|
|
リアクション
茅野瀬 衿栖(ちのせ・えりす) 長曽禰 ジェライザ・ローズ(ながそね・じぇらいざろーず) 奥山 沙夢(おくやま・さゆめ) 三船 敬一(みふね・けいいち) レギーナ・エアハルト(れぎーな・えあはると) 只野 乙女(ただの・おとめ) シェリル・マジェスティック(しぇりる・まじぇすてぃっく)
ヤードでの取り調べの後、 衿栖はそのまま、長曽禰の問診を受けた。
「私が思うに、記憶がなににもかかわらず、あなたはマジェの街が気になってしようがないのだよね。
だったら、そこを歩いてみるべきだよ。
ヤードがあなたを疑っているのなら、護衛がわりについてきてもらえばいい。
そうして気になる場所を歩いているうちに、なぜ、そこがそんなに気になるのか、理由がわかる時がくるかもしれない。
あせらずに、思うままにふるまってごらん」
奥山沙夢が、ヤードに交渉してくれたおかげもあって、衿栖はまたマジェを自由に歩けるようになった。
ヤードの刑事たちが見えないところで尾行、監視しているのだろうが、かまわない。
長曽禰の言葉ではないが、足が勝手に動くのだ。
ヤードから釈放された翌日、衿栖は、朝からマジェを歩きまわった。
半日をつぶした後、休憩をとろうと足をとめて、衿栖は、自分の行動に違和感をおぼえる。
私は、マジェの空き家、廃墟ばかりをめぐっている。なぜだろう。
誰もいない建物になんの用があるの。
疑問は感じても、こたえはまだみえない。
でも、こたえをみつけるには歩くしかないみたい。
休憩はとりやめにして、衿栖は、散策を再開する。
何軒めの空き家だったろうか、誰も住んでいない、朽ち捨てられたアパートメントの中にまで入って、室内を調べていた衿栖は、奇妙な外見の少女に出会った。
プラスティックのバケツをすっぽりと頭にかぶっていて、顔はまったくみえない。服装は赤のジャージの上下に、衿栖には意味不明な日本語(坊やだからさ)が書かれたTシャッだ。
床掃除用の柄の長いモップを持って、舞踏でもするように振り回している。
「こんにちは。こちらに住まれてらっしゃる方ですか」
「ミーが誰かときかれたのなら、只野乙女とおこたえしまーす」
「ただのおとめ、さんが、お名前ですか」
「イエース。お仕事は、お掃除でーす。
お姉さん、お久しぶりネ。お元気してたのなら、ミーもうれしいわ」
お久しぶりネ、って。
「あの只野さん、私を知ってるんですか」
「か、か、か、質問ばっかりでもノープロブレムっす。
知ってるもなに、よく会いますよね。ゆーウォンチュ」
「実は私、記憶を失ってしまっていて、はじめは1日だけかと思ったら、いろいろ忘れてたみたいで。
私について知っていることがあれば、なんでも、教えてください」
衿栖は深く頭をさげた。
「リアリィ? ミーは残念なことにユーの記憶は拾ってませんね。
ユーとミーがこれまでに会ったどのプレイスにもユーの記憶は落ちてませんヨ。
ミーはユーがきてもこなくても、毎日、マジェスティックのあっちこっちでお掃除してマスデス」
「私とあなたはいままで、マジェのあちこちで何度も会ってるんですね。
失礼ですけど、あなたはどこかの会社でも所属されておられるのですか、それともボランティアでマジェの空き家や廃墟を掃除してるとか」
「ミーはプロの掃除人デス。タダ働きハいたしまセン。
ユーはミーのスポンサーが所有、管理している建物にばかり、顔をだしマスネ。
ひょっとして、ミーの働きぶりを偵察にきたカンパニーメンでしょうカ」
「あなたのスポンサーさんは、どなたなんです」
「それはシークレットの約束デスヨ。
カンパニーメン相手に契約違反はデキナイデス。
人事査定デスカネ。
バット、気を悪くシナイデクダサイ。
1月の大英博物館でのオソウジ!
2月のハーブ園のオソウジ!!
3月のロンドン動物園でのオソウジ!!!
みたいに一晩だけでも大OKデス。
オソウジして欲しいトコ、どこでも行きますヨ。
なんでも掃除シマス。
動物園ハ、広すぎテ、人数が多くて、お掃除しきれなかったのが残念デシタ」
空き家。廃墟。博物館。ハーブ園。動物園。
彼女が掃除させられる目的は。
衿栖がさらに質問を重ねようとすると、乙女は早足の後歩きで衿栖と素早く距離をとり、あっという間にどこかへ行ってしまった。
「待ってください」
乙女を追って衿栖は駆けだす。
しかし、乙女は入り組んだこの建物の内部を把握しているらしく、もう、姿はない。
乙女さんは、犯罪の証拠隠滅専門の清掃屋なのかも。
とすると、記憶を失う前の私は、彼女が属する組織の犯罪現場を調査していたのか。
乙女を見つけられないまま外にでると、長身で体格のいい青年と、顔全体に包帯を巻いた怪しげな人物が衿栖に近づいてきた。
「あなたたちは、たしか」
「以前の事件の時にあったな。シャンバラ教導団の三船 敬一と」
「パートナーのレギーナ・エアハルトです。茅野瀬さん、久しぶりですね。
以前、お会いした時に調査されていたマジェの新犯罪組織の尻尾はつかめましたか」
2人の声を聞いた途端、衿栖の頭にかって自分が口にした言葉が響いた。
この街のどこかでひそかにそれは行われています。
彼の組織のマジェスティック進出に反抗するもの、必要ないものに対する大量虐殺が。
廃墟となった建物の地下に、廃棄物のように、うずたかく積みあがられた数百人の死者たち。
衿栖は失っていた記憶を取り戻し、無意識のうちに両腕で自分の肩を抱えて、しゃがみこんだ。
犯罪組織同士の抗争や組織内部での粛清にしても、あまりにも無慈悲な、人の命の価値を軽んじた光景に、衿栖は戦慄した。
茫然と立ちつくす衿栖の前で死者たちがうごめきだす。
なにものかが火を放ったのだ。焼け、溶け、燃えてゆく。筋肉が縮小し、意思あるもののように四肢が振られる。
組織の犯罪を追って、ついに私がきたのは地下、処分場。あそこで私はなにもできずに、逃げだすこともできずにいた。煙と異臭に巻かれて、私は苦しくなって。
「思い出してしまったのね」
誰かが背後から衿栖に声をかける。顔をみなくても、衿栖はわかった。
「シェリル」
「もっとはやく教えてあげられなくてごめんなさい。でも、あなたが忘れていたいのなら、それでいいと思ったの」
日頃、衿栖と一緒に犯罪捜査をすることの多い、探偵としての衿栖の相棒といってもいい少女占い師シェリル・マジェスティックは、衿栖の肩にそっと手をおいた。
「捜査の末に知った事実をあなたは、誰にも伝えたくないと判断して、無意識のうちに自分で記憶を封印したの。
だから、私もシャルもあなたが自分で思い出すまで、なにも言わないでいた」
「あの時、私を地下から助けだしてくれたのは」
シェリルはこたえない。
「大丈夫よ。衿栖がみつけた事実に、いまでは多くの人たちもそれぞれのやり方でたどりついている」
マジェスティックをあんなことをするやつの自由にさせるわけには、いかない。
「了解です。それでは、ヤードに私の知った真実を伝えにいきましょう」
衿栖は立ち上がると、シェリルのほうをむいて、腕にかかえた4体の人形、リーズ、ブリストル、クローリー、エディンバラとともにに、お辞儀をした。