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リアクション
久我内 椋(くがうち・りょう) モードレット・ロットドラゴン(もーどれっと・ろっとどらごん) 沢渡 真言(さわたり・まこと)
顧客のリクエストにおうじて特殊な嗜好品も手配する、御用商人的な一面も持つ商家、久我内屋の次男坊、久我内椋は、久我内屋の現当主である父から、必要とも、そうでないともとれる用事をいいつかって、アンベール男爵の別宅を訪れた。
「あまり忙しそうなら、すぐにおいとまするとしましょうか」
「俺は、別にどうでもいいが、貴様の父親はそれで納得するのか」
「納得もなにも、親父殿によれば、そもそもアンベール男爵は、ウチ(久我内屋)に、おもしろい取引ができるかもしれないものがあるから、興味があるならいますぐきてくれ、と、まったくどうとでもとれるような電話をよこしたらしい」
「そんな電話1本で貴様がこんなところまででむくとは、男爵とやらは、久我内屋のよっぽどのお得意さんなのか」
「お得意様も一見様も、お客様はお客様です。久我内屋はどんな取引にも誠意をもって対応している」
「意味不明な怪電話にもご親切に対応か。たいしたホスピタリィティだ」
椋の隣で悪態をついているのは、椋のパートナーのモードレット・ドラゴンだ。
落ち着いた雰囲気の椋と反対に、モードレットは整った顔立ちにからかうような笑みを浮かべ、ソファーに座ったまま、周囲をみまわしている。
先ほど別宅に到着した2人が、出迎えたメイドに用向きをつたえると、すぐに執事が来て、アンベール男爵の私室に案内された。
四方の壁のあちこちに額入りの古今の名画が飾られた洋室は、この屋敷内にいくつかある男爵の私室の1つらしい。
「こんな深夜に煌々とあかりをともして、使用人たちもせわしなく働いているようだし、なんだ、この屋敷は。ずいぶんと騒がしいな」
立ち上がったモードレットは、壁に近づき、飾られた絵画をにらむように眺めている。1つの絵をしばらく眺めると、次の絵へ。それを繰り返しながら舌打ちしたり、小声で毒づく。
「ニセもんだろ。絵の具じゃなくて血のにおいがするな。おいおいデッサンが狂ってねぇか。これ、本物はこんな絵じゃないよな。
椋、久我内屋は贋作絵画の販売もしてるのか。もしかして、このコレクションは全部、久我内屋から買ったものなんじゃ」
「まさか。もしお売りするとしても、イミテーションならはじめからそうと断っているはずですよ」
「いやいや、こいつは見るものをダマすためのニセもんだ。俺の感じだと、どうやら、この屋敷にはまだまだおもしろいもんがいろいろありそうだぜ。店の用は貴様1人でじゅうぶんだろ。俺は、ちょっとそこらへをみてくるとするぞ。
ヤバくなったら、呼べ」
「どこにいるのかわからないやつをどう呼べと」
涼が言いかけた時、ドアが開いた。
「お待たせしております」
入ってきたのは執事服を着た男装の麗人で、凛とした空気をまとった彼女は、椋とモードレットに一瞬だけ、微笑みを浮かべた。
「おや」
「見知った顔だな。いまはこの館に就職したのか。物好きな」
男装の執事は、涼の幼なじみの人物である沢渡真言だ。
代々、執事、メイドを輩出してきた家系の娘である真言は、父と同じ執事業を誇りを持ってつとめている。
「真言が仕えているのなら、アンベール男爵もなかなかの人物ということだな」
モードレットの言葉に涼も頷いた。しかし、真言は、眉をひそめ、小さく、首を横に振る。
「お客様方、当館の主人は、以前、久我内屋とひんぱんにお取引させていただいていた頃の主人とは違いますので、その点、お間違いなきように」
涼とモードレットは、真言をみつめた。
平静を装ってはいるが、真言の表情はややかたく、ふざけているようにはみえない。
「もし、久我内屋のみなさまが主人から、お取引を申し込まれているのだとしたら、僭越ながら、私は、こう進言させていただきます。
危険ですから、一刻も早くおかえりなさい。
そして、ヤードなりなんなり、本当に頼りになる公の機関にすぐにでもこの館に捜査にこられるよう、お伝えください」
「うん。館内の血のにおいが、さっきからどんどん強くなっているのを感じたのは、気のせいじゃないようだな」
「帰るのはかまわないが、そんな場所に真言をおいてゆくわけには」
迷いの表情を浮かべた涼に、真言ははっきりと、
「お客様がたが帰たれたらば、私もすぐに辞去させていただきます。
ご心配なく。
ここでしなければならぬことは完了しております。
どうぞ、お先に」
「わかった」
「名残惜しいが、くわしい話はあとで教えてくれよ」
部屋を去る2人に真言は深く頭を下げた。
「承知いたしました。
たぶん、1時間後にヤードにきていただければ、私とは、お会いできるかと。
主人には、久我内屋様が急用でお帰りになられた旨、伝えておきます」