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真実の館 3日め

月美 あゆみ(つきみ・あゆみ) ミディア・ミル(みでぃあ・みる) ヒルデガルト・フォンビンゲン(ひるでがるど・ふぉんびんげん)  



マジェスティックにある巨大複合アパートメント、ストーンガーデン。
通称、石庭とも呼ばれている、4つの巨大な建築物と12の塔で形成されたそこでは、数千人の住民たちによる自治が行われており、マジェ内でも独立自治領のような区域だ。
もともと石庭のはじまりは、石工たちのささやかな共同住宅だった。
世代を経るごとに、職人である住民たち自身の手で増改築を繰り返し、さらにさまざまな種類の職人たちが移り住んできて、巨大化していき、現在にいたっている。
また、地上だけでなく、石庭の地下にも巨大な機械仕掛けの特別な装置が設置されているとの噂もあるのが、本当にそんな装置が存在するのか、どんな機能を持っているのか、真偽を知るものは少ない。

天御柱学院の生徒である月美あゆみは、お菓子作り、模型、陶芸、建築など、ものづくりが趣味だ。
それがこうじて、学生でありながら、自分から望んで石庭に下宿し、石庭の名匠の1人であるダイヤモンドに弟子入りまでして、学業と両立させながら、日々、石工の修行に励んでいる。
ダイヤモンド師匠に、腕を認められる石工になるのが、夢の一つだ。
また古典的スペースオペラ「レンズマン」の大ファンでもあり、作品に登場する銀河パトロール隊の隊員ピンクレンズマンを自称しているあゆみは、上着に、自作の銀河パトロール隊エンブレムを、手の甲には同じく自作の、レンズマン型レンズを模したアクセサリーをつけていている。
ちなみに彼女が嫌いなものは、塗装のはみだしや、作り手のいい加減さが感じられる商品、製品だ。

今日、あゆみは、パートナーのヒルデガルト・フォンビンゲンとミディア・ミルの2人を連れて、石工の先輩であるキューレットの仕事場へやってきた。
生まれも育ちも石庭のキューレットは、先祖代々、石工の家系に恥じない、たくましい体と職人の手を持った中年の男性だ。
細身だが、筋肉質な体だけでなく、顔も四角ばっていて、ほりが深く、自然石を削って造った首象を思わせる。
ダイヤモンド師匠の片腕である彼は、数多くいる弟子たちの中でも別格的存在だ。
自分専用の仕事場を持つのも師匠から特別に許可されている。
独立しようすればできるし、いまよりも儲かるだろうに、師匠の下で番頭的役割に徹しているキューレットのおおらかな人柄が、あゆみは人間として好きだった。

石工としての腕のよさはもちろん、義理、人情を重んじるキューレット先輩は、素敵です。

「あれ。あゆみちゃん。今日は、学校じゃないのかい。
マジェから天御柱学院までいつも大変だね」

「いやー、それが、友達がまたトラブルに首を突っ込んでいて、それで、ちょっとお話が」

「あゆみちゃんが所属してるっていう、なんとかパトロール隊の人たちか。
立ち話もなんだし、こっちへ」

ハンマーを手に、作業場で1人、大理石とむきあっていたキューレットは、作業を休止し、あゆみたちを事務所兼休憩用の部屋へ案内してくれた。
独身男性が一人で泊まったりしている部屋にしては、中は片付いていて、家具類も必要最小限しか置かれていない。折りたたみ式のベットが畳んで壁に立てかけられており、おそらく、来客用の簡素なソファーと小さな石のテーブルがある。
あゆみ、ヒルダ、ミディアが、すすめられてソファーに腰をおろすと、キューレットは観光客のお土産として、石庭内の売店で販売されているダイヤモンド師匠のトレードマーク、ラウンドブリリアントカットを上から見た図形の描かれた陶器のカップに、紅茶をいれてだしてくれた。

