任せろ。
あいつについてはオレが1番くわしいんだ」
「おい。でていかないと、きみも逮捕するぞ」
「うるせー」
今度は背後から警官に抱きしめられ、シンは自分から床に座り込んでしまった。
「私は別にいいわ。
それに、どちらかといえば記憶喪失でなにもわからない人よりも、あなたの意見をききたいわね」
沙夢の提案に警官は、戸惑いの表情を浮かべ、シンは首をたてに振った。
「話がわかるな。
じゃ、聞かせてやるよ。ローズがどうして疑われちまってるかをな」
シンの話は要点をおさえた非常にわかりやすいものだった。
彼が語りはじめて約10分後には、沙夢は、長曽禰が容疑をかけられた理由、現在の長曽禰の置かれた立場、警察の意見、シンの意見をおよそ把握できた気になっていた。
「ありがとう。とてもわかりやすいわ。
確認させてね。
ようするに長曽禰さんは、動物園で殺人があったとされる翌日に、園内を徘徊しているところを不審者として確保されたのね。
口元をそれこそ生肉でも食べたような血がついていて、手にはこれまた血のついた抜き身の大太刀、さらに怪しげな鉄仮面を所持していたと。
本人の証言はまるで要領を得ず、私は人を食べてしまった、超獣に惑わされた、私は獣になってしまった、などと繰り返すばかりで、前日に医師としてウィルス調査の依頼を受けて動物園を訪れてから後の記憶がまるで消えている。
彼女の口元の血も、太刀についていた血も、検査の結果、人間のものらしいと判定された。
警察は、彼女がなんらかの罪を犯したと疑っている。
あなたは、彼女が」
「隠してるんだろうな。オレにも言えないようなことをさ。
やりかたが不器用っうか、あいつらしいすぎるんだよ」
たしかに長曽禰さんの心をほどくのは、私ではなく、彼女をよく知っているクーリッジくんが適任ではないかしら。
どれだけ時間がかかるかは、わからないけれど。
とりあえず、ここから帰る口実が1つできたと沙夢がすこしほっとした時、新たな客たちが訪れてきた。
シンと次にきた客たちとの打ち合わせがすむと、沙夢と弥狐は、当初の予定通り、2人の被疑者の取り調べを行うために、取調室へと移動したのだった。