「先輩。気をつかっていただいて、すいません」

「いや、安物の紅茶ですまないな。
ミルクも切らしててね。
で、どんな話だ。
また、ガーデンでゴタゴタが起きそうなのか」

キューレットは、手作りらしい木の椅子に座り、指を組んで両手首をほぐしながら、あゆみにたずねた。

「ガーデンはあまり関係ないと思います。
だいぶまえに、キューレット先輩、マジェのロンドン博物館に展示する彫刻の仕事をされてましたよね」

「ああ。あれか。おう。してたな。
あれは、はじめ、石庭の別の職人がやってたんだが、そいつが途中で、都合が悪くなって、俺のところへ話がまわってきたんだ」

「たしか、先輩の前に仕事してた職人さんが、急に亡くなられてたって」

「そうだよ。あゆみちゃん、よく覚えてるな。
あいつは、なんでも屋のフェイギン。
流れ者で、どこかから石庭に流れ込んできたんだ。
俺がみたとこ、石工としての腕はまぁまぁだったと思うが、とにかくどんな仕事でも金さえ払えば引き受ける男でな。
お望みとあらば、パンも焼くし、お髪も切らせていただきます、ってとこさ」

「それで、なんでも屋さん、と呼ばれてたのね」

「わけありなのか、表も裏も関係なく手広くやっていたようだから、正直、評判はよくなかった。
やつが死んだ後、やりかけの仕事を引き継ぐ人間がいなくて、いくつかの仕事が宙に浮いちまったんだ」

石庭の職人たちは仕事に対して勤勉で、家族や仲間を大事にするものが多い。が反面、ヨソモノやルールを犯した人間には非情なまでに冷たい態度をとったりする。

「先輩は引き継ぎいであげたんですか。さすがです」

「いや俺じゃなくて、ダイヤモンド師匠が、フェイギンとはなんの縁もないが、同じ石庭の石工として、中途半端のまま放っとくわけにはいかねぇ、石庭の職人の信用にキズがつくって、俺たちダイヤモンド組にできる仕事は全部、もらうことにしたんだ。
俺のとこには、彫りかけの女神像がきたってわけさ。
それなりに丁寧な仕事だったが、いかにもわけありそうな代物だったな」

「ええ。たしかに」

あゆみもまた、フェイギンの女神像にはふれた記憶がある。
キューレットがこの仕事場で、引き継いだ女神像を彫っていた時、あゆみは助手として、彼の手伝いをしていたのだ。

「いまさら、あの像がどうかしたのか」

「先輩。あれ。中をわざわざ空洞にして、物をいれられるようにしましたよね。
一見、普通に中身のある彫刻みたいにみえるように細工しながら」

「依頼主からの注文通りにな。
言っちゃなんだが、うさんくさいとは思った。でも、あれは」

「ロンドン博物館の館長からの依頼だから、造ったんですよね。
あゆみも手伝いながら、なに、これって思いました」

「館長は、博物館で催し物をやる時に、像の中にスピーカーやらを仕掛けて、客を驚かせる演出に使うとか言ってたけどな」

「あゆみも、あの時、そう聞きました。
先輩。博物館の館長が亡くなったのは、ご存じですか」

「殺されたらしいな。それも普通の死に方じゃなかったらしいじゃないか。
そうか。
そこであの像と話はつながるんだな。
館長はなんか悪さをしていて、像はその道具だった。
ヤキがまわったのか、本人は、最後は消されちまったわけだ」

キューレットはまずいものでも食べたように、顔をしかめた。
まじめな職人である彼からすれば、メッタ刺しで殺された館長がしていたであろう不正などは、想像するのもバカバカしい人の道を外れた行いなのだろう。

「あゆみの友達の百合園女学院推理研究会の子たちが、館長の殺害もふくめてロンドン博物館で行われていたらしい、密輸事件を調べているの。
キューレット先輩。像を造っていて気づいたこととか、館長やなんでも屋さんのこととか、知ってることがあれば教えてください」

あゆみのお願いにキューレットは息を吐く。

「知ってることか。
あゆみちゃん。俺はただの職人で、自分の仕事以外にはたいして興味がねぇんだよ。
そりゃ、仲間のお願いはきいてやりたいが、そうだな、それなら、こうしたら、どうだろう。
石庭に、こんな俺でも知っている、推理の達人がいるんだ。
それこそ、ヤードのやつらでさえ知恵を借りにくるぐらいのさ。
実は俺も昔、若い頃、その人に助けてもらったんだ。
あゆみちゃんにその人を紹介しよう。
俺なんかと話すよりも、あの人に相談したほうがよっぽどいい」

あゆみは、探偵の知り合いならたくさんいるけど、と言いかけたが、敬愛する先輩の好意をむげにするのはよくないと、黙っていた。

「ジェーンという婆さんなんだが、知らないか。石庭はもちろん、マジェ全体でも有名な名探偵だ」